ストーリーサッカー

中村憲剛 密着・復活までの10か月

2020-09-25 午後 06:08

8月下旬。39歳のベテランJリーガー、川崎フロンターレ・中村憲剛が選手生命を脅かす大けがから復活した。

10カ月ぶりに戻ってきたピッチは、彼いわくプロ18年目で迎える「スタートライン」。その真意とはいったいなんなのか?

大けが、長いリハビリ、コロナ禍…。困難に立ち向かってきた男の10か月の記録である。

戻ってくるのがゴールじゃない

2020年8月29日。J1第13節、川崎フロンターレ対清水エスパルス。首位を快走する川崎のホーム・等々力陸上競技場にやってきたチームバスから次々と降りてくる選手の中に、ひときわ大きな声援を受ける選手の姿があった。選手生命を脅かすとも言われた状況から、川崎の“バンディエラ(クラブを象徴する生え抜き選手)”が戻ってきたのだ。

「ケンゴー!ケンゴ―!」

 

「10カ月近くですかね。今思えばあっという間ですね。考えれば長かったし、しんどい時期も多少ありましたけど。自分にとって、ここに戻ってくるのがゴールじゃなくて、ここでチームに貢献することがスタートラインだと思っているので。」

 

ミッドフィルダー・中村憲剛、39歳。

大学卒業後に川崎に入団し、チーム一筋18年。無名の存在から日本代表にまで上り詰めたリーグ屈指の司令塔。その中村がこのスタジアムで競技人生初めての大けがを負ったのは、およそ10カ月前の2019年11月2日のことだった。

これからケガする選手の“物差し”になれれば

去年のJ1第30節。チームの上位進出のために負けられない状況で迎えたサンフレッチェ広島戦。接触プレーでピッチにうずくまった背番号14は、自ら腕で「×マーク」を作った。

 

 

「左ひざ前十字じん帯損傷左ひざ外側半月板損傷」。

 

中村の感覚通り、診断は全治7か月の重傷。すでに39歳、引退してもおかしくない年齢だ。手術を受ける3日前。ケガとの長い戦いを前に偽らざる思いをカメラに語っていた。

 

「39歳で前十字じん帯を切るって、あまり聞いたことないですよね。でも、このあと前十字じん帯(損傷)をやる人がこれから未来に出てくるわけだから、自分がどういう復帰の仕方、どういう戻り方するかわからないですけど、『あの年齢でああいう選手いたな』という目安と言うか物差しみたいになれればいいなと。それも自分がこのタイミングでケガをした意味もあるのかな。」

 

 

手術の後、中村の居場所は広い芝生のグラウンドの上ではなく、トレーニング器具に囲まれたジムの中になった。ボールを追いかける仲間たちを窓から眺めながら、コーチと二人三脚のトレーニング。手術で左脚の筋肉が落ちてしまったため、まずは左右の筋力のバランスを整えなければ、体に負担がかかってしまう。その中で痛めたひざ周辺を重点的に鍛えることで、ひざを守る筋肉をつけていく。地道なトレーニングと筋力測定を繰り返し、フィジカルコーチのOKが出るまで全体練習へ合流はできない。全治7か月の長い道のりだ。

2019年シーズン、川崎は目標としていたリーグ3連覇を逃し4位に終わった。2020年、チームも自分もはい上がる。

 

 

「『ここからはい上がってみろよ』って言われている気がするんだよね。スタジアムに戻った時の光景を、もうイメージしている。それがモチベーションのひとつでもあるから。」

 

年が明け1月。ひざに装具をつけながら、ジョギングを再開。

2月には手術後初めてボールを蹴った。「左足はちょっと怖いね」とつぶやきながら、装具をつけた左足を軸足に、トラップ、パスの基本練習。ぴたりと止めるトラップ、ボールの芯をミートするインサイドキックの力強い音が響く。少しずつ、「中村憲剛」らしい姿を取り戻していった。

 

「走っているときはまだ蚊帳の外の感じがありますけど、ボールを蹴ったらチームの中に帰ってきた感じはあります。やっぱり自分はサッカー選手だとつくづく思いますね。」

近くて遠い 遠いピッチ

 

2月22日。2020年シーズンJ1第1節。等々力にサガン鳥栖を迎えた試合、川崎は優勢に試合をすすめながらスコアレスドローで試合を終えた。

手術から3カ月余り。リハビリ途中の中村はピッチの外から開幕戦を見守った。

 

「遠いんだよなぁ。近くて遠いんだよなぁ。なかなかここまでたどり着けない。だけど簡単だと面白くないですからね。39歳にしてやることに意味がある。だから挑戦する。」

 

その3日後。新型コロナウイルス感染拡大のため、Jリーグの中断が決定。

中村にとって「近くて遠い」ものだったJリーグのピッチは、すべての選手・サポーターにとって遠いものになった。

 

