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熱すぎる?あの「オリンピックおじさん」は92歳! スポーツ平成史・五輪 第5回

2019-03-01 午後 07:36

1964年の東京オリンピック以来、半世紀にわたって会場から応援し続け、「オリンピックおじさん」の愛称で親しまれてきた山田直稔さんが2019年3月9日、心不全のため亡くなりました。92歳でした。
サンデースポーツ2020では、その年の2月に「平成のオリンピック」をテーマに放送した際、山田さんにインタビューをしました。
山田さんのご冥福を謹んでお祈りするとともにその際の特集記事を掲載します。

 

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まもなく幕を閉じる、「平成」という時代。サンデースポーツ2020では、2月から4週にわたってスポーツの平成史を振り返ります。
2月10日放送回のテーマは「オリンピック」。平成の30年でスポーツはどう進化をし、そして次の時代、どこへ向かってゆくのか。有森裕子さんと荻原健司さんという二人のメダリストと見ていきます。

最終回は、畠山愛理リポーターが御年92歳の「オリンピックおじさん」に平成のオリンピックの思い出、そして2020へのアツ~い思いをインタビュー。そして、オリンピックを見つめる「ファン」、そして「メディア」の姿勢について考えます。

応援歴は半世紀以上!

オリンピックの会場で、大きな帽子をかぶり、日の丸をあしらった扇子で応援する男性。多くの人が一度は見たことがあるのではないでしょうか。どの大会でも、スタンドに目を移せばその姿があることから、いつしか「オリンピックおじさん」と呼ばれるようになりました。

はたしてその素顔はどんな人なのか。自身もオリンピックに出場した畠山リポーターが訪ねてみると、「オリンピックおじさん」は初っ端からエンジン全開で迎えてくれました。


畠山リポーター 
こんにちは。はじめまして、畠山愛理と申します。本日はよろしくお願いいたします。

 

「オリンピックおじさん」 こんにちは!んっ!?何だい、こんなにきれいな人が来るの!?あはははは!!

 

 

「オリンピックおじさん」こと、山田直稔(やまだ・なおとし)さん。年齢はなんと92歳。製造業やホテル経営などを手がける実業家です。昭和39年の東京オリンピックから半世紀以上にわたり、オリンピックの会場に出向き日本選手を応援してきました。しかし応援のためとはいえ、オリンピックのあるところ世界各地に駆けつけるのは想像するだけでも大変なこと。周囲の人はどう思っているのか聞いてみると。

 

 

畠山 ご家族の方々は、山田さんがオリンピックに毎回行く事、どう思ってらっしゃるんですか。

 

山田さん もうね、好き放題だよ、私の好き放題!まあ金もかかるけどね。ははは!

オリンピックおじさん的・平成五輪名シーン

ここで本題。数々の名場面をオリンピックの現場で見てきた「オリンピックおじさん」が、平成の大会で一番印象に残ったシーンは?

答えは平成4年のバルセロナ大会の「あの」場面でした。

山田さん 岩崎の恭子ちゃん、神がかりだよ!(注:バルセロナ大会 競泳女子200メートル平泳ぎで、岩崎恭子選手が史上最年少の14歳で金メダルを獲得した。)

 

 

山田さん ご先祖の力なんかが全部恭子ちゃんに、「憑いた」んじゃゃないかなというような、そんな雰囲気、すごい空気だったよ、俺その時見たんだもん!

笑顔の交流 オリンピック

取材中、畠山リポーターが気になったのは、山田さんが来ているジャンパーの胸にあるマーク。そこに書かれていたのは「笑顔の交流 オリンピック」という言葉でした。そのマークの意味を聞いてみると、そこには山田さんがオリンピックの応援に生き続ける理由が込められていました。

 

 

山田さん 外国行ったら何も言葉は通じないからさ。もう、笑顔の触れ合いなんですよ。好いた惚れたとか金もうけとか、オリンピックに行ってると、そんなことこれっぽっちも思わなくなる。あまりにも次元が違うんだな、違いすぎる。


畠山 
来年、東京の会場にも足を運びますか。

 

 

山田さん 俺がいなかったらさ、「あのオリンピックおじさん、とうとう年だからやっぱりあの世に行っちゃったかな」と思われちゃうでしょ。それまで元気でいて、やっぱりこの扇子を振りながらさ、応援してやっていかないとね、話にならないんだな。


