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2023年11月13日(月)

仕事と介護に挟まれて ビジネスケアラー318万人時代の現実

仕事と介護に挟まれて ビジネスケアラー318万人時代の現実

働きながら家族の介護を担うビジネスケアラー。国は、2030年に318万人に上り、労働生産性の低下や離職による経済損失は9兆円を上回るという推計を発表しました。今後、介護の主な担い手となるのは働き盛りの40代・50代。仕事と介護を両立しようとしたとき、どんな課題に直面するのか。当事者の取材で見えた「制度の限界」とは。企業で始まった新たな対策も交え、ビジネスケアラーを支えるために必要な備えを考えました。

出演者

  • 紀伊 信之さん (日本総研リサーチ・コンサルティング部門部長)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

仕事と介護に挟まれて ビジネスケアラーの現実

桑子 真帆キャスター:

2023年、経済産業省が公表した試算によると、2030年の時点で介護の主な担い手となるのは今の年齢が40代から50代。管理職や職場のリーダーとして重要な役割を担うことが多くなる年代です。仕事、家庭、そして介護。これらをなんとかこなそうとしたとき、いったいどんな現実が待っているのでしょうか。

仕事・家庭・介護…ビジネスケアラーの現実

仕事と介護。その両立の課題に直面した人がいます。保険会社の営業所長として、およそ20人の部下を束ねる高橋さん(39)です。

中学受験を控える長女と小学3年生の次女の父親でもある高橋さん。共働きの妻と子育てを分担することで成り立っていた暮らしが、この夏、一変しました。母親の介護を担ってきた父親に助けを求められたのです。

保険会社に勤務 高橋さん
「このままじゃ共倒れじゃないですけれど、父親も限界がきてそうだったので。まさかっていう感じですかね。こんなことになるんだ」

9月。高橋さんは本格的に介護を担うことも見据えて、1週間の日程で福井の実家へ帰りました。母親のあけみさんは、脳の病気の後遺症で右半身が動かせず、食事や排せつなど日常生活の全面的なサポートが必要です。

母 あけみさん(67)
「トイレ、ちょっとこっち」
高橋さん
「これどうしたの?」
あけみさん
「買ったの」

父親の弘司さんが一人で介護を担ってきましたが、心身に影響が出ていました。

父 弘司さん(66)
「正直、この1年間で10キロ瘦せたんですよ。もう力も出ないし、自分自身がふらつくような感じになったんで、これはちょっとまずいなと思って」

高橋さんは、対面でなければならない仕事は先延ばしし、リモートワークで仕事と介護の両立を試しました。母親は介護保険で使えるサービスを利用していますが、上限があります。

要介護度は3で、ショートステイやデイサービス、訪問リハビリなどを使っています。それでも平日の半分以上は在宅での介護が必要です。

高橋さんは仕事にとりかかると、すぐに現実に直面しました。

あけみさん
「もう終わった。こっちに来て」
高橋さん
「ちょっと待って」

母親の排せつや水分補給、食事などのたびに仕事が中断。重要な会議の最中もデイサービスの送迎の対応を迫られます。

日中は、部下から求められた決裁や、商談に関する打ち合わせなどで精一杯。営業成績の取りまとめなど、自分1人でする仕事は母親が寝たあとに回さざるを得ず、就寝時間は毎晩12時を回りました。

さらに、早く起きる母親の食事の準備で睡眠時間は連日4時間ほどに。日中、眠くて仕事の効率が落ちるという悪循環に陥っていました。

高橋さん
「隣の部屋で母親が寝ていたので、やっぱり音で起きちゃいましたね。何かあったときにすぐ対応できるようにっていうところでアンテナが立っているからかもしれないんですけど」

一方、介護の大切な時間に仕事の連絡が入ることも。

家を訪れたリハビリの担当者に母親の経過を詳しく聞こうと思っていましたが、部下から緊急の相談が相次ぎました。

母親の日常生活を支えながら、仕事の責任を果たすことの難しさに直面した高橋さん。


「もしもし。なんか久しぶり」
高橋さん
「大丈夫、ママいる?」

「ママいるよ」

「金曜日に帰ってくるんだよね?土日、学校見学。行けるなら一緒に行って」

介護が日常化した場合、仕事や家族の生活も立ち行かなくなると懸念しています。

高橋さん
「こっちに来ている間は妻にすごく負担がかかっているので、それを考えるとあまり長期すぎもよくないですし、これが毎日だったらけっこう体力的にもそうですけど、精神的にも疲れちゃうかもしれない」

