ストーリーパラスポーツ

パラリンピックを支える人たちの仕事愛とお昼ごはん!

2020-11-17 午後 04:45

働く人のランチを徹底ウォッチする番組「サラメシ」。今回はパラリンピックを支える人々のお昼ごはんです。

アスリートのパフォーマンスを最大限引き出そうとする献身的な仕事ぶりや、驚きのお昼ごはんに出会いました。

(2019年8月27日放送の番組を元に再構成しました)

月2でうな重を食べる 義肢装具士 斎藤拓さん

 

まずは、義肢装具士の斎藤拓さんです。義肢装具士という職業は、あまり聞いたことのない人が多いかもしれません。それもそのはず、スポーツ用の義足はまだ日本での需要が少なく、職人の数もたった10人いるかどうか!斎藤さんは、その数少ない貴重な職人の1人なのです。

 

茨城県水戸市にある斎藤さんの工房では、一般向けの義手や義足・サポーターの制作を中心に行っています。

 

工房に訪れる人の中には、パラトライアスロンの強化指定選手・中山賢史朗選手の姿も!

 

中山 賢史朗選手

 

中山選手は自転車につける義足パーツの改良に訪れていました。

 

 

斎藤さんのような義肢装具士にとって、単に選手の足の型を取るのではなく、いかに痛みが少なく心地の良い状態のものを作れるかが腕の見せ所なんだとか。

 

続いて訪れたのは、北京・ロンドン・リオの3大会で5つのメダルを獲得した自転車競技の藤田征樹選手です。

 

藤田征樹選手


「義足はずっと作り続けるものだから、いい関係を作っていけるんだったら長く一緒にやっていける人がいい」という思いで、まだ駆け出しだった斎藤さんの元に通い始めてもう10年!年齢も近く、ともに成長してきた良きパートナーなんです。

 


義足を使い込むうちに生じるわずかな違和感。それがレースではコンマ数秒を左右します。それを斎藤さんが調整しているのです。

 

そもそも、斎藤さんが競技用の義肢装具士を目指したきっかけは、高校生のときに観た2000年シドニー大会。特に福祉の仕事に興味があったわけでもなく、義足でこんなことができるのかと素直に衝撃を受けたのだとか。その影響もあり、まだあまり知られていない義肢装具士というマニアックな職業に惹かれたのだそうです。
「理由とか理屈じゃない感じですね。やってみたい!って思いました」

 

さて、そんな斎藤さんの昼ごはんは…

 


うな重!大のうなぎ好きで、多いときは月に2〜3回食べるという、踏ん張りどころの勝負飯です。食べたいものにも仕事にも妥協なし!おいしいものが食べたいんだそうです。

愛情も栄養もたっぷり昼飯 車いすバスケのコーチ 及川晋平さん


続いて紹介するのは、車いすバスケットボール日本代表のヘッドコーチを務める、及川晋平さんです。自身も車いすバスケの元選手としてシドニー大会に出場し、2013年からヘッドコーチとして日本代表を支えています。

(※2020年11月現在、及川さんは男子日本代表監督を務めています)

 


コートの広さもリングの高さも一般のバスケと同じ車いすバスケですが、違うのは選手たちそれぞれに持ち点があるということ。障害の軽い選手ほど数字が大きく身体機能が高いのですが、コートに入る選手の持ち点の合計は14.0点以内にしなければいけません。
常に障害の重い選手と軽い選手が一緒に試合にでてチームワークでゲームを作っていく、そこが車いすバスケの大きな魅力です!

 

「選手たちとの時間を、いい加減な時間にしたくない」という及川さんはコート外での仕事を大切にしています

 

及川さんは、選手とのコミュニケーションを重要視しています。体の大きな海外の選手と戦うためには、綿密な戦略を立てることが大切です。いつも戦略を考えているという自宅の部屋の壁には、たくさんのメモや名言が!

 

テレビを観ていて心に響いたものは、すぐ壁に貼るという

 

さらに試合の動画を見て、なぜシュートが入ったのか一つ一つ分析。動画をシチュエーションごとに切り分けてSNSで選手に共有。

 


試合で対戦するであろう各国のデータも収集し細かく分析。とても時間がかかる作業ですが、ヘッドコーチ自ら行います。根拠をしっかり示して選手たちに納得してもらうことでやる気をあげていくのが及川流です。

 

16歳の時に病気で右足を切断し、その6年後に車いすバスケに出会った及川さん。選手として行ったアメリカ留学の経験も、今に生きているといいます。


そんな及川さんのお昼ご飯はこちら!

 


奥さまの手料理です。選手の頃からずっとサポートしてくれている奥さまは、旬の食材を使い、調味料は自家製でお米は発酵玄米というこだわり!「お昼が充実していると、1日がしっかり過ごせる」と及川さんは話します。

昼は片手にサンドウィッチ 写真家 清水一二さん


3人目は、写真家の清水一二(かずじ)さんです。障害者スポーツを撮り続けて40年!パラリンピックは、来年の東京を入れると夏季・冬季14大会連続で撮っていることになるのだとか。元々サラリーマンでしたが、「有給休暇だけではパラリンピックに行けない!」という理由で36歳の時にフリーカメラマンに。しかし障害者スポーツの撮影だけではやっていけない、と普段は近隣の学校の卒業アルバムの撮影などを行っています。

 

長野パラリンピックの公式ポスターに写真が採用され、家族にも認めてもらえた

 

取材をさせてもらったのがリオ大会の直前だったため、用意していた荷物を見せてもらうことができました。その中には、音を頼りにする競技への配慮も考えてカメラの防音ケースや…

 


なんとオムツが!かつて、トイレに行って大事なシーンを逃した経験があるそうで、一瞬を逃さないためにオムツは必需品です。

 

約4300人の選手が出場したリオ大会では、日本も24個のメダルを獲得。しかし、長年パラリンピックを追い続ける清水さんは、外国人選手の闘争心あふれる表情に迫力を感じたといいます。

 


また、一番印象に残ったのがブラジルの観客の反応だったと振り返りました。
「見たことのないパラ競技でも、自分と同じように楽しんでいる観客の姿がなによりうれしかった」という清水さん、日本でもたくさんの笑顔が見られると期待しましょう!

 

そんなリオ大会中の清水さんのお昼ご飯は…

 


サンドウィッチ!さまざまな競技の撮影で忙しく、外食する時間はなかったそうです。なので、ホテルのバイキングで出されるハムとチーズでサンドウィッチを作り、ほぼ毎日持っていっていたそう。

 

そして、19日ぶりに帰国した清水さんが最初に口にしたのは…

 


まさかのおはぎ!久しぶりに味わう日本食で、疲れを癒やす清水さんなのでした。

 

競技だけでなくアスリートを支える人たちのことも知ると、パラリンピックがより一層楽しめるはずです!

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