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特集 北の富士勝昭が斬る 大相撲春場所

相撲 2023年2月27日(月) 午後7:00

貴景勝、すっきりとした形で横綱に上がってもらいたい

初場所は大関以上で出場するのは自分だけという苦しい状況ながら、大関貴景勝が最後までよく頑張ってくれた。平幕優勝が3場所続いたが、安定感という意味では、今の幕内の顔ぶれの中では貴景勝がいちばんだと思っていた。

 

3度目の優勝を果たして賜杯を受ける貴景勝(初場所千秋楽)

周りがどんどん崩れていったことも、1人大関にとっては幸いした。平幕の琴勝峰との千秋楽相星決戦となったが、最後は番付最上位の貴景勝が賜盃を抱く結果になってよかったと思う。琴勝峰もよく頑張ったが、次のチャンスも遅かれ早かれ、やってくるだろう。


貴景勝の体調が特段よかったとは思わなかったが、やはり責任感がみんなより強かったということだろう。初場所もレベルの高い優勝ならば、場所後の綱取りの可能性も取り沙汰されていたが、12勝3敗の優勝でそこは話題に上らなかった。当然であろうが、春場所はいよいよ横綱に挑戦だ。初場所は優勝と言っても3つの取りこぼしがある。次の場所で連続優勝であれば、協会も横綱が欲しいだろうから、横綱審議委員会に諮問はするだろうが、やはり最低でも13勝は欲しい。相撲内容も問われてくる。12勝の優勝であれば、もろ手を挙げてというわけにはいかないだろう。こればかりは私らが決めることではなく、協会が決めることなので今からああだこうだと言っても始まらない。とにかく、すっきりとした形で横綱に上がってもらいたいものだ。自分の相撲を貫いて、大願を成就してもらいたい。

 

佐田の海を攻める貴景勝  押し出しで下す(初場所9日目)

過去に突き押しだけで横綱に昇進した例はないと思うが、貴景勝の相撲は今さら変えようがない。今から四つ相撲を稽古して身につけるなんて、どだい無理な話だ。今の相撲をさらに磨いていくしかない。優勝の記念撮影では、元大関北天佑の次女である奥さんと1人息子が一緒に写真に納まった。自分の子どもを抱いて写真を撮るのが、すっかり定番になったが、おそらく千代の富士が最初だろう。あのときは周りからいろいろ文句も言われたものだが、これはこれでいいのではないか。

豊昇龍、いずれ大関になれる逸材だ

北の富士さんが「いずれ大関になれる逸材」と語る豊昇龍(初場所9日目)

初場所は関脇豊昇龍がすばらしい相撲で初日から4連勝した。私はこのまま突っ走るんじゃないかと思ったが、そうはいかなかった。けがをして休場しながら再出場し、何とか勝ち越したのは大したものだ。いずれ大関になれる逸材だと思うが、こういうのは勢いのあるうちに上がらないと、いったんつまずくとなかなか大変なのだ。

 

若隆景がはたき込みで玉鷲を下す(初場所6日目)

若隆景も苦しみながらも9番勝ったが、やはり前半の負けがもったいない。あと1番勝っていれば、大関取りにつながっていたはずで、そうすれば優勝でもしたら一気にチャンスをつかむことだってあったであろう。いずれにしても、3場所28勝で大関に上げてもらった私は、こういった問題にはあまり口出しするべきではないと思っている。若隆景も28歳となり、年齢的にも最も力が出るころだろう。今でこそ30代の幕内力士はざらにいるが、大関、横綱に上がるなら、そうはいかなくなる。そろそろ上がってもいいころだ。

 

春場所に向けて稽古に励む霧馬山(2023年2月24日)

霧馬山が三役で11勝を挙げたのは大きい。当初は足腰がよくてしぶといだけかと思ったが、見ていると相撲がうまい。左でまわしを取って頭をつけた体勢から何でもできる。なかなか器用な力士だ。突っ張って前に出る相撲もあるし、体もひと回り大きくなった。けがが少ないのもいい。鶴竜親方の指導もいいのだろう。よく考えて相撲を取っていると思う。

 

翔猿を攻める若元春  押し出しで下す(初場所10日目)

新小結で9勝した若元春も立派だ。左四つになったら格上が相手でも互角以上の相撲を取る。部屋には弟の若隆景もいるし、よほどいい稽古をしているのだろう。私の家からも稽古場は近いから、今度見に行ってみようかな。ただ、相撲を見ていて、ちょっとここを直せばというのはある。左四つになったとき、顔が差し手とは逆の方向に向いているので、そこを直せばもっと強くなるだろう。私らが現役のころに言われたのは、あごで相手の首筋あたりを押さえつけるということだった。その体勢で差し手のほうに寄っていけば、もっと楽に勝てるだろう。若元春も有力な次期大関候補と言っていいだろう。兄弟大関も夢ではない。

琴ノ若、年内には大関とりの足場を築くのではないか

北勝富士を寄り切って勝ち越した琴ノ若(初場所千秋楽)

