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2023年1月16日(月)

なぜ相次ぐ“不適切保育” 子どもの居場所どう守る

なぜ相次ぐ“不適切保育” 子どもの居場所どう守る

保育施設で子どもが亡くなったり、虐待されたりする“不適切保育”の発覚が相次いでいます。静岡では通園バスに置き去りにされた子どもが熱中症で亡くなる痛ましい事件が起きた後、別の施設で園児への暴行の疑いで3人の元保育士が逮捕される事件も。沖縄では施設に4時間預けられた乳児が心肺停止の状態で返される信じがたい事態まで。待機児童解消のために施設を増やし続けてきたいま、現場で何が。実態に迫り課題を明らかにしました。

出演者

  • 池本 美香さん (日本総合研究所上席主任研究員)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

当事者たちが告白 "不適切保育"の実態

桑子 真帆キャスター:
不適切保育の発覚が相次ぐ中、私たちはインターネット上で情報提供を呼びかけました。すると、不適切保育に関するものだけでも100以上もの深刻な声が寄せられました。

「働いていた保育園でも虐待らしいことが行われていました。保護者は何が行われていたのか知りません」(匿名)
「虐待は許せません。だから虐待しそうになる前に退職してしまうのです」(50代元保育士)

声を寄せてくれた当事者たちを取材すると、保育の現場が崖っぷちに立たされている実態が見えてきました。

"不適切保育"の広がり 原因は

3人の元保育士が逮捕された、静岡県裾野市(すそのし)の認可保育園。園が職員を対象に調査した報告書では、園児の頭をバインダーでたたく、園児の足を持ち、宙づりにするなど多数の不適切行為が確認されました。

元保育士の弁護士は、容疑を認めて現在は釈放されている元保育士の今の思いを語りました。

元保育士の代理人 原孝至弁護士
「『大変申し訳なかった』、『直接おわびをしたい』と言っています。『日々の業務は気を遣う仕事である』と。そこに神経を使っていて疲労もたまるだろうし、そういうことはあったようです」

不適切保育はどれほど広がっているのか。

NHKが情報提供を呼びかけたところ、東日本の認可保育所で働いていた女性が取材に応じました。女性は、勤務先に設置された防犯カメラの映像を私たちに提供してくれました。

給食の時間、食べるのが遅くて保育士に怒られていた園児。

東日本の保育所に勤めていた女性
「嫌いな給食を食べられなくて残したいって訴えたのに、この保育士が『先に言わないの?』と怒っているところです」

突然、保育士が園児の腕をつかんでイスから無理やり立たせました。すると、保育士は泣き続ける園児を2度にわたって突き飛ばしたのです。

東日本の保育所に勤めていた女性
「すごくショックでした。こういうことができる保育士が、この園にいるって信じられなかったです」
取材班
「お子さん、泣いてますよね」
東日本の保育所に勤めていた女性
「泣いているのに怒りがおさまらなくて、ずっと叱っているんです」

映像を提供した女性は、不適切な保育が行われた背景には過酷な労働環境があるといいます。

東日本の保育所に勤めていた女性
「まわらない。保育士ひとりの責任が大きくて、ストレスとかやり場のない怒りが出てきてしまった。保育士不足も原因かなと思います」

不適切保育がなぜ起きるのか。

NHKには、現場の保育士からの訴えが数多く寄せられました。

20代 元保育士
「大人の目が全くない状況を作っちゃいけないので、誰かに来てもらってトイレに行くって言うのも、だんだんはばかられるっていうか。トイレ我慢して、ぼうこう炎に」
40代 保育士
「もう毎日、胃が痛くて。保護者対応の時期は『あー、これが"うつ"か』って思うぐらい(精神的に)落ちちゃってた時期もあったので、その時は食欲もなかったりとか」

国が定める保育士の「配置基準」に問題があると、保育士の多くが訴えています。

認可保育所では、保育士1人が受け持つ人数は年齢によって決められています。3歳児になると20人まで。4歳児以上では30人までとなります。この基準は、年齢によっては70年以上見直されておらず、保育の実態に合っていないという声が上がっています。

