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特集 目撃!にっぽん ~炎鵬 おそれず前へ~

相撲 2020年7月7日(火) 午後4:35

大相撲の世界に入ってわずか2年半、19年夏に幕内昇進以降、大柄な力士を次々と破り相撲ファンを沸かせる若手力士・炎鵬。


身長168cm、体重は幕内最軽量の98kgと小柄な体ながら、決して逃げることなく相手にくらいついていく炎鵬の相撲は、見るものを魅了します。


「たとえ小さくても、恐れず前に出れば必ず勝てる」
炎鵬の信条である“前へ”と攻め続ける相撲には、ある人たちの思いが力となっていました。

“前に”出る相撲を教えてくれた親友

 

19年9月、一門の連合稽古で本番さながらの稽古を重ねる炎鵬の姿がありました。稽古相手は同い年のライバル・照強(てるつよし)、磨いていたのは“前に”出る相撲です。

 

大事なのは、スピードと角度とタイミング。一つでも欠ければ押し負けてしまいます。

 

 

激しい稽古が終わると、炎鵬の周りには力士たちが集まります。相撲に懸命な炎鵬は、他の部屋の力士たちからも愛されているようです。

 

 

炎鵬の相撲が培われたのは、生まれ故郷である金沢。炎鵬こと中村友哉(ゆうや)少年が相撲を始めたのは5歳の時。道場に通う兄の影響でした。

 

幼い頃から他の子にくらべてひときわ小さかった友哉少年は、決まって自分より大きな相手を前に、怖がっていつも負けていたといいます。

 

どうすれば大きな相手に勝てるのか。お手本となったのが、同じ道場で4歳年上の北晃(きた あきら)さんでした。

 

炎鵬

「学年の中で小さいというのは僕が見ていても分かる位だったので。でも足取りにいったりとか投げにいったりとかして勝っているのを見ててこういう勝ち方もあるんだな、相撲って面白いなって思って見ていました。この体でも相撲取れると初めて教えてもらった人でしたね」

 

 

晃さんのように、真っ向勝負で大きな相手を倒したい…。

 

以来、稽古のときから恐れず相手にぶつかり、家では母親の由美子さんが撮影した自分の取組を何度も見返し、目指す相撲を追求しはじめた友哉少年。すると、大きな相手にも勝てるようになったといいます。

 

しかし、友哉少年が全国大会に出場するまでに成長した中学生のとき、憧れの存在だった晃さんがバイク事故で亡くなったという信じられない知らせが届きました。そして友哉少年は、悲しみに暮れながらも心に一つの誓いを立てたのです。

 

炎鵬

「晃君の代わりに晃君の力を少しでも借りられたらなあと、2人で一緒じゃないですけど、そういう気持ちでやろうっていう」

「僕の相撲の原点、一番はじめの師匠というか先生だと晃君を見て相撲を始めたからそれが今の自分があると思うので。前にとにかく前に進んでやっていこうと思いました」

 

大学卒業後、角界入りし、自らつけたしこ名は「炎鵬 晃」。晃さんとともに戦う決意をしたのです。

炎鵬から力をももらい前に進む少年

 

多くの人を勇気づける炎鵬の相撲。炎鵬の大ファンという8歳(2019年11月現在)の少年、武藤和寿(むとうかずとし)君も炎鵬に勇気をもらう一人です。

 

2人が出会ったのは18年。3歳の頃から急性の白血病を患い、1年近い入院の後も治療の後遺症と闘う和寿くんを元気づけたいと、母親の美和子さんが連れて行った宮城野部屋のイベントでした。

 

美和子さん

「炎鵬さんのお相撲ってあんなに小さいのに倍くらいある人を倒すとか無理だと思うんですけど、そういう事が平気で出来ていて。私たちも病気っていうすごい大きな敵に立ち向かっていけば勝てるかもなって」

 

和寿君が今一番楽しみにしているのが炎鵬の応援。今ではすっかり仲良くなった2人ですが、一方の炎鵬もまた、和寿君に力をもらいます。

 

それまで好調だった炎鵬の“前に”出る相撲を封じられ、3連敗した19年の秋場所中盤。自信を失いかけていた炎鵬のもとに、和寿君からのビデオメッセージが届きました。

 

和寿君

「僕も注射がんばれたよ。僕はきょう病気の結果は大丈夫だったから 炎鵬さんは残りの日がんばってね ばいばい!

 

和寿君はこの日、病気が再発していないかを見る3ヶ月に一度の定期検診日。これまで採血のたびに泣いてしまうことが多かった和寿君でしたが、 「炎鵬さんががんばっているから泣かない」 と最後まで泣かずに乗り切ったこと、そして再発もしていなかったことを伝えたのでした。

 

そして迎えた秋場所14日目、この日はいつもと違って長い時間考え込む姿がありました。

炎鵬

「自分もカズ君みたいに強い心を持って、どんな苦しいときでも逆境きた時でもしっかり向き合って戦うことが大事だなって」

 

 

やがてはじめたのが“前に” 出る動き。自分の心と向きあうかのように何度も確かめます。

 

この日の対戦相手は三役経験のある実力者・栃煌山(とちおうざん)。差し手争いをする中で心に浮かんだのはある思いでした。

炎鵬

「何でもしてやろうという思いだったけどやっぱり最後に行き着いたのは前に出るっていう所。つらい時こそ前に出る。苦しい時こそ前に出る。自分に打ち勝つことだけ、だけでしたね」

 

勝ち越しまであと1勝としながら連敗で足踏みが続いていた炎鵬。この日ついに勝ち越しを果たします。9勝6敗、おのれの相撲を信じてつかんだ勝ち越しです。

これからも前へ

 

和寿君の思いを力に変え、無事乗り切った秋場所。部屋の千秋楽パーティーでは、お祝いにかけつけた和寿君の姿もありました。

 

 

炎鵬に手づくりの金メダルを用意していた和寿君に対し、炎鵬が用意していたのは勝ち越しの日にもらった懸賞金の袋。「強く、たくましく、育ってください」とメッセージが書かれたとっておきのプレゼントに、和寿君は大喜びです。

炎鵬

「これからたくさん壁とか大きい壁もあると思いますし険しい道ですけど、やっぱり自分を信じて前に突き進むっていう心はこれから先も忘れちゃいけないなっていう風に思いますね」

 

秋場所が終わって以降も秋巡業に奔走し、“前に” 出る相撲に磨きをかける炎鵬。

 

炎鵬

「自分の力を出して向かっていった先に それがたとえ“負け”だとしてもその先には何か必ず得られるものがあると思うんで 。やっぱり逃げるんじゃなくて 真っ向勝負で戦いたいなっていう。そしてあっと驚くようなみんなが驚愕するような勝ち方、相撲を取りたいなという風にいつも思ってます」

 

炎鵬晃、25歳。自分を信じて「おそれず前へ」。人々の思いと共に突き進みます。

この記事を書いた人

韮澤 英嗣 ディレクター

韮澤 英嗣 ディレクター

NHK金沢局放送部ディレクター 平成28年入局
北海道新ひだか町出身。馬に囲まれて育つ。スポーツ界が動き始め、公私ともに充実した日々。

荒川 慶

荒川 慶

NHKスポーツ情報番組部。オフィスブラウ所属。学生時代はサッカー少年。相撲の他に大学ラグビーの企画を多数制作。

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