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南太平洋から"二刀流"で目指す東京五輪

2020-08-18 午後 0:01

2018年、冬のピョンチャンオリンピックの開会式で、世界中の視線をくぎづけにした選手を覚えているでしょうか。南太平洋の島国、トンガのピタ・タウファトフア選手(36)。気温が氷点下の寒さの中、上半身を露出した民族衣装を身にまとい、肌をココナツオイルでテカテカに光らせて行進しました。本来は夏の競技、テコンドーの選手で、2021年に延期された東京オリンピックへの出場も決めていますが、さらにもう1つ、別の競技でも出場を狙っています。飽くなき挑戦を続ける背景には、秘められた熱い思いがありました。

夏 冬 夏と3大会連続の五輪出場

 

ラグビーが盛んなトンガで育ったタウファトフア選手。5歳から格闘技のテコンドーに打ち込んできました。高校生のときにオーストラリアに移住してからも、オリンピックを目標に練習を続けてきました。

 

夢を実現したのは、2016年。リオデジャネイロ大会出場を果たしたのです。1回戦で敗れたものの、世界中の人たちの心を揺さぶるオリンピックの魅力を肌で感じ、挑戦を続けたいという気持ちがわき起こったと言います。

 

 

次の目標に掲げたのは、冬のオリンピック出場でした。雪に触れたことはありませんでしたが、スキーのクロスカントリーを選択。ローラースキーを使って練習を始め、さらにヨーロッパに遠征して実際の雪の上でスキーの感覚を養いました。数え切れない転倒にもめげず、わずか1年半後の冬のピョンチャン大会に出場。15キロのコースを完走し、114位に入りました。

 

 

そして新たな挑戦は、東京オリンピックです。テコンドーの練習を再開し、2020年2月の国際大会で出場権を勝ち取りました。夏、冬、そして再び夏と3大会連続で出場した選手は、オリンピックの歴史を通じても数えるほどしかいません。

タウファトフア選手

3大会連続での出場を決めるのは、簡単なことではありませんでした。けがにも悩まされ、人生で最も厳しい年となりましたが、(東京大会への)出場を決められたので、最も幸せな年にもなりました。

 

指せ“二刀流”五輪!

 

 

しかし、これで終わらないのがタウファトフア選手です。もう1つ、別の競技でも東京大会の出場を目指しているのです。カヌースプリントのカヤックです。2019年3月に練習を始めるまで、競技経験はありませんでした。

タウファトフア選手

常にレベルアップすることが人生だと思っています。自分にとって、挑戦し続けることこそが重要です。人間の潜在力がどれぐらいなのか知りたいのです。

 

 

数ある競技の中からカヤックを選んだ理由には、母国への深い思いがありました。トンガの人たちは、広大な海を舟で行き交う海洋民族だったと言われていて、自分のルーツを象徴する競技で戦いたいと考えたのです。

困難を乗り越える前向きさ

 

挑戦は、困難の連続でした。カヤックの知識や競技経験がある専属コーチがいない中、タウファトフア選手は、インターネットで研究してきました。練習では、バランスがとりやすいレクリエーション用のボートを使って、基本的なこぎ方から始めました。

 

 

艇を力強くこぐのに、上半身の筋力強化は欠かせません。ただ、十分な資金がないため、公園でタイヤを投げるなどしながら、腕の力や体幹を鍛えました。

 

一番手前がタウファトフア選手

 

およそ半年後、タウファトフア選手は、初めての国際大会に出場。しかし、現実は甘くありませんでした。レクリエーション用のボートより細長い、競技用のカヤックを思うように扱うことができなかったのです。スタート地点に艇を止めようとしても、流されて静止することができず、そのままレースが開始。大きく出遅れ、さんざんな結果に終わりました。それでも、タウファトフア選手はめげませんでした。

タウファトフア選手

今までで最も悲惨な出来事でした。でも、同時に最もおかしな出来事でもありました。世界中の多くの人たちが笑い、喜んでくれたと思います。だから気にしません。デビューは思いどおりに行きませんでしたが、それよりも次をどうするかです。

 

 

どこまでも前向きなタウファトフア選手。自宅でも特訓しようと、ベッドの枠やテコンドーの古い帯などを使って、自分でカヤック用の練習器械を作りました。水上に近い状態を再現しようと、座席が揺れやすくなるように工夫しました。

タウファトフア選手

資金を支援してもらえるほど、裕福な国の出身ではありません。だから自分で道を切り開くしかないのです。東京大会に出場したいなら、無いものを嘆くわけにはいきません。創意工夫が求められるのです。

 

 

こうした努力の結果、この1年間でタイムを10秒以上縮められたと言います。体の軸がぶれなくなり、力を効率よく使えるようになったためです。あと数秒縮められれば、オリンピック出場が現実味を帯びてきます。東京大会が新型コロナウイルスの影響で1年間延期されたことも、チャンスだととらえています。

タウファトフア選手

カヤックの初心者だった人にとって、もう1年あるのは、願ってもいないことです。筋力もバランス力も、もっとつけることができます。自己新記録を出すためには、さらにバランスを高める必要がありますが、あともう少しのところです。

子どもたちへのメッセージ

36歳と、アスリートとしては決して若くないタウファトフア選手。難しい挑戦を続けるのはなぜなのか。理由を尋ねたところ、「誰しも困難にぶつかります。でもそれは乗り越えられると、身をもって示したいのです」と明かしてくれました。

 

 

実は、タウファトフア選手は、10年ほど前から、貧困や虐待に苦しむ子どもたちを支援してきました。おととしからはユニセフ=国連児童基金の親善大使も務めています。こうした経験から、目標を持って努力し続けることの大切さを子どもたちに伝えたいと願っているのです。

 

 

そんなタウファトフア選手に、モットーを教えてもらいました。一見、「Impossible(インポシブル)=不可能」と書いてあるように見えますが、実は「IMpossible(アイ エム ポシブル)=私にはできる」とも読めると言います。

タウファトフア選手

正反対の意味になりますが、『不可能と思えることでも、自分を信じれば成し遂げられる』ということです。物事をどう見るかなんです。何かを悲観的に見ることもできますが、私は前向きに捉えることにしています。

 

コロナ禍だからこそ東京大会を!

 

新型コロナウイルスの影響が世界中で続く中、2021年になっても東京オリンピックを開催できるのか、懸念されています。それでもタウファトフア選手は、多くの人が不安を抱えている今だからこそ、大会を開いてほしいと言います。

タウファトフア選手

不確実な要素がいろいろあるからこそ、最高の大会になるはずです。今こそ、前向きなメッセージを発信するときです。日本は、太平洋のほんの反対側です。カヤックで渡ってでも東京オリンピックに出場したいです。

 

みずからの限界を打ち破り、世界に勇気と希望を送りたい。熱い思いを胸に、“二刀流”での東京オリンピック出場を目指し続けるタウファトフア選手の前向きで力強い姿が、来年、東京で見られることを願っています。

この記事を書いた人

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小宮 理沙 記者

平成15年NHK入局

金沢局、国際部などを経て、平成29年にシドニーに赴任。オーストラリアを中心にオセアニア地域の取材を担当。

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