全国保育団体連絡会 副会長 平松知子さん
「73年間、配置基準が変わらないってどういうことって。諸悪の根源が、やっぱり人が足りない。この人数でやるんですかって本当に思っている」

その配置基準さえ満たしていない現場があると訴える声も寄せられました。

西日本の認可保育所に勤務する保育士のシフト表です。

12時間に及ぶ保育の時間をカバーするため、AからDまで出勤時間をずらしてシフトを組んでいます。そのため、朝や夕方など手薄になる時間があるといいます。

西日本の保育所に勤める保育士
「(保育士の)人数が足りていないというのが毎日の状態で。やばいんです。まわらないです、全然。大きな事故があれば保育をできなくなる。それを考えたら怖いから、本当に危ないと思っています」

"不適切保育"は、当たり前のように起きていると証言した人もいます。

東日本の認可保育所の元園長が、勤務していた保育所で保育士全員に聞き取った内容を書き留めたメモです。「廊下に出す」、「頭をこづく」など、"不適切保育"が繰り返されていました。

東日本の保育所 元園長
「私が想像していた以上の不適切な保育がおこなわれていた。驚いたのと同時に、すごくショックでした。(不適切保育だと)自覚していない職員もいました。不適切な保育が毎日のようにおこなわれていたので、それがよろしくないという意識がなくなっていましたという人もいた」

元園長は、運営する法人の幹部に内容を報告。ところが"不適切保育"の詳細は、行政に報告しないよう指示されたといいます。

"不適切保育"を行った保育士は、今も働き続けています。

取材班
「なぜ処分を受けなかった?」
東日本の保育所 元園長
「やめられたら困るからだと思います。そもそも保育士が不足しているので、次になる人を採用するのは厳しいので、いてくれたほうがましというか、配置基準を欠けると困る。運営が成り立たないというのが、まずあると思います」

なぜ全国で相次ぐ? "不適切保育"の実態

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、子ども・子育て政策を長年研究してきた池本美香さんです。

"不適切保育"がなぜ起きてしまうのか。その背景を池本さんに大きく2つ挙げていただきました。

まず、「待遇」についてです。給与水準のデータを見ますと、保育士の多くを占める女性は、全産業と比べて低い状態が改善されていないです。どうしてなかなか改善されないのでしょうか。

スタジオゲスト
池本 美香さん (日本総合研究所上席主任研究員)
海外の保育政策を研修 2児の母

池本さん:
財源には限りがあって、そこをどうやって取っていくかということですが、保育士の方は本当に子どもが好きで、真面目で、丁寧にやろうということなので、あまり自分たちの処遇を上げるために運動をするとか、デモをするとか、ストライキをするとか、そういう動きは弱いんです。そこにどうも甘えてしまい、実際は(給与は)少しずつ上がってきてはいるのですが、まだまだ足りないかなと思いますね。

桑子:
そして国の配置基準ですが、70年以上変わっていない部分もあるとのことで、どんな問題意識を持っていますか。

池本さん:
もともと配置基準ができた当時は、とりあえず子どもたちを安全に預かるというところで、この人数でもいけたんだろうなと思います。

桑子:
戦後間もない時期ですね。

池本さん:
本当に貧しい時期だったと思います。だけど今は子供1人1人に丁寧に関わって、子どもの教育の場として保育が位置づけられていて、かつ子どもの30人の内訳も、例えばアレルギーのある子がいるとか、外国から来た子がいるとか、多様な子どもがいるとそれなりに配置が必要なのですが追加があるわけではないので非常に厳しい状況かなと思います。

桑子:
時代の中で保育に対する考え方は変わってきているけれど、なかなか配置基準が追いついていないと。

池本さん:
そうですね。本当に安全に預かるというところでの配置基準になってしまっているのかなと思います。

桑子:
そして2つ目、"不適切保育"が起きてしまう背景には「閉鎖性」があるのではないかと。親の目が入りにくい。

池本さん:
保育制度というのは、もともと親が面倒を見られない場合に利用できる施設なので、親が子どもと一緒にいるということが想定されていない制度なんです。先生が全部責任を持つということで先生も頑張ってしまうというところもあるので。
海外ですと(親の目が)日常的に入り、不適切なものがあれば気付いてそこで改善されるのですが、日本は親の目が入りにくい。

