特集 巨人 松田宣浩選手 「宮崎のかあちゃん」に見せる熱男の素顔

母の日シリーズ。今回はプロ野球、ソフトバンクから巨人に移籍した松田宣浩選手を支えるキャンプ地・宮崎の、ある女将の話。松田選手が「宮崎のかあちゃん」と慕う女性です。
「ああみえて、すごい人見知りなんです」
宮崎市で人気のうどん店を切り盛りする猪野由美さん(59)は松田宣浩を、そう評する。
松田選手が慕う「宮崎のかあちゃん」猪野由美さん
“熱男”。松田の愛称であり、ホームランを打ったあとのおなじみの決めゼリフでもある。ベンチで誰より声を出して、仲間を鼓舞する元気印。愛称通りの「熱い男」が多くの人が抱く松田のイメージだろう。
「熱男」ポーズを見せる松田選手(2023年1月24日)
由美さんが松田と出会って15年。私たちの知らない熱男の素顔を少しだけ教えてくれた。
釜揚げうどん
由美さんが夫の龍治さんと営むうどん店はコアなプロ野球ファンには知られた店だ。名物は羽釜でゆでた細めの麺をゆずの風味がきいただし汁に浸してすする釜揚げうどん。繁華街の真ん中にあるので、2月のキャンプの時期になると店は締めの1杯を求めるファンでごった返す。
松田は入団3年目のその時期、宮崎出身のチームメートに連れられて初めてこの店のうどんを食べた。
松田選手
本当においしかったんですよね。
当時の由美さんは野球にはほとんど興味なし。地元出身の選手がいたのでサインをお願いしたら体が大きな別の1人もペンをとった。
由美さん
彼が選手かどうかもわかってなかったんです。サインを書き始めたので『あ、この人も野球選手なんだ』と思って。
初めての来店日に店の前で記念撮影
松田にとってはレギュラー獲得を目指した勝負の年。由美さんには関心のないことだった。
監督の命令
“ついでに”サインをもらった男はあまり間を置かず、再び店にやってきた。
由美さん
同じ月にまた来たんですよ。
それから松田はちょくちょく顔を出すようになる。
由美さん
いつも1人で来て、カウンターに座って、静かに食べて静かに帰る。明るいキャラで売ってるけど全然、しゃべらないんですよ。こっちも『また来てくれたんやね、ありがとうね』って言うくらいで。
通い始めてから2年ほどがたったある日。松田は恩師の生田勉と店にやってきた。生田は亜細亜大学の野球部の監督で、4年生のころはキャプテンと指揮官という間柄だった。うどんを運んできた由美さんに生田が言った。
「いつも松田がお世話になっています」
「お世話なんてしてませんよ」
事実、会話をしたことさえほとんどない。
「ところで、ソフトバンクのキャンプはよく見に行かれますか」
「いえ、行ったことないです」
生田の話の矛先が松田に向く。
「お世話になってるんだからキャンプに招待するパスくらい出さんか。今すぐ、連絡先を交換しろ」
名門野球部は監督の命令は絶対である。鶴の一声だった。
近すぎず、遠すぎず
キャンプ地の人気店には松田以外にも選手やOBが大勢やってくる。ただ、由美さんはサインや写真をお願いすることはあってもプライベートには深入りしない。連絡先は交換したものの夫と一緒に松田と最初に食事に出かけたのもそれから1年たってのこと。そんな距離感が松田には心地よかった。
松田選手
知り合いになるとグイグイ応援したくなるという方もいると思うんですけど、自分の考えとか体調を考慮して接してくれて。近すぎず遠すぎず、ちょうどいい。とても優しい人だと思います。
宮崎でキャンプを張る1か月、選手は家族と離れて野球漬けの毎日を送る。ことしは活躍できるのか。消せない不安とも戦っている。
「困ったことがあったら連絡してね」
そう声をかけてくれていた由美さん夫婦との距離は次第に縮まっていった。オフのたびに由美さん夫婦の車でドライブをして、映画館に行き、パンケーキを食べる。別れ際の松田のひと言がうれしかった。
「ストレス全部吹き飛んだわ!めっちゃリラックスできた!」
出会いから15年がたった。ことし松田は後輩たちと行う自主トレの場所に宮崎を選んだ。由美さんはきつい練習で自らを追い込む松田のかたわらでハッパをかけていた。
親孝行
由美さん
不器用だけど一生懸命で、私たちを慕ってくれている。スター選手の松田宣浩として意識したことはあんまりなくて、本当に息子みたい。
店には松田が試合で使った野球道具が数え切れないほど保管されている。バットにグラブ、スパイク、ユニフォーム、ヘルメット・・。
由美さん
『あげます』っていう感じでもらったことはないですね。ご飯に行くときにポンと渡してきたり、そんな感じです。
面と向かって感謝のことばを伝えられたことはない。ことあるごとに愛用した道具を渡すことが松田なりの感謝の伝え方なのだと思う。
スタンドのファンに向け「熱男」ポーズ(2019年7月6日)
不器用な息子はグラウンドでもしっかり親孝行してきた。ソフトバンクでの17年間で積みあげたホームラン301本。「熱男~!」のひと言で、スタンドがひとつになる光景に宮崎の母の胸は何度も震えた。
退団と初ヒット
去年9月28日、ソフトバンクから松田の退団が発表された。長年、チームを支えてきたミスターホークスも39歳。昨シーズンの1軍出場はプロになって最少の43試合で、ホームランは1本もなかった。功労者といえど、プロの世界。球団は松田を構想外とした。「ソフトバンクのまま現役を終えたほうがいい」。記者会見ではそうした周囲の声を否定した。
ソフトバンク退団会見
「現役続行を希望して退団します。野球がまだまだ大好き。大好きな野球を自分からやめるという決断にはいたらなかった」
巨人入りが決まると松田は宮崎の母にいたずらっぽく報告した。
「由美さんの嫌いなジャイアンツやで」
息子を応援するのだ。球団は関係ない。巨人での初ヒットが出るとうれしくて、すぐにメールした。短く返事がきた。
"ジャイアンツ初ヒット。俺らしいヒット"
サードへのボテボテの当たり。全力疾走でもぎ取った内野安打だった。
贈り物
初ヒット以降、松田は結果を残せなかった。開幕から9打数1安打。先月14日に1軍登録を抹消された。本来の姿を取り戻すため、今はファームで若手に交じり黙々とバットを振り込んでいる。
どんなに実績があっても40歳を前に迎える新天地での再スタートは簡単なことではないはずだ。しかし、松田は「打つ、守る、走る、全部見つめ直して取り組んでいるのでしっかりと充実した時間を過ごせています」と言いきった。由美さんに取材していることを伝えると、こうも言った。
松田選手
宮崎の地から応援してもらっているのはめちゃめちゃ感じています。巨人のユニフォームを着てヒットでも、ホームランでもいい、かっこいい1本を打つ。それだけです。
東京ドームに響き渡る次の「熱男」コールは宮崎の母にとって何よりの贈り物になるだろう。
この記事を書いた人

新堀 潮 記者
宮崎放送局記者
2019年入局、富山局をへて宮崎局
富山局時代はソフトボールの国体候補に選出