ストーリー陸上

陸上 新谷仁美選手 走るのは嫌い…でも

2020-12-01 午前 10:30

陸上担当の記者やディレクターが取材で見つけた話を発信する「いだてん」たちの“つぶやき”。

 

女子長距離の第一人者、新谷仁美は世界選手権の10000メートルで5位に入賞したこともある実力者だ。一度は引退し4年近いブランクを経て復帰した新谷は、32歳の今もトップ選手であり続ける。そんな彼女が注目を集める理由の1つに「歯に衣着せぬ発言」があるが、その裏には、走ることへの確固たる信念と意味があった。

 

嫌い、仕事、お金

「嫌い」と言ってはばからない、走ること。彼女は取材中、「嫌い」「嫌い」と繰り返した。それでも、陸上界では常に“真ん中”を走ってきた。高校時代は駅伝などで脚光を浴び、社会人になると第1回の東京マラソンで優勝、10000メートルではロンドンオリンピック9位、世界選手権5位と申し分ない実績を持つ。ただ走ることについて聞けば。

 

新谷 選手

嫌いです、大っ嫌い。

 

好きであろうが嫌いであろうが関係なく“仕事だからやる”って決めている。オリンピックにつながる大会も、オリンピックに出ることも、オリンピックで結果を出すことも、すべて仕事のうち。

 

嫌いなのに、激しいトレーニングに耐えられるのか、そう水を向けると。

新谷 選手

お金をもらっているのでやれている。タダじゃ走らないので。

 

大会以外では今回初めて新谷にインタビューをした記者の私。ほかのメディアで、同様の発言をしていたのを見て予想はしていたが、実際に「嫌い」「仕事」「お金」と続けざまに耳にすると、さすがに面食らった。でも話を聞き進めていけば、その意味がわかった。

線引きされた

 

走るのが「仕事」と強く思うようになったきっかけは、8年前までさかのぼる。初めてのオリンピックだったロンドン大会で入賞まであと1つ順位が届かず9位。帰国した空港で感じたことだった。

新谷 選手

メダリストと入賞者、それ以外で完全に線を引かれていた。9位以降は“ただの参加者”として(空港に集まった人からは)『あ、出てたんだ』っていうぐらいにしか見られず評価されない現状を見た。

 

実業団チームに所属していた当時「会社に守られている」と感じていた新谷。「悪い言い方で言えば」と断った上で「結果があまり出なくても生きていけるところ」だと思った。

 

大舞台から帰国した空港で見た“線引き”の現実。「世間はそう見ている」と厳しい目で自分を見るようにした。そして、その線の“向こう側”に行くために持つようになったのが「プロ意識」つまり「走ることは仕事」という考えだった。

痛いだけじゃない、引退の理由

ただ試練はすぐに訪れた。翌年の世界選手権で5位に入賞したが、それ以降、新谷の姿は表舞台から消えた。

 

世界選手権からわずか5か月後の2014年1月、引退を表明した。理由は「ロンドンオリンピック後から痛めていた右足」としていた。でも本当は、それだけではなかった。

 

 

復帰後の今もかかとの骨の一部は、ささくれのように飛び出している。痛みもまだある。それでも走れる。だからこそ気づいた。当時、自分が競技から離れた理由を。

 

新谷 選手

支えるメンタルが自分の中でコントロールできずにいた。たぶん助けを求めていたけれど、周りを信用してなかったので助けを求めなかった。もういいや、辞め時かな、と思っていた。

満たされない日々

会社員となった新谷。生活は一変した。事務仕事が中心で定時に帰る毎日。次の日を気にすることなく夜遅くまで遊んだ。好きなものは好きなだけ食べた。金曜日の夜は、ファストフード店のポテトを家に帰るまでの道中に食べ、家に帰れば大量に買って帰ったお菓子を食べながら映画を見た。ただ、どうしても違和感があった。

新谷 選手

OLを経験して学んだことがある。好きでも嫌いでも、やりがいを感じられないと続かないということだ。アスリートだけでなくほかの職業でもそうだと思うけど(その職業に対し)“なんとかしよう”とか“すごく強い気持ちを持ちたい”というものがないと、いい1日を過ごせないと思った。

 

嫌いな走ること、でも、そこには「生きている実感」が確かにあったことに気づいた。

託すことを覚えた

 

4年ほどのブランクを経て陸上界に戻った新谷。信頼のおける「盟友」横田真人に出会った。

 

