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特集 野々村芳和チェアマン&山本浩さん ~もっとJリーグ30周年~ 

サッカー 2023年5月15日(月) 午後5:00

1993年5月15日に第1歩を踏み出したJリーグは記念すべき30周年を迎えました。30年前のあの開幕戦、東日本大震災のあと再開した試合、Jリーグにとってのサポーターの存在、そしてJリーグのこれからを野々村芳和チェアマンと元NHKアナウンサーで30年前の開幕戦の実況を担当した山本浩さんに聞きました。(5/14放送 「どーも、NHK」から)

第6代チェアマン 野々村芳和さん

 

 

―― 野々村さんは、選手、クラブの社長、チェアマンとそれぞれのお立場でこの30年Jリーグを見られてきたわけですが。

 

 

野々村さん)

僕は特にど真ん中にずっといたような感じなんですよね。いろんな立場でいろんな思いを経験させてもらえたし、それぞれの立場で見える景色も全然違って、サッカーを通じていろいろなこと学ばせてもらったなっていう思いが強いです。特にゼロから1を作ってくれた方々、川淵三郎さん(初代チェアマン)をはじめ、そういう方々への感謝と、あとリーグだけじゃなくて、それぞれの地域でクラブを作ってくれた人たちがいるじゃないですか。その方々のおかげで我々はいまがあるんだなっていうことを改めて感じる30年ですね。

 

1993年5月15日 あの日の思い出

 

―― 山本さんといえば、開幕戦の実況ですね。

山本浩さん開幕戦の名実況

声は大地からわき上がっています

新しい時代の到来を求める声です

すべての人を魅了する夢、Jリーグ

夢を紡ぐ男たちはそろいました

今そこに開幕の足音が聞こえます

 

 

山本さん)

恥ずかしい放送をしているんですよ。情けない放送というのかですね。それまでのサッカーというのは、もっとゆっくり時間がかかるものだったんですよね、黄色い芝生の上で。緑じゃないんですよ、黄色い芝生ですよ、枯れた。そのうえでボールが転がる、そのボールも、こんなにすごいシュートじゃないんですよ。

 

第1号のゴールはペナルティーエリアの外(赤丸の位置)から

それがゴールに向かってあの距離(先制ゴールを決めたマイヤー選手の25mほどの距離のミドルシュート)から飛ぶでしょう、まさかっていう感じですよね。ついていけてないですよね。

 

 

ですからマイヤーのゴールのとき、本当はですね、これがJリーグの記念すべき1号ゴールですと言わなきゃいけないのに、言いそびれているんですよね。途中で実況しながら、ああ、あれ言いそびれちゃった、どうしよう、このあと先輩からきっと言われるに違いないなんて思いながら、反省しながらの放送なんです。

 

 

―― 野々村さんはそのとき大学3年生ですよね

 

野々村さん)

大学3年生でした。あの当時のサッカーをやっていた少年の僕らからすると、もう一気に空気が変わって、急に新しい夢をもらえたような感覚になりました。僕自身もそうだし、まわりも全員そうだったと思います。だから僕らにとってはすごくありがたかったですね。

サポーターのエピソード募集

NHKでは「Jリーグと私 30年の物語」と題して、 全国各地で生まれたJリーグを巡る様々なエピソードを募集しています。

 

NHK特設ホームページより リンクはこちら

 

はじめてスタジアムを訪れたときの思い出や、試合や選手から夢や希望をもらった体験、ホームタウンへの想いなど、忘れられないエピソードを発掘し、 サッカーと人々との間に生まれた無数の物語を伝えるシリーズ番組として放送しています。

 

 

―― 「Jリーグと私」サポーターの皆さんのどのエピソードもほんとに胸に迫るものがあります。

 

野々村さん)

一番僕ら、サッカーまわりで仕事していてうれしいのは、やっぱりサッカーを通じて何かが変えられたとか、楽しめたもそうだし、勇気をもらったもそうだしそういう体験をした人が増えれば増えるほど、やっぱうれしいんですよね。それぞれの楽しみ方っていっぱいあると思うんです。

