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特集 土俵づくりと呼出しさん(後編)~伝統と継承~

相撲 2020年1月15日(水) 午後0:00

大相撲の土俵は毎場所、新しく作りかえられています。呼出しさんたちが何を考え、留意しながら土俵をつくりあげているのか、具体的にうかがいながらいくつかの作業を追ってみました。(前編はコチラ

土俵づくりで大事なこと

秋場所の土俵で使うために用意された土は水分量がベストで、とても良い土だったそうです。状態によっては水をまいたりしますが今回はその必要もなく「土を握るとわかるんですよ、軽くキュッと握って丸くかたまる…ほらこんな感じの土がちょうどいいんです」と駿佑さんと直起さんが実際に握ってみせてくれました。

 

 

現在の土俵築リーダーのひとり大吉さんに〝土俵づくりで大事なこと〟を訊ねると「とにかく土に含まれる水分の具合だね」と強調されました。

「東京の土俵では伝統的に荒木田の土を使ってきたんだよ。水分と粘り具合がちょうどよくて土俵をつくるにも相撲をとるにもいい土なんだよね。荒木田以外の土も使うけど、基本的には埼玉県で採取される同じような質の土。地方場所の場合、以前はその土地の土を使用していたけれど、おすもうさんたちなどの要望が強くて今では両国国技館と同じ土を輸送して使っているよ」。

地方場所での土俵づくり ~令和元年九州場所の試み~

 

「地方場所の場合は季節的な要因も大きいよね。たとえば夏の名古屋場所の土俵はまず壊れないけれど、春場所や九州場所の土俵は乾燥が激しいからなかなか良い状態を保つのはむずかしくて、壊れやすくなってしまう」。

厳しい気候条件とのせめぎあいで特に土俵づくりがむずかしいのが九州場所だそう。2018年の土俵は、その前年に関東から輸送し土俵をつくった土を九州で1年間保管してそのまま再利用したのですが、土の水分がやや抜けすぎてしまい土俵づくりが難しかったようです。国技館と同じ土を使っていますが同じ状態を保持することがいかに大変な作業か…九州場所の土俵は私たちにそんなことを教えてくれているようです。

2019年は新しい土を用意して土俵づくりに臨みましたが、それ以外にも頑丈な土俵を築くために、両国国技館と同じように土俵の芯をつくるという、地方場所としては初めての試みをしました。2018年の土俵の土を重機で頑丈に固め、その上から新しい土を盛って土俵づくりをしました。厳しい気候条件は容赦なく土俵から水分を奪っていきましたが、それでも一昨年よりは一定の効果はみられたそうです。2020年の九州場所では、さらに土台の作り方を改良してよりよい土俵づくりを試みてみるとのことです。

ただし、ベテラン呼出しさんたちはこうも語ります。

「ヒビが入ってもね、別にいいんだよ」。

昔の兄弟子たちから受け継がれている言葉のようです。はじめこの言葉をうかがったときはその意味合いが私の中ですぐに消化できず、どういうことなのだろう…と悶々と考え続けました。「ヒビが入らない土俵をつくるにこしたことはないけれど、ヒビが入ったら、それはそれで土が呼吸して生きている証拠だからね、別にいいんだよ。あまりに大きいヒビが入るのはダメだけどね(笑)」。

五穀豊穣を願う土俵の土にヒビが入るのは「これから芽吹く兆し(きざし)」ととらえることができるので縁起がいい、ということなのでしょうか。

自然現象を読み土と会話しながら、もし最善を尽くしてうまくできなかったとしても、その結果を受け入れて場所中にメンテナンスを入れながら上手に土俵とつきあっていく、、、そういう意味も含めた言葉なのだろう、と今は解釈しています。状況に合わせ臨機応変に対応する仕事が多い呼出しさんたちならではの真髄、達観した思想が、そのひとことに現れているように感じられます。

秋場所土俵築で見た技術の伝承

 

土俵づくり3日目を迎え、若い呼出しさんたちが上がり段を作っているなか、一段とにぎやかな声が耳に入ってきました。ふと見ると三役呼出しの克之さんが、厳しい指導と軽妙なトークを織り交ぜながら入門2年目(当時)の健太さんを指導されていました。

この工程は何のためにあるのか、どう作業を進めればいいのか、道具の持ち方とその意味などなど…兄弟子たちが次々上がり段を完成させていくなか、慣れない手つきで一番進みが遅かった健太さんを見かねて、自ら道具を手にとり作業しながら説明されていたのでした。

健太さんが担当した上がり段は使用頻度が高く、特に耐久性が求められる段のひとつ。克之さんだけでなく他のベテラン兄弟子たちも自然とそばに寄ってきて、声をかけてはその様子を見守っていました。弟や子どもや孫の仕事を見守るように、心配げに近くを行き来している兄弟子たちの様子が印象的でした。

克之さんのお話

 

土俵づくりについて克之さんが語ってくれました。

「両国国技館は相撲の興行のためにつくられた施設だから、空気の流れがいい。土俵も比較的つくりやすいし、持ちもいい。だけど、多目的施設を使わせてもらう地方場所の場合はそうはいかないから、会場に着いたらまずそこの空気の動きを感じてみるんだよ。会場の特徴を把握したうえで、温度とか湿度とかこれからの天気とか…用意された土の状態を触って感じながら〝今回はどんなふうにつくるのがいいんだろうか…〟と手順を考えていくんだ。マニュアル本があるわけじゃないし、しかも自然相手の工程になるから、なかなか考えた通りにはいかなくてね…。長年経験してきた工程と結果を思い出しながら〝今回はこうしたらいいかもしれない〟と決めていくんだけれど、これはひとことでは言い切れなくて、本当にむずかしいんだ」。

