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2019年2月7日(木)

北方領土問題 打開の糸口は

北方領土問題 打開の糸口は

平和条約交渉の加速で一致したものの、北方領土をめぐる立場の違いが鮮明となっている日本とロシア。強硬姿勢を崩さぬロシア側の背景は。取材を進めると、領土引き渡しに対する根強い反発だけでなく、北方四島がロシア極東地域で経済的な重要性を増している現実が見えてきた。一方、厳しい立場に追い込まれている日本の元島民たち。今、現実を見据えた思いを語りだしている。番組では「北方領土の日」である2月7日に、首脳会談の分析や現地取材などを交え、領土問題の打開の糸口を探る。

出演者

  • NHK記者
  • 武田真一 (キャスター) 、 田中泉 (キャスター)

現地にカメラが… ロシア反発の背景

先月、北方四島の色丹島に、NHKのロシア人スタッフが入りました。

島の学校を訪ねてみると…。

教師
「今日はクリル諸島(北方四島・千島列島)の住民として気にかけている問題。島の帰属について取り上げます。」

授業で扱っていたのは、北方四島の歴史。多くの犠牲を出した第2次世界大戦の結果、ロシアが正当に得た領土だと教えていました。

教師
「第2次世界大戦の戦勝国であることを根拠に、ロシアの領土なのです。島はずっと私たちのものです。」

固有の領土だとする日本の主張は、ロシアの歴史観と相容れないと強調していました。

生徒
「第2次世界大戦の結果、ロシアのものになった島を日本が取り戻そうとしてきたけど、うまくいきませんでした。」

日本との交渉に臨むプーチン大統領も、就任以来、「戦勝国」としての誇りを強調。国民の愛国心に訴え、求心力を高めてきました。

ロシア プーチン大統領
「国の将来は愛国心なしでは成り立たない。我々は歴史に誇りを持たなければならない。」

ロシアの人々は、日本側の島の主権を巡る発言に神経をとがらせています。

安倍首相
「(島に暮らすロシアの)住民の方々に、日本に帰属が変わるということについて納得していただく、理解をしていただくことも必要。」

(引き渡しに反対するデモ)

「島の引き渡し交渉を阻止しよう。」

今年(2019年)に入り、引き渡しに反対するデモが首都にまで及び、反発する世論が急速に広がっています。

ロシア国営テレビ
「日本からあきれるようなニュースです。日本はクリル諸島の問題が解決したと考えているようです。信じられますか。」

プーチン政権の中でも、交渉に慎重な声が高まっていることが分かってきました。NHKがロシア大統領府の高官に取材した際のメモです。

ロシア大統領府の高官
“大統領にとって平和条約は、個人的に重要なものだ。しかし、大統領の側近たちは交渉に反対している。大統領にとって、とても難しい問題となっている。”(取材メモより)

難航する日ロ交渉。その一方で、島の経済開発は日本抜きで着々と進んでいます。北方四島最大の企業、ギドロストロイです。

色丹島では、主にスケトウダラの加工製品を生産し、ロシアだけでなく、韓国や中国などへも輸出。この20年で、ロシアで第2の水産会社に成長しました。現在60億円をかけて、最新の設備を備えた大規模な工場を建設中です。

工場長
「これは巨大冷凍設備で1台につき、1日100トン凍らせることができます。」

ギドロストロイは、島の住民に恩恵をもたらしています。設備管理をする、この男性。給与は、ロシアのほかの地方都市と比べて3倍に上るといいます。最近購入した2LDKのマンションに家族3人で暮らしています。近く、2人目の子どもが産まれる予定です。

従業員
「島は発展しています。新しい病院や幼稚園も住宅も建てられています。会社も成長を続けているので、一生ここで暮らしたいと思っています。」

島では今、アジアやヨーロッパ各国の労働者の姿も目立つようになっています。外国から機械を導入し、技術者を招き、積極的に開発を進めています。

中国企業の技術者
「新しい建設現場では、中国の機材を使う予定です。」

地元政府の経済政策の責任者は、日本に頼らずに島は発展できるといいます。

サハリン州 経済発展相
「島での経済活動は皆に開かれています。共に利益が得られるなら、どの国でも歓迎です。」

こうした中、今日、安倍総理大臣は…。

安倍首相
「日本国民とロシア国民が互いの信頼関係、友人としての関係をさらに増進し、相互に受け入れ可能な解決策を見いだすための共同作業を力強く進め、領土問題を解決して、平和条約を締結するとの基本方針のもと、交渉を進めていきます。」

