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特集 ワールドカップ日本対ドイツ 実況アナウンサー "ドーハの歓喜"を現地でどう感じた?    

サッカー 2022年11月25日(金) 午後8:25

サッカー日本代表はワールドカップカタール大会1次リーグ初戦で優勝4回のドイツに逆転勝ちしました。ベテランの長友選手は歴史的な勝利について、かつて先達がこの地で味わった苦い経験を踏まえ「『ドーハの悲劇』から『ドーハの奇跡』に変わったと言われているが、奇跡ではなくて自分たちでつかんだ必然だ」と話し胸を張りました。アナウンサーの私(曽根)は日本でも多くの人がかたずをのんで見守ったこの一戦を現地から実況しました。その1日に何を感じたのか振り返りました。

 

試合前の高ぶる思い 目覚めはスッキリ

11月23日午前4時24分起床。日本対ドイツのキックオフまで11時間あまりある。私は基本的に朝型人間だが、これはさすがに早い。日本の初戦を実況するための最後の資料整理をするべく早起きはするつもりだった。スマートフォンのアラームで起きたが目覚めはスッキリ。いつもと違い布団の中でダラダラすることなく、すぐに資料整理に取り掛かることができた。

起床直後にスマートフォンの画面をスクリーンショットした

迎えた初戦の朝、今思えば寝起きからアドレナリンが湧き出ていたのだと思う。とはいえ、資料の大枠は前日までに出来あがっていた。ただ資料を見つめていると、調べておきたいことが次から次へと出てくるのがスポーツ実況者の性(さが)というもの。

 

ワールドカップアメリカ大会出場をあと一歩で逃した1993年のドーハの悲劇。そこから現在に至る日本代表の歩み、選手1人1人の道程、そしてサッカーを介した日本とドイツのつながりは…。調べても調べても尽きることはないが、そのほとんどは実況の中で使われることがない。世界一を争う大会初戦を前に「知らねばならない」という情念に突き動かされるのだ。暗かった窓の外はいつの間にか明るくなった。ドーハにあるスタジアムに向かう中継スタッフとの集合時間だ。尽きることのない調べものの山にけりをつけ「ヨシッ」と気合を入れ部屋を出た。

ドーハで行われたアジア最終予選でイラクに土壇場で追いつかれ初の大舞台を逃す

いざドイツ戦!解説者とともにスタジアムへ

日本がドイツと戦う舞台、ハリファ国際スタジアムまではホテルから車で30分ほど。大きなアーチが架けられた流線形が印象的な外観だ。

 

「ここで日本が強豪のドイツに挑む」

 

高揚感があるような書きぶりだが、この時点では試合開始まで3時間以上あり心の中は不思議と穏やかだった。スタジアムの外にはジャパンブルーに身を包んだ日本サポーターの姿がチラホラと。一緒に会場入りをした解説の井原正巳さんと福西崇史さんに大きな声がかかり、井原さんの応援チャントを歌う人も。時はまだ穏やかに流れていた。

スタジアム外観 ジェットコースターのレールがあるように見えませんか?

私たちがまず向かったのはスタジアムにある報道各社の仕事場・メディアセンター。放送に携わるスタッフはここで各自の業務について思い思いに最終確認を行う。この時点でカタール大会が開幕して4日。福西さんとは開幕戦の中継を一緒にするなど話をする時間があった。一方で井原さんとは現地で別行動が多くじっくり話せていなかった。2002年の現役引退後、井原さんはNHKサッカー解説を務めていたが、2008年の北京オリンピック日本代表コーチやJリーグの複数のチームで指導者を務めてきた。このため放送席で一緒になるのは15年ぶりくらい。本当に久しぶりだ。

井原さんは現在、柏レイソルでヘッドコーチを務める

ご存じの通り井原さんはドーハの悲劇を森保監督とともにピッチで経験。日本が初出場した1998年のフランス大会ではキャプテンを務めた。1998年と2022年の「初戦」の違いはあるのか聞いた。いつものように柔和な笑みを浮かべた井原さんはこう答えた。

 

「あのフランスでの初戦は日本にとってすべてが初めてで、きょうの初戦とは何もかもが違います。今の日本代表選手は本当に落ち着いているはずですよ」

 

それがフランス大会から今回のカタール大会まで日本が7大会連続で出場してきた実績の証と言えるのだろう。ただドーハ入りした日本代表を取材する中で1つ気にかかっていたことがあった。それはベテランの選手たちが発したことば。「若い選手たちは落ち着いています。自分たちが若い時とは比べものにならない。ただ本当に覚悟と準備ができているのかは見定めなければならないです」。井原さんに確認した。

 

「落ち着きなのか、そうでないのか見定めるのは難しいですね」

「心配ないですよ。仮にそうだったとしても、ベテランがちゃんとうまいことやってくれるものですから」

 

井原さんは変わらず柔和だった。私はと言えばこのあたりから胃のあたりが時折、鈍く重たくなる感じを味わい始めた。キックオフまで約90分。マイクテストなどがあるため、この時間には放送席に向かう。巨大なスタジアムの急な傾斜の階段を上がった。海外のオペレーションは日本国内と違う機材を使うことなどから、いつも以上に時間がかかる。ディレクターと打ち合わせをしながら手元の機材を見つめつつ準備を進めていると「ニィッポーン!ニィッポーン!ニィーッポーン!!」の大合唱が。コロナ禍で久しく耳にしていなかったこともあり、聞きなれていたものが非常に懐かしく感じた。そして顔を上げてスタンドを見ると日の丸とウォーミングアップのため姿を現した日本代表の選手たち。キックオフ50分前になっていた。