「オリンピックおじさん」こと山田直稔さん92歳。その情熱がほとばしったインタビューでした。

その言葉を聞いていた有森裕子さんは、自身もオリンピック会場で応援された経験を思い出しこう語りました。

 

 

有森裕子さん 山田さんにとっては、私たち全員お友達みたいな感じなんですよね。自分が応援した「仲間」みたいに思ってくれてる。平成が終わるとき、最後に山田さんに「金メダル」をあげたいくらいですね。

メディア、視聴者にとっての五輪

山田さんのような熱狂的なファンからの「応援」が、オリンピックに臨むアスリートたちの力になることは言うまでもないこと。その反面、もうひとつ今回の番組で考えたいテーマがありました。

それは応援が高まることで選手たちに降りかかる「重圧」、そしてそれをもたらす、過熱化した「オリンピック報道」の姿勢について。今や、オリンピックとメディアは切っても切れない関係にあります。大会ごとにメディアが支払う放映権は高騰。それに伴うように報道は過熱化し、時に協議に臨むアスリートたちの姿を「感動するストーリー」に仕立て上げているのではないか、と批判を受けることもあります。その「重圧」の中でメダリストとなり、その後もスポーツに関わり続けている荻原さん、有森さんはどう感じているのでしょうか。

 

 

大越 これは我々マスコミの自戒も含めてなんですけど、選手のみなさんはまさに人生をかけるように競技に臨んでいるなかで、そこに感動を求めたがるところがあるかもしれません。見ている人たちにも「感動・・・出たよ・・・」と辟易するという人はいるでしょうし、オリンピックのアスリートたちにそういう同調圧力を強いてしまっている。そんな事をふと感じたりしました。荻原さんはいかがですか。

 

荻原 まあ特に日本はね、オリンピック報道が非常に過熱化してますし、「これでいいのか」って議論も起こります。確かに私も経験として、いろんな取材を受けましたし「少しそっとしておいてもらえたらありがたいな」と思った事は、もうホントに山ほどあります。でも、これが日本のスポーツ報道でありオリンピック報道だとしたら、もう仕方ないと思って受け入れなきゃいけないのは、やっぱり選手の側だと思うんですよね。

 

大越 やっぱり選手に対してのプレッシャーはどうしたってあると。有森さんは今の荻原さんの意見、どんな風に思いますか。

 

有森 私は、プレッシャーって人にかけられるもんじゃないと思うんですね。周りの人は当たり前に「頑張って」って言いますよ。でも、その言葉を言われた時に「嫌だな」とか「負担だな」と感じるのは、どこか自分の中で不安がある、何かが整っていないということ。プレッシャーは自分が自分にかけるもので、周りの人がどうこうではなくて自分の気持ちなんです。そこをきちんと見つめて整えておくことが大事。それができれば、周りからどういう評価を受けようが何を言われようが受け入れられる。私はそう思いますけどね。

「オリンピック」とは何か

番組の最後、有森さんと荻原さんそれぞれに、自分にとってのオリンピックとは何であるか、尋ねました。

 

 

荻原 近代オリンピックの提唱者のピエール・ド・クーベルタン男爵は、オリンピックを見ることで何かを感じてもらいたいと伝えたかったそうです。例えばオリンピックをその目で見た人が、自分の生き方に生かすとか自分の哲学に変えていってもらいたいと。それはオリンピックの側、選手の側からするとすごく大事なんです。僕にとっては「見た人に何かを感じてもらえるもの」。それがオリンピックだと思います。

 

大越 有森さんはどうでしょうか。

 

 

有森 私にとってオリンピックは、「自分がこれから社会で生きていくための手段」でした。

 

大越 それは、オリンピックを通してずっと「プロ」を意識した時から変わらない。

 

有森 はい、変わりません。

 

大越 今日はとても楽しかったですね。どうもありがとうございました。


選手からアスリートへの心理の変化、スポーツと科学の融合による競技力の向上。オリンピックによって昭和の時代に想像もつかなかったようなことが、平成の時代に現実になってきました。これからアスリートたちをどんな未来が待ち受けているのか。

平成のその先にあるもの、それは2020年東京大会です。

(終)

 



 

 

 

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