ストーリーサッカー

サッカー選手が語る平成、そしてカズ  スポーツ平成史・サッカー 特別編

2019-04-04 午後 03:03

サンデースポーツ2020で2月17日に放送した、スポーツ平成史「サッカー」。日本サッカーのレジェンド、キングカズこと三浦知良選手をゲストに、平成のサッカー界を振り返りました。番組では、現役日本代表や元代表選手たちから、カズさん、そして平成に関するアンケートを実施。この記事では放送ではお伝えしきれなかった選手たちからの言葉を紹介します。

香川真司選手(日本代表MF ベシクタシュ)

Q)平成で、あなたのNo.1サッカー選手は誰ですか?

メッシです。理由は試合を見ればわかりますよね。見ている人を魅了する圧倒的な技術と結果。僕がサッカーをする上でも、見る上でも彼がナンバーワンです。

 

 

Q)平成で、最も印象に残っている試合はなんですか?

いっぱいありすぎますね。ただ僕にとってはワールドカップ・ロシア大会のコロンビア戦かな。過去のワールドカップから4年という期間を含めても色々な想いのある試合でした。自分の先制点もありましたが、チームとして勝利できた部分も印象深い試合でした。

Q)平成で、最も印象に残っているサッカー界の出来事はなんですか?

ワールドカップ・フランス大会での日本の初出場です。当時は小学4年生で家で見てました。僕にとっても大きなインパクトはありましたが、サッカー界にとっても最も大切な出来事だったと思います。

Q)新たな時代、あなたの夢はなんですか?

Jリーグ、日本代表に貢献して 世界のリーグとの差を埋めていけるような貢献をしていきたいです。日本のサッカーが盛り上げる事が少しでもできればうれしいですし、それが僕たちの役目だと思います。まだまだやるべき事、やれる事がありますね。

Q)三浦知良選手から受けた影響を教えてください。

堂安律選手(日本代表MF フローニンゲン)

Q)平成で、あなたのNo.1サッカー選手は誰ですか?

メッシです。僕がサッカーしている中で一番のアイドル。理由は簡単で毎試合彼を見に来る人がたくさんいるから。「あの選手が見たい」と言ってスタジアムにどれだけお客さんを集められるかが、アスリートの仕事のひとつだと思います。逆に彼がこれまで何人のお客さんを集めたのか聞いてみたいぐらいです。

Q)平成で、最も印象に残っている試合はなんですか?

最近の試合ですが、2年前の欧州チャンピオンズリーグのバルセロナ対パリ・サンジェルマンです。ファーストレグで4点差があった中、セカンドレグでバルセロナが6-1で勝って逆転した試合。僕の中であんなに鳥肌がたって試合を見たのは初めてでした。選手たちのあの諦めない姿、スーパースターのネイマール、メッシが点を取った後のサポーターの煽り方など、勝利への執念を感じました。そして何よりスポーツの素晴らしさを改めて感じさせられました。

 

Q)平成で、最も印象に残っているサッカー界の出来事はなんですか?

東日本大震災の時です。海外選手は試合後チームメイトとメッセージを送ったり、そのシーズンJリーグでベガルタ仙台が躍動したり、誰かのために、誰かを助けるために走る姿はかっこいいなと思いました。そしてサッカー界だけじゃなく、日本人だけじゃなく、世界中のたくさんの人が日本のために走って働いていたと思います。もちろんサッカー界は復興に向けて、人々に勇気を与え続けていたと思います。この質問を見た瞬間、これしか浮かびませんでした。

Q)新たな時代、あなたの夢はなんですか?

僕の究極の夢は誰にも負けない事。メッシにも誰にも。平成の中で培ったものを全て力に変えて、その夢に向かっていきたい。そして日本サッカー界と今まで見たことのない新しい景色を見たい。

Q)三浦知良選手から受けた影響を教えてください。

 

僕がカズさんから衝撃を受けたのは、東日本大震災の後のチャリティーマッチでゴールを決めた時です。もちろんそれまでもカズさんのゴールを見てきたけど、あの試合でのゴールを見た時に「これがスターか」と思いました。あの試合は、全国民がカズさんのゴールを望んでいた。その中で当たり前のように決めちゃう。自分もこうなりたいと思いました。

中村憲剛選手(元日本代表MF 川崎フロンターレ)

Q)平成で、あなたのNo.1サッカー選手は誰ですか?

カズさん。日本サッカーを牽引してきたパイオニアだと思います。13歳の頃から背中を見続けてきました。日本サッカーの人気向上の功労者であり第一人者だと思います。

 

Q)平成で、最も印象に残っている試合はなんですか?

ジョホールバールでの日本vsイラン。日本が初めてW杯への扉を開いた試合だからです。

Q)平成で、最も印象に残っているサッカー界の出来事はなんですか?

Jリーグの誕生。ここから加速的に日本サッカーのレベルと国民の皆さんのサッカーへの関心が高まったと思います。

 

Q)新たな時代、あなたの夢はなんですか?

日本が世界のベスト16以上に行けるように、携わって行きたいと思います。

Q)三浦知良選手から受けた影響を教えてください。

影響しか受けていません。今までもこれからもカズさんはずっと僕のアイドルです。

大久保嘉人選手(元日本代表FW ジュビロ磐田)

Q)平成で、あなたのNo.1サッカー選手は誰ですか?

自分にとっては、ロマーリオ(元ブラジル代表)です。

Q)平成で、最も印象に残っている試合はなんですか?