ハリファ国際スタジアムの観客席に現れた巨大な日の丸

直後に日本サポーターの声をかき消すような大声援と打ち振られるドイツ国旗の小旗。ドイツ代表のウォーミングアップだ。この瞬間、試合前なのに私の感情は最高潮に達した。あわせて日本がワールドカップの初戦で優勝4回のドイツと戦う、身体が締め付けられたような息苦しさも覚えた。カタール時間午後3時48分、放送席からの実況が始まった。キックオフまであと12分だ。ワールドカップ初戦の経験を持つ井原さん、福西さんにその意味・重要性を聞いた。大歓声の中、両チーム選手たちが引き締まった表情で入場。ドイツ国歌が流れる中、カメラはドイツの選手1人1人の顔を映し出す。本当にこの選手たちと戦う…放送席でもそれを改めて実感する瞬間だ。コイントスが行われ、各エンドに散り、カウントダウン。そして日本対ドイツのキックオフ、戦いがいよいよ始まった。

日本代表の試合前の記念撮影

スローモーションで見えたのはあのプレー

試合はご存じの通り前半は日本の圧倒的劣勢で推移した。サッカーは広いフィールドで多くの選手が動き回る。こうした競技のスポーツ実況はその時々でどこに焦点を当てることが試合の全体像を紹介することになるのかを探し続ける作業でもある。井原さんと福西さんの解説から浮かび上がったのは、日本の右サイドがなぜ何度も突破されてしまうのかということだった。前半30分過ぎに恐れていた事態が起きる。日本の右サイドで裏に飛び出し完全にフリーになるドイツ選手、パスがわたる、ゴールキーパーの権田選手が飛び出す…。フリーの選手にパスが出された瞬間から私は実況しながらほとんど祈るような気持ちになった。今でもスローモーションであの一連の流れが見えていたような気がする。

ドイツの選手と競り合うGK権田選手 ファウルでPKを与えた

結果はペナルティーキック。

これを決められ、ドイツに先制点が入った。後半に反撃するため、どのような手立てを森保監督が講じてくるのか、放送席で話を展開した矢先のアディショナルタイムの2失点目。後にオフサイドと判定されて失点は免れたが、やはりドイツは強かった…放送席であ然とした前半が終了した。通常のサッカー中継だとハーフタイムに数分間のニュースが入り、その間に後半の展望を解説者と言葉を交わし確認することができる。しかしこの日の中継はハーフタイムに東京のスタジオ、スタジアムにあるスタジオ、そして私がいた放送席と3か所をつないで出演者が掛け合う演出で、井原さんと福西さんと後半の日本が取るべき戦略や戦術について話をする時間がまったくなかった。

私の杞憂に終わってよかった

「どこを変えるのか、やり方を変えるのか」

ひとり悶々と考えているうちにハーフタイムの15分間があっという間に過ぎた。この時にピッチサイドに見えたのが背番号16のディフェンダー冨安選手の姿。2人の反応は速かった「3バックだ!」。負けているとはいえ1点差、システムは変えずに選手だけを代えてその効果を見る作戦もありなのではないか、さまざまな考えが浮かんだ。システムを変えるメリットとデメリット、その両方がピッチに現れ始めているように見えた。後半は日本が中盤でボールを奪うことが増えてきたと同時にドイツに2点目のチャンスも生まれている…。

 

何がどちらにとっての決定打になるのか、探っていた矢先に森保監督が動いた。三笘選手と浅野選手の2人同時投入。さらに堂安選手、南野選手と続けざまに起用。先発の伊東選手、鎌田選手も含め攻撃的な選手がピッチ上に6人!森保監督の元でこんな布陣は見たことがない。そういえば日本は試合4日前から非公開練習を行っていた。どのような練習を行っていたのかを知る由もないが、この布陣はあまりにも急造なのではないか…。私の懸念が杞憂に終わったことはこの後の歓喜が証明した。

試合後、サポーターに笑顔を見せる日本代表の選手たち

日本代表に心からのありがとう!

私は試合前に井原さんと交わした会話を思い返していた。若い選手の落ち着きや自信、そして支えるベテランについて。あの前半の内容を見たら自信を喪失したっておかしくない、私にはそれくらいの両チームの差に見えた。しかし後半投入された冨安選手や三笘選手、堂安選手という東京オリンピック世代の若手を始め、浅野選手や南野選手といったヨーロッパの各リーグでプレーする選手誰もが絶対に点を取ることができるという自信と気迫をみなぎらせていた。そして彼らを後方から支え続けた吉田選手やベンチに下がった後も声を出し続けた長友選手といったベテラン、自信を持って戦える術を授けた森保監督。彼らは「まだ何も成し遂げていない」と言うが、ワールドカップという大舞台で優勝経験のあるチームに逆転勝ちしたことに心から敬意を表したい。

試合後半、選手に指示を出す森保監督

試合後、スタジアムの外に出ると多くの日本サポーターが歓喜の輪を作っていた。行きかう人たちがみんな笑顔でハイタッチ。「日本も大変な騒ぎになっているよ」と多くの人が連絡をくれた。ホテルに戻り部屋で夕食にカップラーメンを食べた。午前4時24分に起床した決戦の日。試合前に覚えた息苦しさが嘘のように、久しぶりに9時間一度も起きることなく熟睡できた。

 

ありがとう日本代表、まずは目指せベスト8!

 

 

 

この記事を書いた人

曽根優

平成9年入局。

ワールドカップの現地実況は今回のカタール大会で4回目。

世界のサッカーファンの熱狂に毎回圧倒されながら、少しでもその『熱』を日本に届けたいと思い続けている。

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