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特集 日本記録保持者が語る!「3000m障害」は危険で過酷...でも面白い!

陸上 2020年6月23日(火) 午後1:08

限界のスピードでゴールを駆け抜け、コンマ1秒のタイムを競うトラック競技。100mや200mの短距離、1500mや5000mの中距離、そして400mリレーなど、様々な種目がありますが、最も過酷と言われているのが「3000m障害」です。トラックに設置された大きなハードルと、池のような水濠を跳び越えながら、トラック7周の3000mを走ります。

 

オリンピックの正式種目でもあるこの種目が過酷と言われるワケと競技の魅力に迫るべく、日本記録保持者でありオリンピックの強化委員も務める岩水嘉孝さんにお話を聞きました。

教会を目指して野山を走る!?

障害の高さは男子91.4cm、女子76.2cm

 

ーー3000m障害とはどんな競技なんですか?

 

岩水嘉孝さん(以下、岩水):競技自体はシンプルで距離が3000mなのでトラックを7周走ります。1周ごとに設置されたハードルのような4つの障害と1台の水濠を跳び越えて走ります。合計すると大障害を28回、大水濠を7回飛び越えなければなりません。

 

ーートラックに水濠があるって不思議な競技ですね。

 

岩水:そうですね。この種目でしか使わないですからね(笑)。日本では「3000m障害」と表記しますが、海外では「3000mSC」と表記されます。これは“Steeple(教会) Chase(追う)”の略で、かつてヨーロッパで教会をゴールとした村から村へのレースがあり、その道中にいろいろな障害物があったことに由来すると言われているんですよ。クロスカントリーみたいなものですね。

ーーハードルや水濠を設置したコースが野山の道を模していると思うと面白いです。

 

岩水:そういった背景があって、特にヨーロッパでは競技人口も多く人気種目なんですよ。走ることに加えて跳躍の要素が加わっていることでエキサイティングになったレースは、やって楽しむ以上に見て楽しめるということが人気を後押ししている要因かもしれませんね。

“倒れないハードル”で転倒のリスク大!

現在の世界大会では障害に乗らず跳び越えることがスタンダード

 

ーーちなみに障害とはハードルのことですよね?

 

岩水:そうなんですが、短距離で使用するものとは違い“倒れないハードル”です。上に乗っても倒れませんが、その代わり足が引っかかってしまうと転倒してしまいます。いかにスピードを落とさずに障害を越えるかが勝敗を分けるポイントなので、常に転倒のリスクがつきまといます。

 

ーーそんなに転倒のリスクが高い競技なんですね。観客もハラハラしますね!

 

岩水:決して転倒を期待してはダメですが、その転倒のリスクのおかげで最後まで勝敗がわかりません。そんな緊張感のあるレース展開が見どころになっている面はありますね。
 

ダイナミックに水濠を跳び越えるのも醍醐味

 

ーーそして気になるのが「水濠」です。どういった障害なんですか?

 

岩水:障害の奥に傾斜のついた濠があり水が張ってあるんですが、僕は“水濠”が一番面白いポイントだと思っています。水濠の前で走る位置取りを間違うと跳び越えるのが難しくなるし、跳んだ後に着地で水に足を取られることもあり得ます。それだけに順位変動がものすごく出る地点なんです。選手もそれが分かっているから、あえてアグレッシブに跳び越えていく選手もいます。

 

ーー3000m障害の勝負ポイントは「水濠」にあるんですね。

 

岩水:そうですね。その分、アクシンデントがとても多いです。一人の転倒が原因で、多くの選手がビチャビチャの水浸しなんてこともありますしね。僕はできるだけ水濠が下手な選手の後ろを走らないようにしていました(笑)。水濠に限りませんが、前を走る選手の転倒など突然起きたアクシデントをとっさの判断で回避することも、この競技に必要な能力です。
 

水濠では転倒が連鎖することもしばしば

 

ーー全速力で跳んでいる時、前の選手が転倒するって怖いですね。

 

岩水:めちゃくちゃ怖いですよ!恐怖心は世界トップクラスの選手を含めて、みんな持っていると思います。過去の失敗で悪いイメージが払拭できないままだったり、レース中に頭をよぎったりすると、もちろん走りに影響が出ます。逆に良い結果により自信につながっているパターンもあるんですけどね。そのメンタル状態の差は大きいですよ。

体には格闘技並みの負担がかかる!

レース後はトラックに倒れる選手も…

 

ーー今さらな質問ですが、当然きついと思うんですがどれくらいきついんですか?

 

岩水:本当にきついです(笑)。障害のない3000m走だとコースがフラットなので、一定のリズムで走れるんですよ。だけど3000m障害は、障害のせいでストップ&ゴーの繰り返しで走らなければなりません。ほかにも跳躍の足上げと着地の衝撃で腰にも負担がかかるんですよね。レースの後半の腰や足はガクガクで、ボクシングでボディーブローをガンガン食らったかのようなダメージの蓄積を感じます。

 

ーー格闘技のダメージが比較例に出るほど、きついんですね。

 

岩水:単純に走力だけを鍛えても勝てません。体全体を強化していかないと、文字通り痛い目にあいます(笑)。本当に過酷な競技だと思いますよ!

日本記録更新に期待大!

ケニアなどアフリカ勢が強さを見せる

 

ーー東京オリンピックの日本選手の展望はいかがですか?

 

岩水:代表選考はまだこれからですが、男子は基礎走力を備えた選手がそろっていて期待できますよ。課題は障害を跳び越える技術で、400mハードルの指導者に見てもらったり、僕がやっていたトレーニングを行ったり、世界で勝つための様々な取り組みをしています。

 

ーー特に注目の選手はいますか?

 

岩水:まずは塩尻和也選手。リオデジャネイロオリンピックにも出場した選手なんですけど、世界を経験しているというのは大きいです。自身が勝つために何が必要なのかわかっていると思います。そして阪口竜平選手。基礎走力も当然あるんですが、彼は僕が持っている日本記録を更新すると、SNSなどメディアで発信しています。明言するだけの自信があるんだと思うし、僕も期待しています!
 

左/富士通に所属する塩尻和也選手。右/SGホールディングスグループに所属する阪口竜平選手。

 

ーー岩水さんの日本記録が塗り替えられる日も近いですか?

 

岩水:僕の記録も20年近く経過していますし、シューズも進化しています。今の選手たちが活躍してくれると東京オリンピックも盛り上がると思うので、記録更新を期待しています!

 

日本のトラック競技といえば、リオデジャネイロオリンピックで大活躍した400mリレーに出場した“リレー侍”に注目が集まりますが、東京オリンピックではニュースターが生まれるかもしれません。「3000m障害」という過酷なトラック競技に挑む選手たちをぜひ応援しましょう!

この記事を書いた人

岩水 嘉孝

岩水 嘉孝

高校、大学、社会人とすべてのステージで日本一に輝き、2003年の世界陸上パリ大会では日本記録を23年ぶりに更新。駅伝では大学3年の時に出雲、全日本、箱根と大学駅伝三冠に貢献。オリンピック2回、世界陸上5回出場。現役を引退後は資生堂ランニングクラブのヘッドコーチを務めるなど、コーチ業で活躍中。

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