ストーリーサッカー

中村憲剛 引退へ! 7つの数字で振り返る波乱万丈の18年

2020-12-24 午後 06:00

今月21日、元日本代表、川崎フロンターレの中村憲剛選手の引退セレモニーが、ホームスタジアム・等々力競技場で行われました。三浦知良選手やイニエスタ選手たちがメッセージを寄せ、1万人を超えるサポーターが拍手と応援歌でたたえる中、中村選手はフロンターレ一筋18年間のプロ生活に別れを告げました。中村憲剛とはいったいどんな選手だったのか、7つの数字で波乱の選手人生を振り返ります。

1.6回の準優勝 “シルバーコレクター” のキャプテン

中村選手は2003年に川崎フロンターレに入団。その2年後に、チームはJ1に昇格しました。攻撃的なサッカーで旋風を起こすも、いつも惜しいところでタイトルを逃してきました。2003年から2016年までに、J1の2位が3回、天皇杯の準優勝が1回、Jリーグカップの準優勝が2回と準優勝だけで6回。「シルバーコレクター」と呼ばれるまでになってしまいました。

 

2016 Jリーグ 最終節

 

中心選手として活躍し、キャプテンを務めるまでになっていた中村選手は、プレッシャーと、優勝できない悔しさと戦い続けていました。

 

「俺がいるから優勝できないのか」。2017年には、長年務めたキャプテンを譲り、試合途中での交代も増えるようになりました。順位は9位にまで降格し、ついに引退も考えたといいます。

2.15年目の初優勝!

そんな時、中村選手を支えたのがサポーターでした。スタンドに中村選手の横断幕やのぼりを掲げ、「ケンゴが引退する前に、一緒に優勝したい」と声援を送り続けました。
シーズン後半、チームは息を吹き返します。14試合負けなしで2位に浮上したのです。

 

川崎フロンターレ サポーター

 

そして迎えた最終戦。フロンターレは次々にゴールを決め、5対0と圧勝します。同時刻で戦っていた首位・鹿島アントラーズが引き分けに終わり得失点差で上回ったフロンターレが劇的な初優勝を飾ったのです!プロ15年目でついにつかんだ栄冠でした。

 

優勝が決まり、泣き崩れる中村選手

「試合が終わった瞬間にみんなが飛び出してきて、その意味が分かった。涙が止まらなかった。ここまで長かった。長すぎて長すぎて、タイトルをとれないまま辞めるのではないかと思った。みんなでつかんだ優勝だと思う」(中村選手)

3.39歳で全治7か月 選手生命にかかわる大けが!

続く2018年シーズンも優勝し、3連覇を目指して臨んだ2019年シーズン、中村選手を悪夢が襲います。11月2日のサンフレッチェ広島戦、中村選手は相手選手と接触し、左ひざの前十字じん帯と半月板の損傷という全治7か月の大けがを負ったのです。

 

 

39歳という、引退してもおかしくない年齢での大けが。しかし中村選手はあきらめていませんでした。

「手術を終えたことで大きな一歩を踏み出すことができました。ここからまた、地道に日々一歩一歩、進むだけです。もちろんきついことや、しんどいこともあるだろうけど、それもまた自分の人生だから。どうせやるなら明るくポジティブにやっていこうと思います」(中村選手のブログ)

 

復帰に向けた、地道なトレーニングが始まりました。左右の足の筋力のバランスを整え、痛めたひざ周辺を重点的に鍛え、ひざを守る筋肉をつけていきます。
年が明けた1月、ひざに装具をつけてジョギングを再開。
2月には手術後初めてボールを使ったトレーニング。2020年シーズンが新型コロナで中断していた間も、一人トレーニングを続けました。

『ここからはい上がってみろよ』って言われている気がするんだよね。スタジアムに戻った時の光景を、もうイメージしている。それがモチベーションのひとつでもある」 

4.10か月ぶりのピッチ 復帰戦を飾るゴール

そして、ついにその時は来ました。2020年8月29日、等々力競技場。左ひざと向き合い続けた10か月を経て、中村憲剛選手がピッチに帰ってきたのです。

 

サッカーの神様は、もうひとつプレゼントを用意していました。相手選手のパスミスに反応した中村選手がワンタッチでキーパーの頭上を越すループシュート。自らの復帰を祝うゴールを決めたのです!