例年の「北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結」という文言は使わず、交渉への意欲を示しました。

北方領土問題 打開の糸口は

武田:政治部の岩田記者。安倍総理大臣が、北方四島の帰属の問題などの言葉を使わなかったのは、やはりロシア側へのメッセージなんでしょうか?

岩田明子記者(政治部):そう見られます。安倍総理大臣はあいさつで、ロシア側で反発が強まるような事態を避け、信頼関係の増進など、関係強化に前向きな考えを鮮明にしていました。平和条約交渉について安倍総理大臣は、6月のG20大阪サミットでの大枠合意を模索してきましたが、前回の首脳会談では、具体的な成果はありませんでした。また、ロシア側からは強硬な発言が相次いでいますので、大枠合意は遠のいたというのが、取材実感です。安倍総理大臣の今回のあいさつは、交渉の環境を整え、前進を図るための、プーチン大統領に対するメッセージだとも言えると思います。

田中:交渉を巡る課題を整理します。ここにきて浮上しているのが「歴史認識」です。日本は北方領土を「わが国固有の領土」としていますが、ロシアは「第2次世界大戦の結果、ロシアが主権を得た」と、主張が対立しています。次に「経済協力」です。これには2つの枠組みがあります。1つは「北方領土での共同経済活動」。そしてもう1つは「ロシア本土を対象とした8項目の協力プラン」です。このうち、北方領土での活動については、主権を巡る問題などで事業は具体化していません。また、本土での協力プランについても、プーチン大統領は「質を伴う大きな進展は見られない」と、不満を表しています。

武田:モスクワ支局の松尾支局長。ロシア側の歴史認識へのこだわりは相当根強いものがあるんですね。

松尾寛支局長(モスクワ支局):ロシアの人たちにとって、第2次世界大戦で大きな犠牲を払いながら、ナチス・ドイツと、その同盟国だった日本に勝利した、この歴史はまさに国の誇りです。そのこだわりは、日ソ共同宣言の中で、二島を返還するのではなくて、引き渡すと明記されていることにも表れています。あくまでも日本の利益を考慮して、善意で譲るという立場なのです。

逆に言いますと、四島は戦争の結果、ロシア領になったと日本が認めることが交渉の大前提だという姿勢は揺らぎません。さらにロシアとしては、日本が国後、択捉の残る二島の返還まで要求してくることがないよう、布石を打っておきたいとも考えているはずです。

武田:「歴史認識が全ての前提だ」というロシアに対して、日本側はどう対応していきますか?

岩田記者:交渉の入り口で一致点を見い出そうとはせず、ほかの課題と共に議論を進めて、最終段階で解を導きたい考えです。平和条約の締結には、国会での批准が必要でして、国民世論を無視することはできません。その意味で、日本側がロシア側の主張を一方的に受け入れることは難しいと思います。

安倍総理大臣は、プーチン大統領は、交渉を継続する姿勢を崩していないと見ています。それは前回の首脳会談でも、自らの執務室に招き入れるなど、気配りを示したほか、交渉を打ち切るような姿勢はこれまで一度も見せていないからなんです。安倍総理大臣としては、歴史認識を巡っても、双方が受け入れ可能な解決策を模索していく方針です。

武田:そして、経済協力なんですけれども、北方領土には、外国企業も誘致されて、開発がかなり進んでいますよね。こうした中で、経済というのが交渉のテコになりうるんでしょうか?