ましてやコロナで安全の観点から入り口で受け渡したらあとは中が見れないという園も増えてきていますので、そうすると非常に密室になっています。

あと、子ども自身はそういう不適切なことを受けてもそれが不適切かも分からないし、自分でそれを訴えるということはほとんど期待できないので、非常に難しいなと思います。

桑子:
"不適切保育"によって今、子どもの安全や命が脅かされています。それを示すデータをご覧いただきます。

待機児童問題の解消のため、国や自治体は認可保育施設、認可外保育施設を増やしてきました。一方で、事故の報告数も急増し、おととしは1,872件にも上っています。

取材を進めると、量の拡充に質が伴っていない実態が見えてきました。

増え続ける重大事故 保育の"質"に何が?

通園バスに置き去りにされた園児が、熱中症で死亡した静岡県の保育施設。事件が起きた背景には、8年前まで幼稚園だった施設が運営形態を大きく変えたこともありました。

就学前の子どもが通う施設は、文部科学省が所管する「幼稚園」と、厚生労働省が所管する「保育所」があります。

親が働いている間、長時間子供を預けられる「保育所」のニーズが高まったため、国は新たな受け皿として「認定こども園」を8年前から拡充してきました。「認定こども園」は内閣府が所管し、「幼稚園」と「保育所」の両方の機能を併せ持ちます。少子化で、より多くの園児を集めたかった幼稚園は「認定こども園」へ移行。

置き去り事件を起こした静岡県の施設も、その一つでした。

「幼稚園」の時、原則午前8時過ぎから午後2時半までだった園の受け入れ時間は「認定こども園」になると、午前7時半から午後6時半までに延びました。

職員の負担が重くなったため、通園バスの添乗業務を外部のシルバー人材センターに委託。新たに就任した理事長は、当時の状況を次のように語りました。

認定こども園を運営 増田多朗理事長
「多少は無理をしていたと思う。それによってバスのほうに負担がいったのかなと思う。本当に申し訳ないでは言い尽くせない思いでしかありません。何であんなことをしてしまったんだという思いはあります」

さらに、行政のチェック機能が追いつかない実態も明らかになってきました。

2022年7月、那覇市内の保育施設で生後3か月の赤ちゃんが亡くなりました。赤ちゃんが預けられていたのは、わずか4時間。母親が迎えに行った時、すでに呼吸をしておらず、慌てて救急車を呼びましたが病院で死亡が確認されました。

預けていた4時間程の間に一体何が起きたのか。

NHKは、園から事故の報告を受けた市に情報公開請求を行いました。

当時の園長が記した事故状況記録によると、午前8時に母親に抱かれ登園。その2時間半後、園長は男児をうつ伏せにするよう職員に指示。その後、呼吸のチェックもしていなかったといいます。


乳幼児全体を見ながら落ち着いて保育することができず、気ぜわしく見る余裕がありませんでした。

事故状況記録より

亡くなった男児の親は、まだ悲しみが癒えない中で取材に答えてくれました。


息子は3か月と26日で亡くなりました。まだ寝返りはできませんが、少し笑顔をみせてくれる頃でした。甘えん坊な子でした。帰ってきてほしいです。

亡くなった男児の親からのメッセージより一部抜粋

この園を利用していたシングルマザー。安全に不安を感じながらも、この施設を利用せざるをえませんでした。

園を利用していた母親
「もし預けなくていいのであれば、預けない。働くためには子どもを育てていくには必要でしかない場所。生きるのに必要な場所」

24時間一時預かりもしていた、この施設。泣き声がやまないなど苦情が寄せられていました。

園の元職員
「行き届かない部分があるから、そこは危なかった。それですかね、ずっと改善してほしかったのは」

事故発生の1か月前にも、那覇市には子どもがイスに縛られ泣いているなど通報がありました。これを受けて市は、事故の3週間程前に確認のため園を訪問。しかし、玄関先で口頭での確認にとどまり、内部を確認することはしませんでした。