仕事と介護を両立するためにどうしたらよいのか。今、保険外の全額自己負担で介護サービスを利用するビジネスケアラーが増えています。

利用者の希望に合わせて、登録しているヘルパーを手配する会社です。この1年で利用者は3倍に急増しています。

イチロウ 水野友喜 代表
「頼めば、1時間2時間で介護士が来てくれる可能性がある。すごくご家族にとっては有益なサービスになるのではないか」

こうしたサービスによって、フルタイムでの勤務を続けられている人がいます。貿易関係の会社で、正社員として経理を担当しているマリコさん(仮名)。近所に住む母親が3年前、認知症と診断されました。

貿易関係の会社に勤務 マリコさん(仮名)
「これはもう、このまま(ドアストッパーを)外したままで、触らないでねっていう意味でちょっと書いたんですけど」

もの忘れに加えて体力の低下も目立つようになり、見守りが必要な状態です。

マリコさん
「足腰も衰えているので転倒も心配。あまり長時間、一人にさせておくことができない」

マリコさんの母親が使っている介護保険のサービスは、週3回のデイサービスと訪問介護です。これだけでは賄えない平日の日中2日間と、日曜の午前中に保険外ヘルパーを利用しています。

一方、直面しているのが費用の負担です。週3日、複数の業者に依頼すると、ひと月の費用は保険外だけでおよそ13万円。母親の年金だけでは足りず、みずからの生活費も充ててなんとかしのいでいます。働くために出費がかさんでいく現状に疑問もありますが、頼らざるを得ないといいます。

マリコさん
「高いな、というのはあるんですけれども、母を見守ってもらうにはやはりどうしても必要なお金なので、自分の生活がちゃんとしてないと、やっぱり介護もできない」

両立 なぜ難しい?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ビジネスケアラーをどう支えていけるのか。きょうのゲストは、2,000人以上の当事者を対象に調査を行った紀伊信之さんです。

まず、そもそもですが日本には介護が必要な人を支える公的な仕組みとして「介護保険制度」があります。

介護保険制度(自己負担は1~3割/利用額に上限あり)
・訪問介護
・デイサービス
・ショートステイ
など

要介護度に応じて利用額に上限はありますが、訪問介護、デイサービスなど、さまざまな介護サービスを受けることができます。
ただ、これでも仕事と介護を両立するのがなかなか難しいという実態があったわけです。どうしてなのでしょうか。

スタジオゲスト
紀伊 信之さん (日本総研リサーチ・コンサルティング部門部長)
ビジネスケアラーへの大規模調査を実施

紀伊さん:
介護保険制度は、そもそも介護が必要な高齢者の方を支えるための仕組みですので、ご家族の支援はスコープに入っていないというところではないかなと思います。

桑子:
家族がそもそも対象になっていないと。あと、国も今の介護自体の考え方というのはどういうものになっているのでしょうか。

紀伊さん:
「地域包括ケア」というふうにいいまして、住み慣れた地域で最後まで自分らしく。すなわち在宅での介護を推進しようということになっていますので、それを支えるご家族の負担も大きくなっているのではないかなと思います。

桑子:
ただ、働きながら介護をするビジネスケアラーを支援するための法律はあるんです。それが「育児・介護休業法」というものです。

育児・介護休業法
・介護休業(通算93日)
・介護休暇(年5日)
・労働時間短縮
など

こうした介護休業、休暇、それから労働時間短縮など、利用できるものがあるということですが、紀伊さん、これが今、実際ビジネスケアラーの方々の支えになっているのでしょうか。

紀伊さん:
残念ながら十分な支えにはなっていないのではないかなと思います。これらの制度の利用率が1割程度ということもあるのですが。

桑子:
すべて合わせても1割程度。

紀伊さん:
そうですね。また、この介護休業、通算93日となっておりますが、実際にご家族が介護をするためではなく、介護をするための体制を整える、介護サービスを契約したり、ケアマネジャーの方とさまざま相談をして、ケア体制を整えるのための休業になっています。
したがって、その93日を過ぎたあと、この体制を整えた中でケアをしていかなければならない。当然、介護保険だけでは支えられない部分が出てきますと、ご家族に負担がかかってくるということかと思います。