岩田記者:プーチン大統領自身が経済協力に大きな期待を寄せています。同時に、日本との関係強化がプラスになるというロシア国民の世論を形成する狙いもあります。ただ、ロシアのほかの地域と異なり、北方領土の開発には日本人だけが加われません。このため、共同経済活動の具体化を急いで、四島に住むロシア人との信頼関係の構築にもつなげたい考えなんです。ただ、共同経済活動を巡っても、双方の法的な立場を害さない枠組み作りの交渉は目立った進展が見られません。

武田:動き出した交渉への期待、そして見えてきた厳しい現実、その狭間で、元島民たちの葛藤は深まっています。

北方領土問題 元島民たちの葛藤

具体的な成果が見られなかった1月の首脳会談。元島民で作る団体の副理事長、河田弘登志さんです。

日ソ共同宣言を基礎にした今回の交渉ならば、領土問題が前進するのではと期待していました。

歯舞群島出身 千島歯舞諸島居住者連盟 副理事長 河田弘登志さん
「なんと答えたらいいか、わかりません。」

首脳会談の2週間前。実は河田さんは、元島民たちの会合で、仲間たちの率直な思いを耳にしていました。

元島民
「一島からでも、一島ずつでもいいから、手法はどうであろうと、できるところから、どんどんやってもらいたい、返してもらいたい。」

元島民たちは、これまで四島の一括返還を訴え続けてきました。しかし、交渉が少しでも進むのであれば、一括返還にはこだわらないという声も上がっていたのです。

河田さん
「年数がたてばたつほど、元島民としては厳しい状況になってきています。四島一緒にまとめて返還してほしいというのが願いですけれども、一島でも二島でも先に、そして次につなげていく交渉もあるのかな。」

厳しい状況を前に、元島民からは、現実を見据えた言葉も出てきています。国後島出身の古林貞夫さん、80歳です。

元国後島民 古林貞夫さん
「70年も島を『自分の国土だ』と言って、それなりに開発進んでいるし、ロシア人も住んでいるなかで、急に日本に返す。難しいことじゃないの。」

古林さんが返還を願う、ふるさと・国後島には、現在ロシア軍の部隊が駐留。国境警備隊の施設もあります。訪問事業で島を訪れた時には、生まれ育った場所には近づくことはできませんでした。

古林さん
「もう少し行くと集落のあったところに入れる。」

古林さんは、せめて島を自由に行き来できるようにしてほしいという思いを強くしています。

古林さん
「1回でも2回でもいいから、自由に足を踏み入れさせていただきたい。領土問題は問題として、帰属の問題はあるにしても、元島民のわれわれにすれば、それがまず第1の願いです。」

島が返還されないことで、漁業で成り立つ地域の衰退が進んできたという声も広がっています。根室市で暮らす、元色丹島民の得能宏さん、84歳。

祖父の代から北方領土の近海で漁業を営んできました。

元色丹島民 得能宏さん
「昔から見たら、ずっと寂しくなった。もう船が少なくなっちゃった。」

四島が返還されない中で、根室海上保安部は目安となるラインを越えないよう呼びかけてきました。ラインを越えた日本の漁船が、ロシアに拿捕(だほ)、銃撃される事態も相次ぎました。

得能さん
「我慢しながらここまできた結果は、多くの漁場を失い、魚をとるすべを失い、そして根室の町は沈んでいく。」

根室市では、漁獲量がピーク時の3分の1ほどに減少。日ロの交渉が一刻も早く進むことを望む声が強まっています。

商店街組合理事長 日沼茂人さん
「魚がいても(漁は)ダメだと言われるんだから、それでとれなければ、魚が揚がらないと仕事がない。線を早く引き直してもらえって言いたい。」

四島全ての返還を願う気持ちと、その一方で、厳しい現実が突きつけられる中での葛藤。元島民で作る団体の脇理事長は、苦しい胸の内を語りました。

元国後島民 千島歯舞諸島居住者連盟 理事長 脇紀美夫さん
「四つの島から島民が強制的に引き揚げさせられている。決して私たちのほうから、二島でいいとか、三島でいいということにはならない。国と国が決めることだと思いますが、決まるまでは当然、四島を基本方針として訴え続けていく。」

武田:今、政府に望むことは?