同学年、そして同じロンドンオリンピックで男子800メートルに出場した元トップ選手だ。復帰後、コーチとして指導を受けている。助けがほしいのに信用できる人間がおらず、助けを求めずにいたかつての自分。今はもう違う。

 

去年の世界選手権のあとからは、これまでみずからつくっていた練習メニューを横田につくってもらうようになった。比例するように、ことしは結果がついてきた。

 

1月にはハーフマラソンの日本記録を更新、9月には5000メートルで日本歴代2位の記録をマークした。11月の全日本実業団女子駅伝では、エース区間と言われる3区で区間記録を1分以上も更新する驚異的な走りを見せた。

 

新谷 選手

(結果が出ている)一番の要因は、過去と違って周りを信用して自分の思いを話し、しっかりコミュニケーションが取れていること。コーチやマネージャーに自分ができない部分をしっかり託している。その中でお互い責任をもってやっているところが、一番成長した要因なのかなと思っている。そこから栄養面や体づくりにつながっている。

 

”盟友”横田は、4年間のブランクはむしろプラスだったと指摘する。

横田 コーチ

長距離選手って休みなくずっと走っている、休めって言っても休まない。でも休むことを覚えたのが4年間のブランクだった。

 

とは言え、トップ選手では異例のことだ。

 

横田 コーチ

世界の5位まで行った選手が4年のブランクを経てチャレンジするということを、僕だったら言えない、すごいこと。復帰できるとは正直思っていなかった。復帰してからは重圧と戦いながらの生活だったと思うが、どんどん強くなっている。

劇団ではないけど

 

新谷は、12月4日に大阪市で開かれる長距離種目の日本選手権、女子10000メートルで東京オリンピック代表内定を目指す。すでにオリンピックの参加標準記録を突破しているのでこの大会では優勝すればその場で内定する。

 

大会まで1か月を切った11月中旬、宮崎市で合宿中の新谷が取材に応じた。この日のトラックでの練習は、3000メートル、2000メートル、1000メートルをそれぞれ600メートルの「ジョグ」を挟みながら速いペースで走り続ける、本番を見据えた厳しいトレーニングだった。

 

 

日本選手権では優勝だけでなく、18年間破られていない日本記録の更新を狙うと公言。この日の練習では日本記録を狙う設定タイムよりも、さらに速いペースで走る充実ぶりを見せた。オリンピックがかかる大会、新谷はどんなレース展開を思い描いているのか。

 

ここでも強調したのは“プロ意識”だった。

新谷 選手

お金を払ってきている方もいると思うので、劇団ではないですけど、最高のパフォーマンスを見せることが私がやらなければならないこと。

 

「レース展開はコントロールできる」が「したくない」という新谷。「余力を残してしまうことになり最高のパフォーマンスを見せるという自分が決めている部分を曲げてしまうことになる」からだという。なので「最初から全力」で挑む。

走る意味

 

最後に、彼女がここ最近、発信を強めていることについて。それは、どちらかと言えばこれまで“タブー”とされてきた問題でもある。新谷にとっては自らの体験に基づく「自然に思ったこと、普通に疑問に思ったこと」

 

陸上女子長距離選手における過度な減量や生理が止まってしまう問題だ。SNSでその問題点を指摘したり、みずからの経験を語ったりしている。

 

かかとのケガがありながら臨んだ世界選手権で5位に入った年のこと。半年ほど生理が止まったという。体の重さを支えるかかとに痛みがある、だから減量すれば痛みが緩和されるのではないか。そうした「単純な考え」の結果「無月経になった」という。でも痛みは悪化、今では「悪循環だった」と振り返る。

 

新谷は、過去の自分だけの話ではない、と強く訴える。自分は今、体重計さえ乗らず、バランスの良いしっかりとした量の食事をとっている。それは日々のSNSで証明されている。でも走りは進化している。

新谷 選手

SNSだけではなく、走ることで表現できる機会を持っている。でも結果が出なければテレビにも映らない。結果を出す人であれば影響力も大きいと思う。だから発信をうまくできるために、結果を出すというところにつなげている。

 

走る自分、そして結果を出す自分を見て、もっと知って欲しい。それも彼女が、走る意味だ。

この記事を書いた人

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佐藤 滋 記者

スポーツニュース部記者。平成15年入局。札幌局・山形局を経て現所属に。途中1年間はネットワーク報道部に所属。オリンピック取材は、ソチ・リオデジャネイロ・ピョンチャンの3大会を経験。自身は小学3年から大学まで野球一筋。

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