 

ゴールを決め「ゲッツ」ポーズをする中村選手

 

チームメイトもサポーターも、誰もが中村選手の復帰を祝福しました。

5.40歳のバースデーゴール! 史上最高の誕生日

復帰から2か月がたった2020年10月31日。この日は中村選手の40歳の誕生日、そして長いキャリアで初めてという誕生日での試合でした。この唯一無二のチャンスで見事にゴール!40歳という大きな節目に自ら花を添えました。

 

中村選手は、ブログで喜びを爆発させます。

「いやー、ほんとに信じられない。これはなんなんだ一体。40歳になったその日にキャリアで初めて試合が来てその試合でまさか自分が点をとるなんて…。自分で言語化できないくらいなのでこの気持ちはもはや説明つきません。笑」

 

そして、サポーターに向けて感謝の言葉をつづりました。

「みなさんのおかげで本当に今までで1番の、史上最高の誕生日を迎えることができました。こんなに幸せな40歳はいないと思います。感謝しかありません。本当にありがとうございました? 不惑を迎えた中村憲剛。笑」

6.40歳と1日 衝撃の引退発表

「40歳になってもケンゴはまだまだ行ける!」。そう確信していた多くのサポーターに衝撃のニュースが飛び込んできたのは、誕生日の翌日のことでした。中村選手が記者会見で、今シーズン限りでの現役引退を表明したのです。

 

引退を発表した中村選手(右)とキャプテンの小林選手

 

「35歳の時に40歳で区切りをつけると決め、そこから1年1年、勝負だと思ってやってきた。36歳で最優秀選手となり、37歳でJ1初優勝、その次の年はJ1制覇、去年はJリーグカップ優勝。この5年はそれまでの苦労がうそのようにタイトルが手に入った」と終盤の現役生活を振り返りました。

 

地元のファンやサポーターからは感謝とねぎらいの声が聞かれました。

「憲剛さんはいろんな商店街を回ってくれて『ありがとう』と気さくに言ってくれるところがすばらしい。商店街全体で応援しているので最後まで頑張ってほしいです」(地元商店街連合会の副会長)

「川崎といえば中村憲剛という存在だと思います。中村憲剛がいるおかげで、川崎に住めてよかったと感じています」(サポーター)


ひとつのチームに長年所属し続ける選手のことを「バンディエラ」と呼びます。中村選手こそ、18年にわたって活躍しながら、誰よりもファンとサポーターを愛し、誰よりも愛された「川崎のバンディエラ」でした。

 

2010 FIFA ワールドカップ南アフリカ大会 決勝トーナメント1回戦

7.3回目の優勝!有終のラストシーズン

2020 J1リーグ 川崎フロンターレが2年ぶりの優勝

 

中村選手のラストシーズンとなった2020年、川崎フロンターレはJ1史上最速で3回目の優勝を決めました。

「ちょうど約一年前、前十字じん帯を切った時。復帰して迎える現役ラストのリーグ戦がこうであったら良いなと自分が想像していた以上の流れ、結果になりました」(中村選手)

 

かつて”シルバーコレクター”とやゆされたチームは、中村選手がけん引した18年間で常勝チームへと変貌を遂げたのです。

 

天皇杯を最後に、ついにピッチを去る中村憲剛選手。
18年間で、J1通算471試合出場、74得点。ベストイレブン8回。最優秀選手1回。

輝かしい数字以上に、人々の記憶に残る選手でした

「フロンターレに拾ってもらって心からよかったと思うし、感謝の気持ちしかない。最高のプロサッカー選手生活だった」(中村選手)

 

苦難を乗り越え、ファンを愛し、卓越したパスセンスで見る者を魅了し続けた稀有なサッカープレーヤーのことを、私たちは決して忘れることはないでしょう。

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