桑子:
そもそもこういった法律で義務付けられているものがあるということ自体、周知できているのでしょうか。

紀伊さん:
利用率が低いということから見ても、なかなか知られていないのが実態ではないかと思います。

桑子:
まず、こういったものがあるということを認識してもらうということも必要ですね。

紀伊さん:
そうですね。

桑子:
そして「介護は突然始まる」とよく言われますが、少しでも兆候、兆しに気付くことができないのか。介護の専門家が作ったチェックリストもあります。

ここでは、自分の家族が1人で出かけたり、買い物に行ったりできているか、外出の回数が最近減ってきていないかなど、日常の行動や健康状態などの質問に答えていきますと、どれだけ介護が必要な状態に近づいているかが分かるものなんです。

悩めるビジネスケアラー 救った“つながり”とは

では、どうしたらビジネスケアラーを支えられるのか。保険会社で働く深出貴弘さんは、認知症の母親を介護しています。

年々、症状が進行し、仕事にも影響が出始めたため、一時は離職が頭をよぎったといいます。

保険会社 営業部門グループリーダー 深出貴弘さん
「(一人で外出して)急に連絡が警察から入ったりとかした時は、やっぱり集中できなかった。相談できる相手がいなかったというところがつらかった」

深出さんの支えとなったのは、会社内にできた当事者たちのネットワークです。人事関係の部署が全国の支店にも呼びかけ、2か月に1度、介護を担う社員が集まる会を開いています。

「私の場合は2年前に父が転倒によるけい髄損傷で」
「私はわりと介護ストック休暇を使うようにしているんですけど」

深出さんは会社の休暇制度や介護との両立の工夫など、経験者から具体的なアドバイスをもらうことができたといいます。

深出貴弘さん
「どうやって利用するんだろうとか、分かんないことが多かったんですけど、皆さんが介護を経験しているからこそできる議論だと思うので本当に貴重な時間」

会社が危機感をつのらせるきっかけとなったのは、2023年に実施した社内アンケートでした。

「介護をしながら仕事を続けられるか」と管理職に聞いたところ、「続けられない」「続けられるかわからない」という回答が50%を超えたのです。

アフラック ダイバーシティ&インクルージョン推進部 横尾真紀子 課長
「介護しながら仕事をするのが厳しいんだっていうふうに思っている社員がいるってことは、非常に課題。優先的に取り組んでいかなければいけない」

当事者の会は、役職にかかわらず介護を担うすべての人に開かれています。

横尾真紀子 課長
「介護をしている立場にいる時に、さらに上司に言おうかって思った時に、どうされました」
九州エリアの支社長
「私は役員にもすべて言いました、事実は。母がこういう状態なので」

社内に仕事と介護の両立のノウハウを蓄積していくことで、成功例を増やしていきたいと考えています。

横尾真紀子 課長
「制度面でもそうですし、職場の環境もそうですし、多面的に支援をしていかないといけないんじゃないかと思っている」

悩めるビジネスケアラー 会社がこんなことまで

社員の福利厚生の一環として、介護のスタートを手厚く支える制度を整えた企業もあります。

社員1,000名ほどの半導体メーカーです。熟練の技術者の介護離職が相次ぎ、危機感をつのらせていました。そこで会社は、社員の介護に関する調べ物や手続きを代行するNPOと契約を結びました。

介護が始まった社員
「(母親が)寝てから起きるのもちょっときつい感じになってて。ひもにつかまったりして起きているような状況でした」
NPOの担当者
「必要であればエリアの介護リフォーム業者の情報を調べてみようと思います」
介護が始まった社員
「ぜひ、それはよろしくお願いします」

発案した常務の長野典史さんは、みずから母親の介護を担った経験から体制を整えるまでの負担を軽減する必要性を感じていました。

エイブリック 長野典史 常務
「倒れた瞬間っていうのは、あとから思うといろいろサポートする仕組みも世の中あるんですけれども全く分からない状態でした。何ができるかなんて以前に、非常に困ったりいろんな作業があるということが分かって」

支援が始まって1年。これまで50人以上の社員がこの制度を利用しています。今後はビジネスケアラーの支援なしには企業活動は成り立たないと長野さんは感じています。

長野典史 常務
「ちょうど介護の世代っていうのは(仕事の)円熟の世代。病院に行かなきゃいけないとかそういうのが減ってくれば、全社としてはパフォーマンスは減るのを抑えられるんじゃないか」

