ストーリー相撲

貴乃花・朝青龍・白鵬 横綱たちの激闘秘話 スポーツ平成史・大相撲 第2回

2019-04-18 午後 06:49

まもなく幕を閉じる、「平成」という時代。サンデースポーツ2020では、2月から4週にわたってスポーツの平成史を振り返りました。2月24日放送回のテーマは「大相撲」。この連載では時代の証言者として、元横綱の朝青龍さんが登場。相撲愛好家の能町みね子さんを交えて、30年の大相撲の歩みを振り返ります。

今回は、平成の大横綱・貴乃花に挑んだ朝青龍の一番を当事者が振り返り、二人の知られざる秘話を語ります。そして平成後半、モンゴル力士隆盛の時代をもたらした朝青龍さんが語る「強さのワケ」とは?

貴乃花対朝青龍 最後の激闘

平成14年の秋場所。右ひざの大けがを乗り越え優勝した前年夏場所以来、横綱貴乃花は8場所ぶりに復帰していました。懸命の相撲で最終的に12勝3敗の成績で終えたこの場所。ファンの記憶に残る一番がありました。

貴乃花不在の間に一気に番付を駆けあがり、勢いに乗る21歳。新大関の朝青龍との一番。貴乃花さんは、当時の取組での心境をこう語ります。

 

破竹の勢いで番付を駆けあがった朝青龍

貴乃花さん

「もう当時の朝青龍は元気一杯っていう感じでしたね。体は大きくないですけれども、まれに見る逸材だなと思っていました。あの時の一番は、朝青龍がどこから来ても耐え忍ぶようにやろうと思っていました。」

 

新鋭・朝青龍の実力を認めた上で、真っ向から迎え打つ自らの相撲を取る。大横綱と新大関の一番は、立ち合いから激しい展開になります。

立ち合いからの朝青龍の攻めに耐え、下がらない貴乃花。逆に踏み込んだ貴乃花が上手を取りますが、朝青龍も「もろ差し」の形。貴乃花はケガをした右足で懸命に踏ん張り、右からの上手投げ。貴乃花に軍配が上がりました。

 

 

敗れた朝青龍。悔しさからの絶叫が去り際の花道に響きました。
「チクショー!!」
これが、貴乃花と朝青龍の最後の取組。結果は貴乃花の2戦2勝でした。

朝青龍が語る 横綱・貴乃花

スタジオに生出演した朝青龍さん。この取組の映像を見ながら「懐かしいなぁ」とつぶやきました。朝青龍さんにとって貴乃花さんは、若き日にその背中を追いかけ続けた大横綱。あらためて、17年前の黒星で露わにしたその心境を語り始めました。

 

 

朝青龍 横綱(貴乃花さん)はケガした後でしばらくの間休場していたのでね。この一番はちょうど自分が大関に上がってきた時で、「よし来た!ここだ!」っていう気持ちだったんですけどね。やっぱり勝ちたかったね。

 

大越 貴乃花さんとは二度対戦されて、二番とも黒星なんですね。

 

朝青龍 そうですね、残念ながらね。

 

大越 敗れて花道を引きあげる時に思わず声が出るくらいの、本当にあの一番にかけた思い。伝わってきましたよ。

 

朝青龍 貴乃花さんとは思い出がありまして。毎年大相撲トーナメントがありますよね。僕が幕内に上がったばかりの時に、そこで貴乃花さんと当たったんですけどね。あの時は自分も体重もなかったんで、とにかく思い切りぶつかって突っ張っていこうという相撲で、横綱が結構血だらけになったりして。でも取組の後、「やっぱり大横綱、先輩に対して失礼なことをしたな」と思って謝りに行ったんです、貴乃花さんのところに。7針ぐらい縫っていたと思うんですよね。そしたら貴乃花さんは、「朝青龍、大丈夫ですよ」って言ってくれて。僕は「いやいや横綱、申し訳ないです」って言ったんですけど。

 

 

