特集 北の富士勝昭が斬る大相撲初場所「時代をリードする力士の出現を望む」

令和5年は次の時代をリードする力士の出現を望みたい。令和4年は年6場所すべての優勝者の顔ぶれが違ったが、“群雄割拠”の時代から令和5年は1人、2人と頭角を現す者が出てきそうな予感もする。そろそろ次の時代をリードする力士の出現を望みたいところだ。
阿炎の優勝はすばらしかった 大関候補と言っていい
九州場所の優勝争いも誰が賜盃を手にするのかわからない展開だったが、こうも平幕優勝が続くのはどうなのだろうか。大混戦はたまにあれば珍しさもあって盛り上がるが、年中こんな状態であれば、そのうちそっぽを向かれはしないだろうか。もちろん阿炎の優勝はすばらしかった。よくやったと思う。高安にしてみれば、とんびに油揚げをさらわれたようなものだ。
優勝決定ともえ戦を制して初優勝 阿炎は賜杯を手に笑顔(九州場所千秋楽)
最後はもつれにもつれて幕内では28年ぶりの優勝決定ともえ戦になった。九州場所のような混戦でチャンスをモノにするのは、星のつぶし合いがない分、下位の力士なのかとも思う。もっとも阿炎はもともとそれだけの力があるのは確かだが、高安にしてみれば、千秋楽の相手が琴ノ若であれば、まだくみしやすかったのではないか。
阿炎は年齢的にも今がいい時期だ。大関候補と言っていいだろう。手が長いから持ち前の突っ張りは腕がよく伸びるし、強力な武器になっている。まずは三役に定着して相撲に安定感が出てくれば、チャンスはやってくるだろう。
優勝決定ともえ戦で貴景勝を攻める阿炎(右)(九州場所千秋楽)
高安にはこれまでの悔しさを喜びに変えてほしい
またしても最後の最後で賜盃を逃した高安だったが、15日間を通して相撲はよかった。立ち合いのかち上げも強烈で、当たってからいい流れを作れていた。30歳を過ぎているが、出稽古にも積極的に出向いているし、真面目と言おうか、よくやっていると思う。こういう心構えが正代や御嶽海にあれば、大関から落ちることもなかったのだろうが、うまくいかないものだ。
王鵬を攻める高安 九州場所は安定した相撲を見せた(九州場所13日目)
終盤はいくら表向きには冷静を装っていても、内心はそうはいかなかったであろう。14日目の輝戦は明らかに硬かった。このチャンスを逃したらと思えば緊張もするだろう。一度優勝を経験してしまえば、多少は違うのだろうが、平常心にはなかなかなれないものだ。優勝決定戦で阿炎に突き落とされた高安はしばらく起き上がれなかった。脳震とうだと思うが、ああいうあとはちょっと相撲が怖くなるものだ。
私も現役時代、福の花に思い切り張られて脳震とうを起こした時はしばらく相撲を取るのが嫌だった。あごが上がっていたから余計に効いた。一瞬、意識が飛んで起き上がる時はどっちに帰っていいか、わからなくなってしまい、まず審判の親方衆の顔を見て方角を確認して二字口(にじぐち)に下がったものだ。初賜盃を抱くだけの力は十分にある高安にとって、あとは今の気持ちをずっと維持できるかどうかだろう。32歳であれだけの気力と体力があるのだから大したもの。私は32歳で引退したので自分より長く取っている力士を尊敬する。
初場所に向けた稽古で高安(奥)が汗を流す(2022年12月23日)
私も横綱になっていなかったら、もうちょっと現役を続けていたと思う。引退を決めたのは体力に限界が来たからではなく気力が持たなかったから。玉の海が亡くなった時点ですでに気持ちは切れていた。あとは惰性でやっていたようなもの。横綱が私1人しかいなかったという事情もあった。その後に優勝したことはあったが、気持ちの上で年6場所まんべんなく力は出なかった。こんな性格だからずっと1年間、気持ちを張り詰めることが無理であった。私の相撲は気分が乗るか乗らないかで内容が全然違っていた。
その点、高安はまだ自分の力を信じているはずだ。そこは偉いと思う。家庭を持っているから気持ちの張りもあるのだろうが、新年はこれまでの悔しさを喜びに変える年にしてもらいたい。
私の初優勝は何をやってもうまくいった
私が初優勝した56年前の昭和42年春場所の時は大鵬さんが元気だったから、そもそも優勝できるとは思っていなかった。大関昇進から4場所目での賜盃だったがそれまでは10勝がせいぜい。それが自分の実力だった。大関昇進までの直近3場所は合計28勝。そんなものだったが、初優勝した場所はなぜか何をやってもうまくいき、自分の実力にプラスアルファで勝ち運にも恵まれた。負けている相撲だって勝負には勝ってしまう。大雄に後ろに回られて、てっきり送り出されておしまいかと思っていたら、残して勝ってしまった。えてして勝つ時はこういうものだ。高安にもきっとそんな場所が訪れるに違いない。