脇さん
「最終的に、外交交渉の基本的な部分が今どのようなことで交渉しているのか、ある程度、国民にも、われわれにも知らせて欲しい。われわれには、もう時間がありませんけれども、無いなかにあっても、少しでも道筋がみえるようにやってほしいと思っています。」

北方領土問題 打開の糸口は

武田:あくまで四島返還をという声がある一方で、一歩でも前に進めてほしいという声も高まっているんですよね。政府はそうした元島民の葛藤にどう向き合おうとしているんでしょうか?

岩田記者:安倍総理大臣は今日の大会の際に、元島民と短時間、直接言葉を交わして交渉への期待などを聞いたということです。また、航空機を使った墓参の継続を繰り返し首脳会談で確認しているのも、ふるさとの地を踏みたいという元島民の声に応えるためなんです。一方、日本国内には、安倍総理大臣が交渉を妥結に導くため、日本の従来の主張を後退させて、ロシア側に歩み寄ろうとしているのでは、こんな懸念も出ています。それでもなお、交渉の加速を目指すのは、元島民の高齢化が進んでいることに加え、ロシア側による実効支配の強化が進めば、解決はさらに困難になるという危機感があるからなんです。

田中:平和条約交渉を巡るもう一つの焦点が「安全保障」です。プーチン大統領は、仮に島を引き渡した場合、日本が米軍の駐留を許すのではないかという強い懸念を示しています。そこに追い打ちをかけたのが、最近のアメリカの動きです。トランプ政権は先週、ロシアとの間で結んでいた、INF=中距離核ミサイルの全廃条約の破棄を一方的に通告し、日本も理解を示しました。これに対してロシア側は、日本はアメリカとの関係を優先していると、改めて不信感を示しています。

武田:ロシアとアメリカの溝が深まっていく中で、安全保障を巡る問題は、交渉をさらに複雑にしそうですね。

岩田記者:歴史認識を巡る問題以上に難しい問題となりそうです。安倍総理は、島が引き渡された場合でも、自衛隊やアメリカ軍などを配置しないことを明確にすることで、ロシア側の懸念を払拭できないか検討してきました。しかし、米ロの対立が激化すれば、ロシア側がさらに態度を硬化させるのは必至でして、交渉に影響が及ぶのは避けられないと思います。

武田:モスクワの松尾支局長、こうした中で、プーチン大統領は、交渉を維持していこうという意思は、本当にあるんでしょうか?

松尾支局長:ロシア政府で慎重論が多い中でも、プーチン大統領自身は強い意欲を持っていると感じます。プーチン大統領としては、ソビエト時代を含め、どの指導者もなしえなかった、日本との国境問題の解決を政治的な遺産にしようとしているからです。ロシア大統領府の高官は、「歴史に名を残したい大統領にとって大事なのは、今の世論より30年後の評価だ」とも話しています。ただ、平和条約を結んだとたん、日本が大規模な経済協力から手を引いたり、ロシアの安全保障が脅かされたりする事態になれば、逆にそれは負の遺産になってしまいます。このためプーチン政権は、さまざまな課題について、日本がどこまで真剣に取り組んでくるのかを徹底して見極めようとしています。つまり、ボールは今、日本側にあるという立場だといえます。

武田:岩田記者、ボールは日本側にあるということなんですが、今後、事態打開の糸口、日本側はどうつかもうとしているんでしょうか?

岩田記者:まずは、今後行われる外相間、さらに事務レベルの交渉で、立場の違いを埋めるための建設的な議論を行いたい考えです。北方領土問題は、双方の国民が、もろ手を挙げて歓迎する解決策を見い出すことは難しいと見られます。どちらかが得をするという、いわばゼロサム論の議論では交渉は進みません。引き分けといえる知恵を出せるかが焦点です。安倍総理大臣としては、次回のプーチン大統領との首脳会談が予定される今年6月のG20大阪サミットまでには、一定の前進は図りたい考えです。大枠合意に至らずとも、条約の原則、柱だけでも合意できるのか、まさに指導力が問われることになります。

武田:今日、私は島民の皆さんと直接会って、交渉の行方を見守る、その強い緊張感を感じました。元島民の皆さんの平均年齢は84歳になろうとしています。ロシアの厳しい姿勢を前にして、どこまで元島民の思いに応えることができるのか。今後の交渉には、さらなる知恵と覚悟が問われていると感じます。

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