琴ノ若も初日から4連敗したときはどうなるかと思ったが、相撲内容はそれほど悪かったわけではなかった。しっかり前にも出るし、土俵際もなかなかしぶとい。“坊ちゃん育ち”の割には精神的にもかなりしっかりしている。年内には大関とりの足場くらいは築くのではないだろうか。


前半戦がよかった大栄翔には優勝した場所の再来も期待したが、途中の3連敗が痛かった。2桁の星を残し、大関候補の1人ではあるが、押し相撲は1つ負けだすと歯車が狂うこともあり、どうしてもいいときと悪いときがある。九州場所で優勝した阿炎も初場所は8勝に終わった。場所中にどこか痛めたのであろう。突っ張れない相撲が何番かあった。やはり連覇というのはなかなか大変なのだ。だから、今は誰が本当に強いのか分からない。しばらくくすぶっていた琴勝峰が、ようやく復活の兆しを見せてくれたが、初場所は久しぶりに積極的な相撲が目立っていた。確かにいいものを持っているが、果たして次の場所でも初場所のような相撲が取れるのか。大器だけに期待したい。

 

群雄割拠の時代を経て、若隆景、豊昇龍の両関脇が抜け出そうな感じではあるが、突出したものがない。けががなければ、豊昇龍はチャンスをつかんでいただろうが、案外、波に乗って霧馬山あたりが一気に駆け上がるかもしれない。

朝乃山、いずれ大関に復帰すると思っている

十両優勝の表彰を受ける朝乃山(初場所千秋楽)

朝乃山が十両で14勝した。実力は頭1つも2つも抜けているのは明白だが、幕下での2場所も含め、全勝は難しいのだろうか。初場所の1敗は右四つがっぷりの十分な体勢になりながら、大翔鵬に寄り切られてしまった。入幕すれば、今なら即、優勝候補だろう。ことし中ではないかもしれないが、いずれ大関に復帰すると私は思っている。誰が優勝するか分からない場所もこれだけ続けば、いずれは相撲ファンに飽きられることだろう。朝乃山のような存在が優勝戦線に加わるだけで、場所のおもしろみもグッと増してくるに違いない。

 

土俵際で貴景勝の攻めをしのぐ翠富士(初場所7日目)

負け越しはしたが、翠富士は大いに存在感を発揮してくれた。小兵ながら力強い相撲を取る。貴景勝戦は敗れたが、圧巻の相撲だった。先場所も得意な肩透かしを決めているが、私らの現役のころも、こうした個性派力士が決して主役というわけではなかったが、土俵を彩ったものだった。海乃山などは蹴手繰(けたぐ)りの名手で突き落としなんかも強かった。「潜航艇」と言われた岩風は、今にも手をつくんじゃないかというくらいに頭を下げていた。やたらと怪力の持ち主で左を差したら腕をへし折られるんじゃないかと思ったくらいだ。絶対に相手の顔を見ないで下ばかり見て仕切っていた、変わった力士だった。

照ノ富士、けがの回復に専念してもらいたい

休場が続いている横綱照ノ富士は、コメントを聞く限り春場所も休場しそうだ。私が現役横綱のころはせいぜい2場所も休んだら、3場所目は気持ち的に居どころがなかったものだった。そもそも休場したら遊べなくなるので、私の気持ちがもたなかった。照ノ富士は中途半端な状態で出るのではなく、けがの回復に徹底して専念してもらいたい。焦ることもないだろう。

 

照ノ富士が明治神宮で奉納土俵入り(2023年1月30日)

ご当所で綱取りに挑む貴景勝には頑張ってもらいたい。そういえば、貴景勝のような体格の短躯(たんく)でアンコ型の横綱というのも、ここ何10年も見たことがない。もし上がれば、照國や鏡里以来ではないか。相撲人形が綱を締めたような横綱も見てみたい気がする。


53年前の私の綱取りのときは玉の海がいたので、プレッシャーを感じるよりは、玉の海に負けられないという気持ちのほうが強かった。柏戸関が引退し、大鵬関の次となると自分たちがやるしかないという感じであった。前の場所で優勝した私のほうが条件的にはかなっていたが、玉の海のほうがコンスタントに好成績を挙げて安定感があった。昇進の際は結構、もめたらしいが、玉の海ではなく私のことで審議に時間がかかったらしい。

 

横綱昇進の伝達を受ける北の富士さん(1970年1月)

双葉山関に匹敵するほどの抜群の安定感と言われた玉の海に対し、私はいいときと悪いときがはっきりしていて、自覚はあったがムラッ気は引退するまで治らなかった。場所の前半で2つも黒星を喫したら、もう気持ちが乗らなかった。10回の優勝のほとんどが先行逃げ切りだったと思うが、もともと細い体だったから、とにかく速攻で相手の陣地で勝負をつけないといけないという相撲ぶりが新弟子時代から染みついていた。だから、相撲に安定感を欠いていたのかもしれない。横綱になって受けて立つ相撲を取ろうと思っても、なかなか勝てずに11勝4敗が4場所も続いたこともあった。


相撲専門雑誌「NHKG-Media大相撲中継」から

 

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