 

Jリーグと私にはそれぞれの思いが(過去の放送)

こういった取り組みをしてくれると、実際にどういうふうに関わって何が自分にとってサッカーはよかったのかみたいなことが僕らにも見えてくるので、この先どうしていかなきゃいけないかっていうヒントにもなるのかなとは思って見ていました。

 

山本さん)

昔、サッカーの好きな人っていうのは大体何を着ているかっていうとですね、マンチェスターユナイテッドとか、バルセロナとか、ACミランとか、そういう(ユニフォームやシャツ)を着ていたんですよね。

 

家族でアルビレックス新潟のユニフォーム

それが今は、自分たちの近くの、自分のシンパシーを感じるクラブのユニフォームを着ますよね。ですから、この辺も30年の中で、ずいぶんサッカーに親近感を感じる人たちの行動が変わったなと思うんですよね。

 

野々村さん)

楽しみ方がわかってきた人が多いかなと思うんですよ。サッカーを観ることが楽しいっていうよりは、自分の地域にあるそれこそシンパシーを感じるチームをサポート、支えることで、そのクラブを勝たせる。それを楽しめる人たちが増えたんだと思いますね。

 

 

―― サッカーは応援している人たちをサポーターと呼びますものね

 

野々村さん)

僕の中ではもう、あのやっぱりサッカーっていうのはひとつの作品だとよく言っているんですけど、作品を作ってくれる要素の中にサポーターがいるんですよ。熱量のあるスタジアムでのゲームを作ってくれるのは、まあ、やっぱりサポーターと言われるような人たちであって。

 

2013年5月14日 国立競技場で行われた記念マッチ

自分たちクラブはどういう作品を作るんだっていうときに、やっぱりサポーターも一緒に、地域の人も一緒にこの作品を作るんだっていう感覚が30年経って、だんだんだんだんそれがJクラブも醸成してきたという感じですね。

 

Jリーグは30年で拡大 全国60チームに

 

発足したときは10チームでスタートしたJリーグは地域に根差したスポーツクラブという理念のもと、いまやJ1からJ3まで全国60チームに拡大しました。多くのクラブが地域とのつながりを大切に、地域の一員として成長を続けています。

 

 

―― クラブチームの側も地域とのつながりをこれだけ大切にしていると、これはどういう思いからなんですか

 

野々村さん)

思いというか、もうJクラブが存在している理由が、やっぱりいかに地域のためになれるかっていうことだと思うので、まあ地域課題もいろいろありますよね。

 

J3ヴァンラーレ八戸が行っている地域活動

 

そこを解決、一緒に解決しながら、かつ、そこで集まった仲間の力を借りて、よりいいクラブにして、いいチームを作っていって勝っていくというようなことを体現するのがJリーグだと思うので、役割みたいなものですよね。

 

 

―― まさに地域あってのJリーグっていう最初のころから理念を持っていますよね

 

野々村さん)

最初からその理念で始めていますもんね。

 

山本さん)

そうですね、始まったときにプロ野球と違う形を取りたいというね、非常に強い気持ちがありました。野球はですね、言ってみれば子どもたちの憧れの存在ですよね。王選手にしても長嶋選手にしてもですね、その後のいろんな選手の憧れだったんですけど、サッカーの場合にはそうではなくて、かけがえのない存在になるべきだと、こういう形だったんだろうと思うんですね。

 

