特集 ロッテ・吉井理人監督 “ゆるい”キャンプは甘くない ~担当記者のイチオシ~

今シーズンからプロ野球、ロッテの指揮を執る吉井理人監督。大学院でコーチング論なども学んだ球界きっての理論派監督が昨シーズン5位のチームの再建に向けて打った最初の一手は、選手の意識を変えるキャンプの大改革でした。
理論派監督のキャンプが“ゆるい”!?
まだ、夜の明けきらない2月の沖縄・石垣島の午前7時前。ジャージ姿の吉井監督がキャンプ中の朝の日課にしている散歩が始まります。
吉井監督
特に深い意味はないですよ。歩いて頭をすっきりさせたいんで、なにも考えずに頭をからっぽにして歩いてます。
現役時代は大リーグでも活躍し、昨シーズンまでロッテの投手コーチなどを務めた吉井監督は、大学院でコーチング論などを学んだ経験もある理論派として知られています。その吉井監督に、ことしのキャンプをどのような形で進めるのか尋ねると意外な答えが返ってきました。
吉井監督
“ゆるい”キャンプです。
とにかく短い全体練習 その狙いは?
キャンプの練習が始まると吉井監督は朝の散歩の時と同じように肩肘張らない雰囲気で、次々と選手たちに声を掛けていきます。
吉井監督
ちゃんと食べてる?
選手
はい、めっちゃ食べてます。
監督と選手、コーチ陣と選手。そして選手どうしの間に緊張感やぎこちない空気が生まれないようにするために意識的にコミュニケーションをとっていました。
そして、何より驚いたのはチーム全体で行う練習時間の短さです。去年までのキャンプと比べて大幅に短縮し、日によっては午前中にすべての練習が終わることもありました。練習時間の短いこの“ゆるい”キャンプは、吉井監督が視察したアメリカのマイナーリーグのキャンプを参考にしたものです。
吉井監督
練習しすぎによって、逆に自分の体の体力をなくしているというのが、日本の野球界はよくあるんです。シーズンは長いので、最後に力を出すためにはキャンプでやりすぎてしまうのはよくないんじゃないかと、自分が現役やってるときから思っていました。
吉井監督の言う“ゆるい”という概念は時間だけを指すものではありません。ことしのロッテのキャンプは1軍と2軍という垣根も“ゆるい”状態から始まりました。
1軍と2軍を分けずに練習する
全体練習のメニューは、複数のグループに分けられてはいますが、そこには主力の選手から育成選手まですべての選手が参加しています。練習場ごとに打撃練習がメインの場所と、守備や走塁練習がメインの場所が設定されていて、バットを振っている選手もいれば、守備練習を続ける選手もいるという吉井監督が考案したスタイルで進められています。
育成2年目・村山亮介選手
ベテランや主力の選手と練習をしながら話ができたり、プレーを見られるのはとても刺激になっています。また1軍のコーチ陣にも見てもらえるというのもいろいろな視点を持つことができてありがたいです。
“ゆるい”先にある“自主性”
“ゆるい”練習によって生み出された刺激は、短い全体練習のあとその真価を発揮します。それが、たっぷりと生まれた個人練習の時間になると分かります。
例えば、荻野貴司選手は個人練習になるとテニスラケットを練習に取り入れていました。「アッパー気味なスイングの感覚をつかみやすい」とラケットを振る動作を繰り返しみずからの課題と向き合っていました。
荻野選手のテニスラケットを取り入れた練習
昨シーズン、ホームラン16本でチームトップの山口航輝選手の打撃練習は、いつも風船をくわえた状態で行われます。自主トレーニングの期間中から取り入れた練習で、風船をふくらませることで、腹筋に力をためてバットを振る感覚を磨くことが狙いです。
風船をくわえて打撃練習する山口選手
山口選手
自分のやるべきことを考えて、それを実行するための時間をとれています。やらされる練習だけではなくて自分で頭を使った練習は絶対必要なので良い時間になっていると思います。
この自分でやるべきことを考える時間を与えることこそが、吉井監督の狙いでした。“ゆるい”キャンプ=(イコール)“自主性”を重視したキャンプによって選手の意識改革が進んでいました。
吉井監督
コーチと選手が師匠と弟子みたいな関係でもうまくいくことはありますが、私はコーチはあくまで選手のサポートだと思っています。もちろん集中して練習しますが大きな目で見ると“ゆるく”、なんの変な緊張もなく個人個人がやりたいことをできる。野球は限りなく個人競技に近いチーム競技なので、個人の力が高ければおのずと強いチームになると思っています。
目指すは優勝のみ!目標は“ゆるく”ない
『今日をチャンスに変える。』
ことしのスローガンを発表する吉井監督(2023年1月31日)
キャンプイン前日のチームミーティングで、ことしのチームのスローガンを伝えた吉井監督は、まず選手たちにスローガンが意味することは何かを尋ねました。そして、選手たちにこう伝えました。
「とにかくトライしてください。そしてそこから教訓を得て、なにが自分に必要なのかを考えて、またトライする。そのサイクルを作ってください」
“ゆるい”キャンプの中で、プロとして課題に向き合い解決する。そして、高めていく。その“自主性”が不可欠だというメッセージが込められていました。
最後に印象的だったのは、吉井監督に理想のチームについて尋ねたときのことでした。吉井監督らしい表現でしたが、そのことばは、プロとして揺るがない決意を感じさせるものでした。
吉井監督
理想のチームは監督が寝ていても勝っているチームです。状況に応じて自分の強みを出してチームの勝利のためにプレーができる選手の集団になってほしいと思っています。ただ、プロなので勝たなければなりません。目標は優勝だけです。