ドーハの悲劇です。小学生の時、家族で見ていました。その時のことは今でも忘れられないです。

 

Q)新たな時代、あなたの夢はなんですか?

ワールドカップで日本が優勝するところが見たいです。

Q)三浦知良選手から受けた影響を教えてください。

小さいときから子どもたちの憧れで、みんなカズさんみたいになりたいと思いながらプロを目指していました。カズさんがいなければ、自分もプロになりたいという気持ちにならなかったかもしれません。

楢﨑正剛さん(元日本代表GK)

Q)平成で、あなたのNo.1サッカー選手は誰ですか?

三浦知良選手。平成の30年間、そのすべてで第一線で活躍しているからです。

Q)平成で、最も印象に残っている試合はなんですか?

平成11年の元日、天皇杯決勝の横浜フリューゲルス対清水エスパルス。自分も出場していましたが、消滅したフリューゲルスの最後の試合でした。

 

Q)平成で、最も印象に残っているサッカー界の出来事はなんですか?

Jリーグ開幕です。日本にもいよいよプロのリーグができるんだと興奮しました。

Q)新たな時代、あなたの夢はなんですか?

日本代表がゴールキーパーの活躍でワールドカップを優勝すること。

Q)三浦知良選手から受けた影響を教えてください。

練習や試合に臨む姿、普段の生活、選手側の意見を積極的に主張することなど、プロサッカー選手としての姿勢を学ばせてもらいました。また、毎年グアムでの自主トレの様子を近くで見ることができて刺激になりました。

川淵三郎さん(元・日本サッカー協会会長)

Q)平成で、あなたのNo.1サッカー選手は誰ですか?

 

中田英寿選手。1998年のフランス大会の日本代表の原動力となった選手。またペルージャに移籍した1998/99シーズンの開幕戦で、ジダン選手を擁するユヴェントスから2ゴールを奪う鮮烈なデビューを果たし、世界を驚かせた。当時、世界トップの存在だったセリエAで得点したことで日本サッカーの存在を世界中に知らしめてくれた。

Q)平成で、最も印象に残っている試合はなんですか。

FIFAワールドカップフランス‘98アジア地区第3代表決定戦 日本対イラン(ジョホールバルの歓喜)。1996年5月に2002年のワールドカップを韓国と共催することが決まった。それまでワールドカップに出場していない国がワールドカップを開催したことはなく、その汚名を着せられないためにも、98年のフランス大会出場を逃すことはできなかった。ところが最終予選3戦目の韓国戦でまさかの逆転負けを喫し、その後のカザフスタン戦はアディショナルタイムに同点に追いつかれて日本は崖っぷちに立たされた。そして加茂監督が更迭され、岡田が監督に昇格した(加茂はこれについて一切恨みがましいことは言わなかった。プロの監督としての矜持を見た思いだった)。

一方この頃、Jリーグ人気が陰りを見せ、Jクラブの危機や出資会社の撤退話などJリーグも逆境に立たされていた。カザフスタン戦からウズベキスタン戦の1週間は最悪な心境で、ホテルの広い部屋にぽつんと一人でいると孤独感がつのり、「人はこんな時に屋上から飛び降りる心境になるのだろうか」とすら思った。

ジョホールバルで行われたイランとのプレーオフの前に胆のう摘出術を受けたため、その試合は自宅で見ていた。なかなかチャンスをものにできない岡野にイライラし、テレビに向かって何度も怒鳴りながら見ていたが、Vゴールを決めたときは女房と娘と三人で抱き合って喜んだ。後にも先にも家族が抱き合って喜ぶなんて、あのとき以外にない。

紆余曲折を経て、日本は悲願のワールドカップへの切符を手にした。日本サッカーにとってFIFAワールドカップは、「手に届かない夢の大会」から、「目標とする大会」になった。

 

Q)平成で、最も印象に残っているサッカー界の出来事はなんですか。

FIFAワールドカップアメリカ‘94アジア最終予選 (ドーハの悲劇)。この試合はオリンピック至上主義だった日本に、ワールドカップがオリンピックに勝る世界最大のスポーツイベントだという国際的な常識を定着させるとともに、ワールドカップ出場を国民的希望に変えた。
今だから言えるが、ここで引き分けてワールドカップ初出場を逃したことは良かったと思っている。もしも勝っていたらワールドカップが簡単に行ける大会だと認識されていただろうし、感動も少なかったと思う。数秒で日本国民が天国から地獄を味わった試合で、あれ程のショックはそれまで味わったことがなく、日本人全体に与えたショックも大きかった。何にしても良い結果が良い影響を及ぼすとは限らない。悲劇も時に良い影響を与えることがあるという意味で、日本サッカーにとってレガシーとなった試合と言える。
「サッカーには野球の逆転サヨナラ本塁打のような劇的な要素がない」という、サッカーに対するネガティブな暴論を封じることもできた。

Q)新たな時代、あなたの夢はなんですか。

2050年までに日本単独でワールドカップを開催し、その大会で優勝すること。

Q)三浦知良選手について。

 

52歳となる今シーズンも現役を続ける率先垂範の人。サッカーに懸ける情熱、ひたむきに打ち込んでいることに尊敬の念を禁じ得ない。

開幕初年度、Jリーグが爆発的な人気を博したのはカズ選手の存在があったから。ラモス選手とともに日本サッカーに“プロフェッショナリズム”を吹き込んでくれた選手でもある。サー・スタンリー・マシューズ(注)を超える選手として、世界のスポーツ史に名を残してほしい。

注:元イングランド代表のフォワード。徹底した体調管理で17歳から50歳までプレーした。

 


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