朝青龍 それに、実は先代の二子山親方(貴乃花さんの父)にもお世話になった恩がありまして。巡業中に親方は「朝青龍だけの稽古をつける」と言ってね。その当時は、自分だけ稽古させられて悲しいような気持ちもあったんですけど、親方は「朝青龍を強くさせたいから毎日稽古させたんだ」っておっしゃって。貴乃花さんとの取組には、その時からの恩返しという気持ちもあったんで。でも楽しいですね、いろいろ振り返るのは。

朝青龍・白鵬の時代

 

横綱・貴乃花

「本日引退することとなりましたが、ただあの、非常にすがすがしい気持ちです。」

 

平成15年初場所。一時代を築いた横綱・貴乃花が、現役を引退しました。
そして、この場所で横綱昇進を決めたのが、モンゴル出身の朝青龍でした。

 

勝利の“ガッツポーズ”も

 

初土俵から史上最も早い25場所での昇進。多彩な技と闘志むき出しの激しい相撲。平成17年には前人未到の7連覇を達成。優勝回数は歴代4位の25回にのぼります。

 

 

そしてモンゴル隆盛の時代を極めたのが、数々の大記録を打ち立てた横綱・白鵬です。横綱在位は、史上1位の69場所。歴代最多の通算勝ち星、1105勝。そして優勝41回を誇ります。

ふたりの伝説の名勝負が平成20年初場所千秋楽、勝ったほうが優勝の相星決戦です。朝青龍は前の2場所出場停止。その間に白鵬が2連覇。3場所ぶりの対戦に互いの意地がぶつかり合いました。

 

 

相撲中継での実況では、この一番がいかに激しい攻防だったのか、言い表されています。

 

白鵬が先に上手を取りました!
向こう側で上手を引いています。
白鵬下手もがっちり。
しかし朝青竜も上手を引いた!

引き付け合い!力比べ!!
意地と意地の力比べ!!

さあ、大相撲になった。もう一度引き付けた。
釣り上げた!重心が低い!
上手投げ!!

白鵬の勝ち、白鵬優勝!

 

 

取組の後の土俵には、激しい引き付け合いで朝青龍が必死に左足で踏ん張って土がえぐれた跡が残っていました。

今も大相撲ファンの間で語り草となっている激闘を振り返り、白鵬は当時胸の内にあった「意地」を語ってくれました。

 

 

横綱・白鵬

「(朝青龍不在の間に)土俵をしめるというか、引っ張ったという形ではありましたから負けられないというね。その意味ではこう、頑張ったって感じですね。」

 

そして、朝青龍さんは白鵬を評して…。

 

 

朝青龍さん 白鵬は、モンゴルでもやっぱり偉大な大横綱です。お父さんもモンゴル相撲の横綱であり、オリンピックのモンゴル初の銀メダリストだし、やっぱりサラブレッドなんですよね。横綱になって優勝も41回。もうこの記録を破るのは多分無理でしょうね。

能町さんイチ押し!とにかくすごい朝青龍の一番

ここで、朝青龍さんの大ファンだという能町さんが、数ある好取組の中でもイチ押しの相撲を紹介してくれました。

 

能町 是非皆さんに見て頂きたい一番があります。平成16年名古屋場所の琴ノ若戦です。

朝青龍 あの相撲ですか。

 

能町 あの相撲です! 相撲史に残る、相撲の常識が覆る一番ですね。


当時一人横綱として土俵を守っていた朝青龍。対する平幕・琴ノ若は36歳のベテラン。体重180キロと体格では朝青龍を大きく上回ります。立ち合い、朝青龍はいきなり上手を取られ、琴ノ若の左からの上手投げ。これで勝負あり、と思いきや朝青龍は脅威の粘り腰でブリッジのように体を反らせます。懸命に耐えた末に背中から落ちますが、たまらず琴ノ若も左手をつきます。会場に座布団が舞う中、物言いがつきました。

 

 

能町 この相撲の見方はいろいろあって、投げを打たれた時点で朝青龍は「体が死んでいた」から負けてるんじゃないかという人もいれば、朝青龍の粘りの前に先に手をついた琴ノ若の負けだと言う人もいる。これ苦渋の選択で取り直しとなるんです。でも、取り直しの一番は「俺が勝つんだ」って気持ちがすごい出てましたよね。激しい突きからまわしを深くとって、豪快な切り返し!これで勝負をつけるんだという気持ちの出た相撲でした!