「大事なのはしっかりサッカーをする姿を見せること。」

 

緊急事態宣言下でチーム練習がストップした間も、中村は自宅でフィジカルコーチとリモートでひとりトレーニングを続けた。ついにコーチから練習合流のOKサインが出たころ、季節は夏を迎えていた。

 

絶好調のチームで何ができるか

7月。およそ4カ月の中断を経てJ1が再開した。ようやく中村もチームの全体練習に合流。まずは自分の身体にサッカー選手としての動きを再び覚えこませていた。

 

 

「全体練習に入ると、『細々した動きをこんなに繰り返すの?サッカーって?』と思いながらやってますよ。みんなとやるだけで疲れています。」

 

かつて中心選手だったとはいえ、さすがに故障明けでは試合のメンバーに絡むのは難しい。それに加えて、コロナ禍で組まれた過密日程。トップチームは週2回ペースで試合が続くためゲーム形式の練習も少なく、中村はチームの戦術を理解し連携を高める機会を増やせずにいた。今まで経験したことのない18年目のシーズン。それでも中村の言葉に焦りはなかった。

 

「今のチームは、俺が何かをしなければいけないという何年か前の状態ではないし、それをさみしく思う時期ももう過ぎました。3~4年前は、自分が出ていない試合で勝ったりするとクソ!とか思ったけれど、もうそういう時期は過ぎたので。まだシーズン序盤ですから。自分が力になれるところは多分出てきますよ。」

 

このとき中村は、チームに大きな成長を感じていた。ベテランの家長や小林、中堅の大島や谷口といった以前からの中心選手がチームをけん引。そこに若手の三笘、旗手、脇坂らの勢いが加わる。リーグ戦再開後、川崎は怒とうの公式戦11連勝と圧倒的な強さを見せていた。

 

 

好調を支えていたのは、鬼木監督が今シーズンチームに徹底させている、相手ゴールに近い位置から連動する守備だ。

ボールを失うと、最前線の3人のフォワードが相手のディフェンスラインに激しくプレッシャーをかける。連動して中盤の3人、ディフェンスラインの4人も押し上げコンパクトな陣形を維持。前線から相手を囲い込んでいってボールを奪い、素早くサイドに展開。そこからはパス、クロス、ドリブル、様々なパターンから連動してゴールを奪う。

 

爆発的な攻撃力が注目される川崎だが、「今のチームの守備の迫力は、過去にないレベル」と中村が評する守備こそ、その強さの源である。中村は試合のメンバーに入れない日々の中でもそのイメージを体にしみこませていた。

再びピッチへ そのファーストタッチ

再び、8月29日、等々力陸上競技場。

J1第13節・清水エスパルス戦の後半32分。中村憲剛39歳、けがをした左ひざと向き合い続けた10か月を経て、再びピッチへ。

そのファーストタッチでシュートを放ち、中村はスタジアムの空気を変えた。

 

 

さらに、相手ゴールキーパーからディフェンダーへボールが渡ると、前線の三笘と中盤の中村が連動してパスコースを切りに動く。すると相手のパスは中村の足元へ。ダイレクトで蹴り返したボールは大きな弧を描いたループシュートとなって、ゴールへ吸い込まれた。中村憲剛、2020シーズン初ゴール。10か月ぶりにプレーできる喜びの中でも冷静さを失わない、チームの戦術を熟知したうえでのゴールだった。

 

「相手が結構後ろからビルドアップするチームだったのでね。(三笘)薫がそれを見てパスコースを切り始めたので連動して前からの守備でゴールを決められた。フロンターレがここまでやってきていることができたのは嬉しかったですね。」

 

 

試合終了後のロッカールームでは、チームメイトが中村の復帰を祝った。大けがから10か月。中村は共にピッチに戻ってきた左ひざに、「よく頑張った」「ありがとう」と声をかけたと言う。

ここからが、スタート

復帰戦をチーム戦術通りのゴールで飾った中村。しかし、そのポジションが確約されたわけではない。復帰戦のあと、リーグ戦4試合で出番なし(9月20日時点)。39歳のベテランも、まずはチーム内の厳しい競争を勝ち抜かなければならないのだ。

 

 

「競争はもちろんあるけれど、10カ月そこにすら入れなかったので、いまはそこに入れる喜びの方が勝っていますよ。39歳の選手が前十字じん帯切って、J1の公式戦に戻れるかどうか、前例を作ると言う強い気持ちで臨んだ今回のケガに対して、自分の中では復帰した後が大事だと常に設定していました。そういう意味では、今がスタートラインです。」

 

選手生命の危機にも、コロナ禍で世界が揺らぐ中でも、中村憲剛は強い気持ちで10か月を過ごし、ひとつの「前例」を作った。それでもまだスタートライン。シーズンもまだ折り返し地点。J1リーグ戦は12月まで続く。

 

 

サタデースポーツ/サンデースポーツ

 

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