原爆資料館音声ガイド翻訳に太宰府のウクライナ学生が協力

広島市の原爆資料館は、ロシアによる軍事侵攻が続くウクライナの大使館からの依頼を受けて展示内容を説明する音声ガイドに、新たにウクライナ語を2月から追加することになりました。
去年5月に開催されたG7広島サミットでは、参加したウクライナのゼレンスキー大統領が原爆資料館を視察していて、資料館を運営する広島平和文化センターによりますと、サミットのあと、ウクライナ大使館から、展示内容を説明する音声ガイドにウクライナ語を追加してほしいという依頼が書面で届いたということです。
書面には「現在ロシアの侵攻を受けているが、戦争が終われば、ウクライナ国民も海外に行けるようになり、原爆資料館にも訪れるだろう」という趣旨の内容が書かれていたということです。
これを受けて資料館は音声ガイドの原稿をウクライナ大使館に提供し、去年12月に大使館からウクライナ語に翻訳した音声データの寄贈があったということです。
原爆資料館では2月16日からウクライナ語を音声ガイドに追加することにしていて、これで原爆資料館の音声ガイドが対応する言語の数は15になります。
翻訳作業には、福岡県に避難し、太宰府市の日本経済大学で学んでいる12人のウクライナ人の学生たちも協力しました。
このうち、3年生のスヴィトラナ・レヂコさんはウクライナ西部の出身で、ウクライナに残った両親を心配する日々を過ごしています。
広島や長崎に落とされた原爆については高校生のころに学び、ウクライナではチョルノービリ原子力発電所の事故もあったことから、以前から核の問題や原子力について関心があったということです。
レヂコさんは「翻訳をしたときに、毎日、大変な被害や犠牲者が出ているウクライナのこともたくさん思い出しました。日本に避難している多くのウクライナ人に原爆資料館を訪れてもらえるよう頑張りました」と話していました。
また、3年生のマリヤ・コルネヴァさんは「家族のこともほかのウクライナ人のことも考えて翻訳をしていました。母国語のウクライナ語でこのようなガイドを聞くチャンスがあるのは大事なことだと思います」と話していました。
さらに、3年生のカテリナ・マニコフスカヤさんは「日本は恐ろしい過去があっても今は経済が繁栄し、自然も豊かな国なので、ウクライナも戦争が終わったら発展して、前よりずっと強くなっていくのではないかと望みになりました」と話していました。