 

副島 朝青龍さんも当然、取り直しになった一番は記憶に残ってますよね。

 

朝青龍 そうですね。同じ体勢にして、もう一度組みたいって思ってました。

 

能町 体を反った状態でですか?

 

大越 このまま負けたくないと考えていたと。

 

 

朝青龍 最初の取組でも「何かちょっと、これは同体じゃないかな」っていう気持ちがありましたね。取り直しとなった時、こういう微妙な負け方も勝ち方もしたくないなと思いましたね。しかし今振り返って見ると、すごい残り方してますね。

副島 いやすごいですよ。ブリッジするような形ですもん。

 

能町 あんなの「空前絶後」ですよ。

 

朝青龍 でも同じようにもう一回組んで、自分の相撲をとりたいっていう気持ちで行って切り返しを出せました。

なぜ強い? モンゴル出身力士

まさに日本人が持つ「相撲の常識」を覆していくような豪快さをもっていた朝青龍さん。彼に象徴されるように、平成の時代は「相撲→SUMO」と変化していった時代でした。

 

 

関取に昇進した外国出身力士は、昭和の時は5人に対し平成に入ると61人。そして61人のうち半分を超える33人の関取を輩出したのがモンゴル。そこから朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜と4人の横綱も誕生しました。

なぜモンゴル出身力士は強いのか。その先駆者のひとりである朝青龍さんが考えるその理由とは。


朝青龍 僕は留学生として日本の高校に来たんですけど、やっぱり言葉も文化もすべてが違う世界だと感じました。けれども、その悔しさを土俵でぶつけていくんだと思ったんです。大変なストレスたまりますよ。やっぱりご飯も違うし、はじめは日本の言葉もわからない。そうした思いも相撲と一体になってる、相撲で全部吹っ切れるという感じでしたね。

 

そして朝青龍さんは、初のモンゴル出身横綱となったことへの矜持をもって、土俵に上がっていた日々を思い返すように、話し続けました。

 

 

 

朝青龍 あとは自分がモンゴル初の横綱になって、後から来る世代のモンゴル勢が「ああいう相撲をとりたい」って思うような見本になれたんじゃないかと思うんですけどね。そのためにもね、稽古でしたよ。「はっけよいのこった!」となって申し合いになったら、そこで自分の「意思」を見せてね、他の力士より倍は気持ちを出していたんじゃないかなと思うんですね。

 

大越 能町さん、モンゴル出身の力士と日本出身力士では、相撲の流儀とか立ち居振る舞いも随分違うって事は言われますよね。しかし今の朝青龍さんの話を聞いて納得するのは、いろいろ大変な状況にいるから相撲で全てを発揮するんだという気持ちがあると。そうするとやっぱり、朝青龍さんのようにガッツポーズが出たりするのかもしれない。

 

能町 朝青龍さんはそういうこともありましたね(笑)。

 

朝青龍 あの、ダメですよ!そういうことやっちゃ。よくない事ですよ、はい(笑)。

 

大越 でもそこも魅力的というか。

 

能町 何故だか「朝青龍だったら許せちゃうかな」みたいなところもありましたよね。

 

 

朝青龍 いや、次の世代の力士には、ああいうことはしちゃダメだって事は言いたいです。はい。

 

大越 やっぱり今はそう思うんですね(笑)。

 

朝青龍 それは「伝統」なんでね。


派手なガッツポーズを繰り出していた現役時代とは一転、恐縮しながら大相撲の伝統や、流儀の大切さを痛感する朝青龍さん。その姿は、ちょっと意外であるとともに、どこか微笑ましいものでした。


(次回に続く)

 

 

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