悩みを訊ねてみたところ、遠い目で宙を見つめながら「悩みかぁ…そうだなぁ…」。しばらく考えてから言葉を続ける克之さん。

「何か起きた時に訊く人がいないってことかなぁ。どうしたらいいのか考えてもわからなくなったときに、若い頃は兄弟子に訊いて、知識を吸収したり、判断をゆだねることができた。土俵づくりだけじゃなくて、太鼓だって呼び上げだってなんだってそうだったよ。今はこの歳になって訊く人が上にほとんどいなくなったから、時間の制約があるなかでどうにかして解決策を見つけ出して決断しなくちゃいけない。それでうまくいけばいいけど、なかなかね…一番の悩みはそこかなぁ」。

話をうかがっている最中にも取組を終えたおすもうさんたちが次々とやってきて、克之さんを見ては満面の笑みであいさつ。兄か父にでも語るように、今日の取組はどうだったか、こうすればよかったかも、など報告をし、「明日もがんばります!」と目を輝かせながら帰路についていきます。おすもうさんたちをなごませ笑わせながら見送る克之さんの様子からは、さきほどうかがった悩みなどはみじんも感じられず、そんな克之さんの周りにやってくるおすもうさんたちにも笑顔が絶えません。

「次の取組に向けて気持ちを切り替えるきっかけになればいいと思ってね」。「兄弟子たちが何を考えながらおすもうさんたちを見ていたのか、この歳になってようやくわかってきたような気がするんだよね。自分も15の時からこの世界で育ててきてもらったし…ひとことではうまく言えないんだけど、この世界に恩返しができたらいいなぁと思っているんだよね…」。

土俵づくりでも、また休憩所でのちょっとしたひとときでも、克之さんなりのやり方で若い世代をさりげなく支えていこうとされている心情を垣間見ることができました。

伝統を受け継ぎ、つないでいく者として

 

触れ太鼓の準備のための待ち時間。20代の若い呼出しさんたちが、入門1、2年目の10代の呼出しさんたちに太鼓のくくりつけかたを教えていました。彼らはこれから覚えること・磨いていかねばならない技、そしてそれ以上のことが、山のようにあるのでしょう。

中堅の呼出しの弘行さんもおっしゃっていました。「若い頃は〝40歳になるころには何でもできる呼出しになっているだろう〟って思ってたんだけど、土俵づくりも太鼓も呼び上げも本当にむずかしくって、今もずっと悩んでいるんだよなぁ…」。

世代は違っても呼出しというひとつの組織・ファミリーであり、運命共同体。入門できる人数が制限された厳しい男性職人の世界ですから、そこはうかがい知ることができない理屈や感情もあると思いますが、大切な仲間であると同時に、大相撲という国の伝統文化を守り継ぐ人材を育てなければならないという大事な役目を担っている兄弟子たちは、かつて自分たちがそうしてもらったように、厳しさと愛情を織り交ぜながら若い弟子たちを育てています。

昔は土俵づくりでも若い呼出しさんは土俵の上に上がらせてもらえなかったそうです。相撲の世界でよく言われる「顔じゃない」ということだったようですが、今では技術をどんどん教えていこうという意識に変わりつつあるようです(とはいえ、土俵上の重要な工程は今も中堅以上の兄弟子たちの技と経験がものをいう大事なお仕事ではありますが)。

令和2年初場所。土俵をつくるその現場には、入門を控えた新しい2人の見習い呼出しさんの姿がありました。システマチックに土俵をガンガンつくりすすめていく手際よい兄弟子たちの仕事ぶりを、ただ見ることしかできない様子でした。が、彼らもまたしばらくすれば伝統を受け継ぐ者のひとりとして、立派に土俵をつくっていることでしょう。

 

 

_____迎えた土俵祭。おすもうさんはじめ関係者、相撲ファンが国技館に会し、真新しい土俵に向かい四方から頭を垂れ礼を捧げる。「…清く潔きところに清浄の土を盛り、俵をもって形と成すは、五穀豊穣のまつりごとなり。…」祭主が方屋開口を言上して相撲の神をお迎えし、土俵に神聖な息吹きが与えられた。スポットライトを浴びて厳かに、そして華やかに煌(きら)めく姿が美しい。「晴れの舞台に送り出されたのだなぁ…」と感慨深い想いがよぎる。

土俵祭が終わると、吊り屋根の大房に御幣を掲げ、鎮め物を入れた穴を頑丈に固め、蛇の目をつくり、敷物と土俵のすき間を埋めていく。土俵が完成し、明日の初日を迎える準備が整った。

「今場所の土俵は良いねって言ってもらえた時は本当にうれしいし、この仕事をやってて良かったな…って思うんだよね」。

はじけるような笑顔で次郎さんが言い残し、呼出し部屋へ戻って行く____

土俵は、いろいろな想いとともに毎場所つくり・壊され・またつくられてきた、呼出しさんたちによる一期一会の作品。江戸時代の兄弟子たちのときから少しずつその時代ごとの新しい技術を取り入れ改良しながら現在まで受け継がれてきた、生きもののように揺れ動く伝統。今の時代の呼出しさんたちも、その生きた伝統を受け継ぐものとしての責務と誇りを胸にこれからも土俵をつくり、四股名を呼び上げ、蛇の目を掃いて、後世に〝技と想い〟を伝えていかれるのでしょう____

 


 

※大相撲初場所中継の4日目に呼出しさんたちのさまざまなお仕事を紹介する企画が組まれています。場所前から映像班や担当アナウンサーが精力的に取材されていました。ぜひご覧ください!

たきもとかよ

イラストレーター。相撲雑誌などスポーツのイラストを中心に活動。

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