両立どう支える?ビジネスケアラーの支援は

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
こういった支援があると本当に心強いだろうなと思いましたが、今、パフォーマンスという言葉もありました。

今回、紀伊さんたちが全国の2,000人を超える当事者に行った調査では、家族の介護をしたことによって仕事のパフォーマンスが下がったと答えた割合が67%に上りました。

さらに、実際にどういった取り組みを企業はしているのかも聞いたところ、最も高かった割合が27.3%、その他は10%台ということで、ほとんど取り組みが進んでいないことも明らかになっています。紀伊さん、どうしてこういった取り組みが進まないのでしょうか。

紀伊さん:
介護については育児と比べて、従業員自身が介護が必要になっているということを会社に報告しない、オープンにしないということがやはり背景にあるのではないかなと思います。

桑子:
報告できない?

紀伊さん:
やはり昇進を気にしてであるとか、さまざまな事情でなかなか介護が必要になっているということを言わないことが多いのではないかなと思います。

桑子:
さらには、社会の変化としてどういう変化が影響していると考えたらいいでしょうか。

紀伊さん:
まだまだ割合が低いですが、ようやくこうした取り組みを行う企業が増えてきたところには共働きの方が増えているであるとか、息子や娘など本人が介護をする、そういった価値観の変化もあって管理職等で介護を経験されている方が徐々に増えてきて、ようやくこの数字になってきたのではないかなと思います。

桑子:
ただ、まだ十分とは言えないわけですよね。

紀伊さん:
そうですね。

桑子:
あと、背景には労働市場の状況もあるのでしょうか。

紀伊さん:
おっしゃるとおり、各業種で人材の不足が続いておりますので、そうした中では介護の両立支援をして、しっかりパフォーマンスを高めていこう、こういう機運もやや、ようやく高まってきたのかなと思います。

桑子:
ここまで従業員を対象にしたお話でしたが、今、働き方は多様化してフリーランスなど企業に属さない人たちも増えています。そういった人たちも支えていくにはどうしたらいいのか。

旧厚生省で介護保険制度の企画立案に関わった増田さんにお伺いしたところ、介護保険の支援の対象を、介護を担う家族も含めることを検討するべきだと指摘されていました。

その中で、社会保険料を免除するとか、介護の負担や悩みを把握して支援につなげる仕組み作りを介護保険制度の中に位置づけるべきだという指摘もされていました。

そして紀伊さんは、どういうことが求められるかということで、国や自治体のできる支援でこういったものがあるのではないかと大きく2つ挙げていただきました。

国・自治体のできる支援は
・介護保険外のサービスへの補助金
・両立支援の情報提供・相談窓口

まず「補助金」ということですが。

紀伊さん:
育児の分野でベビーシッターの補助があるのと同じように、介護分野においては介護保険外の自費のサービスへの補助金があってもいいのではないかなと思います。

桑子:
そして2つ目ですが「両立支援の情報提供・相談窓口」。こちらはどういうことでしょうか。

紀伊さん:
自治体が、家族・介護者に対して介助技術等の教室を開いているケースは珍しくないんです。ただ、むしろケアラーに必要なのは、どうすれば自分が両立ができるのか、この点についてしっかり情報提供し、また必要に応じて相談窓口を設けて相談を受ける。こうした体制が特にフリーランスの方や中小企業の方に対しては必要になるのではないかなと思います。

桑子:
まさに行政ができることとして挙げていただいたわけですよね。これから日本は世界でも見たことがない超高齢社会に向かっていくわけですが、社会全体としてビジネスケアラーが安心して過ごせるためにどういうことが必要でしょうか。

紀伊さん:
特に働く方の勤務先の企業にとっては、やはりケアラーの問題を非常に大きな問題として捉えて、介護、ケアについてオープンに語れるような風土を作っていく。また、さまざまな制度についてもしっかり周知をして、こうした制度が利用できるような環境作りが極めて大事ではないかなと思います。

桑子:
制度があっても使えるものでないと意味がないとおっしゃっていましたよね。最後に何かおっしゃりたいことはありますか。

紀伊さん:
われわれ働く人、一人一人がいつか自分の親が介護が必要になる、あるいは上司や同僚がそういう状況になるということをしっかり理解をして支え合う。そういうことがこれから必要になってくるのではないかなと思います。

桑子:
ありがとうございます。

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