指導監督を行う行政は、なぜ事故を防げなかったのか。

沖縄県が定期的に行っている保育施設への立ち入り調査に同行しました。調査には保育の現場を指導監督できる専門性が必要で、2人以上の体制で行われます。

保育施設の立ち入り調査員
「子どもたちが手の届く高さだから、もうちょっと子どもたちが開けづらい、大人が開けられるような簡易的なものをつけたほうが」

1か所に最低2~3時間かかる調査を270か所回る必要があります。

保育施設の立ち入り調査員
「なかなか全施設をまわるのは難しい課題と感じている」

調査を担う自治体では、専門性を持つ担当者を確保し続けるのが難しいといいます。

那覇市こども教育保育課 桃原兼光課長
「誰でもいいのかというと、そういうことではなく。有資格者で施設への指導ができるとなると、一定程度の経験を持つ職員でなければできない。翌年以降どうなるか、大変危惧している」

質の改善は?制度は? "不適切保育"なくすには

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
チェックする現場も人手不足が深刻になっているということですが、"不適切保育"をなくすためにどうすればいいのか。

今の保育の状況を整理しますと、日本では「幼稚園」、「認定こども園」、「保育所」、それぞれの施設を所管する省庁というのが3つに分かれています。この春から「こども家庭庁」というものが新たに設置され、二元化されることになります。

池本さん、二元化になることによって"不適切保育"はなくなるのでしょうか。

池本さん:
今の状況ではあまり期待できないかなと思います。一時期、「こども家庭庁」で幼稚園も含めて一元的に制度を見て、それによって抜本的に見直すことを期待していたのですが、結局2つに分かれてしまっています。

「こども家庭庁」には、他にも子どもの課題がたくさんあるんです。その中でも保育は、これまでずっと待機児童について20年ぐらいやっていてようやく解消されてきたので、保育については「一応やったんじゃないか」みたいな雰囲気がちょっと漂ってしまっています。そこはすごく心配しています。保育制度全般も、自治体が全然見きれていないとか、現場だけではなくて制度の課題なので、国として制度の見直しを抜本的にやる時期に来ていると思います。

桑子:
「こども家庭庁」と合わせて「こども基本法」というものも始まるわけですよね。

こども基本法
子どもの最善の利益

池本さん:
「こども家庭庁」も注目されていますが、「こども基本法」というのは子どもの最善の利益ということをすべての制度で実現していこうということなので、その基本法を受けて保育制度をどうするかといった議論が必要になってくると思います。

桑子:
先ほどVTRでは保育所というのは働くため、そして生きるために必要な場所なんだと話す母親がいました。ただ、問題がどんどん出てきてしまっていると。今後、最も大切なことはどういうことでしょうか。

池本さん:
これまで親のための保育ということで整備されてきましたが、これからは基本法もできたことですし、子どものために保育はどうあるべきかを考える必要があると思います。

まず、すべての子どもに質の高い保育を保証するということです。そこをしっかりやる。あと働き方のほうの見直しで、保育現場の疲弊、保育士が足りない上に長時間労働ということもあるので、そういったさまざまな面で保育制度がどうあるべきかをいろいろな角度から「こども基本法」、「こども家庭庁」が始まるタイミングで見直してほしいなと思います。

桑子:
今は変われる時なんですね。

池本さん:
ここは相当頑張らなくてはいけないところだと思います。

桑子:
ありがとうございました。"不適切保育"をなくすために、どうすればいいのか。最後にご覧いただくのは、未来の保育士たちの学びの現場です。

現状をどう変える? 未来の保育士たちは

大阪城南女子短期大学 大嶋健吾 教授
「去年の末からちょっと残念なニュースがずっと続いています。不適切な子どもたちへの関わりやね。子どもの命と心。この2つの安定が大前提になって保育です。じゃあ、この『おしいれのぼうけん』という絵本は"不適切"かというと、また違うかなと思います。でも、押し入れに子どもを閉じ込めていいのか悪いのかというと、良くないのはみんなもそれはそのとおりってわかると思います」

"不適切保育"をなくすために、学ぶ保育士の卵たち。

学生
「不安はあります」
学生
「その子の人生に関わっているんやと思いながら、子どもが好きっていう気持ちを忘れない」
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