初優勝の賜杯を手にする北の富士さん(1967年の春場所)
14勝1敗で優勝した私はすっかり有頂天になってしまい、賜盃を抱いたことが悪い方向にいってしまった。優勝の経験が生きるかというと必ずしもそうではない。こんなものかと思って甘く見てしまった。いつでも勝てると思ってなめてかかって、翌場所から2場所連続負け越しで角番になってしまった(当時は3場所連続負け越しで大関から陥落)。だから私にとって初優勝の経験がよかったかどうかはわからない。ちょうど出羽海部屋から独立した九重部屋に移籍して最初の場所だったから、うるさく言う人がいなくなってすっかり調子に乗ったというわけだ。あのまま出羽海部屋にいたらもっと早く横綱になっていただろう。
貴景勝は満身そういの体でよくやった
貴景勝は優勝決定戦に進出し横綱がいない場所で看板力士としての責任を十分に果たしてくれた。よく頑張っているが引く場面が目立つようになり、相撲が変わってしまった。引かない時はいい相撲を取るが、当たりの強さはひところに比べて弱くなったように見える。だから引くのだろうが、やはり万全とは言えないのだろう。背中の治療の跡も痛々しかった。頭からぶちかます相撲を私は取ったことがないので、貴景勝がどれほど大変な思いをしているのかはなかなか想像できないが、満身そういの体でよくやっていると思う。
貴景勝(左) は横綱不在の場所で12勝をあげた(九州場所千秋楽の若隆景戦)
角番だった正代は案の定というか、やはり大関から陥落となってしまった。大関になってから相撲が悪くなった。初場所で10勝以上すれば返り咲きとなるが、とてもそんな姿を想像できない。よほど気持ちを改めて稽古に打ち込めばそれがあるかもしれないが。
正代は序盤から波に乗れず6勝に終わった(九州場所6日目の翠富士戦)
豊昇龍は年内に大関に上がるのではないか
混戦の場所が続いて面白くないと冒頭で言ったが、楽しみがないわけではない。11勝した豊昇龍は年中に大関に上がるのではないか。初場所で12、13番勝てば、そういった声も上がるだろう。こんどの場所は1横綱1大関という非常事態なのだから、様子を見てといった悠長なことも言っていられなくなる。
豊昇龍(右)が「かわづ掛け」で翠富士に勝利(九州場所5日目)
九州場所は8番に終わったが、若隆景は大関候補の最有力と言っていいだろう。令和5年は大関が2人は誕生するのではないか。それが豊昇龍と若隆景。プラス高安もまだ気持ちがあれば、大いに大関復帰の可能性がある。
若隆景(左)が押し出しで北勝富士から白星(九州場所14日目)
正代と御嶽海は現状では厳しいだろう。この2人はあとは緩やかに坂を下っていって、たまに存在感を発揮するような感じだろうか。そこでチャンスにつなげることができるかどうか。奮起してほしい。
豊昇龍、若隆景に続きそうなのが、霧馬山や琴ノ若あたりだ。急速に力をつけてきた若元春は左四つになれば力を発揮する。型を持っているだけに大化けもありそう。明生も一時期の低迷から脱し、上で安定した結果を残すようになった。同部屋の豊昇龍の活躍が大いに刺激になっていることだろう。いかにも稽古熱心で真面目な感じがするが、こういう力士がたくさん出てくれば、土俵はさらに活気づく。
錦富士や翠富士も体は大きくないが正攻法の相撲を取る。さらに上位陣を脅かす存在になりそうだ。幕内で初のふた桁勝星を挙げた王鵬はもっと下半身を鍛えるべきだろう。押し相撲もいいが、四つ相撲を磨いていけばこの先面白くなってくる。
王鵬(左)は下半身を鍛えてほしい(九州場所9日目)
同学年の琴勝峰はすっかり元気がなくなってしまった。潜在能力からすれば、若手の中ではナンバーワンだと思うがどこか悪いのだろうか。闘争心をもっと前面に出してほしい。大栄翔や隆の勝も十分な実力者だが、押し相撲はいい時はいいが悪い時は黒星が続き、安定感という意味では難しい面がある。押し相撲だけで大関を目指すとなると大変だ。
貴景勝はたとえ格下相手であっても、四つに組み止められてしまえば苦戦を強いられている。上を目指すのであれば、やはりまわしを取る相撲も覚えたほうがいいかもしれない。
明生に寄り切られる貴景勝(奥)(九州場所4日目)
熱海富士は完全に出直しとなったがまだ20歳と若い。一回り成長してまた戻ってきてほしい。幕尻ながら10勝した平戸海も楽しみな力士だ。小兵だが体つきを見れば稽古をしっかりやっているのは一目瞭然。相撲ぶりは気合いが入っている。さらに番付を上げて土俵を沸かせてほしい。
横綱照ノ富士の復帰時期は今のところ未定のようだが、土俵に帰ってくる時は当然勝負をかけてくるだろう。力をつけてきた若手連中がどこまで迫れるのか、注目だ。
相撲専門雑誌「NHKG-Media大相撲中継」から