J3奈良クラブのサポーターと選手たち

例えば、自分の孫が、わたし孫がいるような年代なんですけど、孫が幼稚園で運動会に出るとですね、応援に行くわけですよね。とてつもなくすごいプレーをするわけでもなく、一世一代の大勝負でもないのに孫だと見に行くんですよ。それは孫がかけがえのない存在だからなんですよね。地域の中には、かけがえのない存在ってたくさんいるんですよ。そして中でも、日本一を争うようなクラブっていうのは、かけがえがない上に強いぞというですね。自分を勇気づけてくれるんですね。ですから、Jリーグのクラブが60になったのも、自分の近くのもっとかけがえのない存在に、ひとつのチームになってもらいたいという思いが各地で起こってきた、それが60なんだろうと思うんですね。

 

2011年東日本大震災からの再開ゲーム

Jリーグはまさに地域の喜怒哀楽と共に30年を歩んできました。NHKはその日々を記録して放送してきましたが、その中でサポーターの感情が溢れた試合がありました。2011年、東日本大震災で中断したリーグ戦は1か月半後に再開、そして行われた川崎フロンターレとベガルタ仙台の一戦です。

 

2011年4月23日 7週間ぶりに再開したJリーグ

 

この中継で、NHKはサポーターの思いを放送で届けるため、通常のカメラに加えて両チームのサポーターの表情を撮影するカメラを設置しました。

 

 

ベガルタが2対1で逆転勝ちしたこの試合をベガルタサポーターは「復興への希望をもらった」と語り継いでいます。

 

その象徴的な映像があります。

 

 

勝利の瞬間、ベガルタの手倉森監督を移したカメラの映像です。普段であれば監督のアップを撮りますが、このとき中継ではその背景に数え切れないサポーターの姿が映し出されました。当時の担当ディレクターはこう語ります。

 

森中隆介プロデューサー

撮っていたカメラマンも、手倉森監督の向こう側にベガルタのサポーターが見えて、監督越しにサポーターが喜ぶ様子っていうのが一枚の映像で見えるっていうのを気づいたんだと思います。手倉森監督がサポーターたちの思いを背負っているような、そういう映像になっていたのかなという風にその時感じました。

 

野々村さん)

僕がクラブもやっていて一番うれしいのは、やっぱサポーターが本気で喜んでくれたときが一番うれしいんですよね。もちろんピッチ上の選手のパフォーマンスと、サポーターが作ってくれるあの空気がシンクロしたときに、いやあこれ、ちょっと、クラブとしていい仕事できたなって思うんですよね。で、涙出るような瞬間ってあるんです、うれしくて。

 

 

それは勝った時っていうよりも、サポーターの人が本気で喜んでくれているようなものを見たときにやっぱりちょっと涙が出るっていうような感覚になるので。特にこの試合は本当に特別なことが起きた、再開の1試合目ですよね。今見ても、なんかぐっとくるものありますよね。

 

 

山本さん)

サッカーっていいますのはね、社会で起こっていることが全部体現されているんです。挫折だとか、その挫折からもう一度復活するためのエネルギーだとかですね。そういうものおそらくサポーターの方々はこの画面を通じてわれわれに訴えかけてきていると思うんですよね。それをまた見た方が、しっかり飲んで吸収して消化して、自分が次になったときには、こうするぞみたいなヒントもらったりもしているんじゃないかなと思います。

 

Jリーグのこれから 30年は節目?通過点?

 

―― 30年というのは、節目でもあり通過点ですか?

 

 

野々村さん)

もちろん、通過点だとは思います。ここまでの30年で、本当に感謝を持ちながらゼロから始まったものがようやく安定したと思うんですよね。国内だけの戦いではJリーグ、サッカーの場合はないので、世界とどう戦っていくかっていう課題もあったりするわけなんですよね。ただベースにあるのは、何回もいいますけど、サッカーだけいいものになってもしょうがないと思うんですよ。サッカーをよくするためにも、スタジアムの雰囲気、そこに集まってくれるサポーター、まわりの仲間をどれだけ増やしていけるかっていうことをトップのクラブだけではなくて、生まれたばかりの60番目のクラブであっても、二倍三倍にどう成長していくことができるか。そのサポートをJリーグとしてはしっかりやっていかなきゃいけないなと思っています。

 

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