ストーリー相撲

照強 阪神・淡路大震災から26年ふるさとへの思い

2021-01-18 午後 0:45

 

1月17日、午前5時46分。毎年、追悼の祈りを欠かさない力士がいる。豪快な塩まきと小さな体を目いっぱい使った相撲で土俵を沸かせる照強(前頭12枚目)は阪神・淡路大震災が起きた日に兵庫県の淡路島で産声を上げた。

 

26歳の誕生日となった日は、佐田の海(前頭17枚目)が相手。立ち合いで低く当たり押し込んだが手繰りにいったところを送り出され、ふるさとに白星を届けることはできなかった。

 

 

おととしの初場所後、新入幕を確実にした照強の実家を(兵庫県南あわじ市)訪ねた。アルバムを見ながら母親の菊井真樹さんが出産当日を振り返ってくれた。

「救急車のサイレンが、すごい鳴っていて、病院に着いたらロビーはすごい人だった。すごい日に生まれたと思います」慣れない取材にてれくさそうに話す母親に代わって話した照強の言葉が強く印象に残っている。

 

 

照強は幕下以下だった頃から「震災の日」に生まれた力士として注目を集めるにつれ、ふるさとへの思いは強くなっていったという。

「その年に生まれるのも運命だし365日ある中の1日に生まれるのも運命だと思う。人より背負うものは大きいと思っているので、そこはやっぱり負けられないという力になります。頑張っていることを淡路島の人に見てもらえたら」

 

 

平成22年春場所で初土俵を踏んだ照強。足かけ11年、いまだに休場はなく土俵に上がり続けている。新入幕を果たして以降は、勝ち越しも負け越しもあった。「幕内は必ずテレビに映るから」地元の人に元気な姿を見せることを意欲の1つに2年間幕内の地位を守ってきた。

 

しかし今場所は取組のあと左腕を気にするしぐさを何度も見せていた。3勝5敗となった中日の取組後には、左上腕の筋肉の一部が断裂していることを明かした。それでも痛みに耐えながら土俵に上がり続ける意味を当たり前のように淡々と語った。

 

「しっかり元気に相撲を取っている姿を見せるのが仕事。誕生日は単に喜ぶ日じゃなくて、しっかり向き合っていかないといけないので」

 

被災地にとって、自分自身にとっても26回目の“特別な日”。照強は運命と向き合いふるさとへの思いを抱きながら土俵に上がり続ける。

この記事を書いた人

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鎌田 崇央 記者

平成14年NHK入局

さいたま局を経て、スポーツ部に。プロ野球、水泳などを担当し、格闘技担当は通算5年目

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