ストーリーパラスポーツ

白球を「やり」に持ち替えて パラ陸上 山﨑晃裕選手

2018-10-22 午後 05:08

10月13日までジャカルタで開催されていたアジアパラ大会。
この大会に出場した陸上やり投げの山﨑晃裕選手は、3年前に障害者野球から陸上に転向した経歴の持ち主です。白球を「やり」に持ち替えて東京パラリンピックを目指す山﨑選手。その裏に隠された研究と努力に、サンデースポーツ2020の大越健介キャスターが迫ります。

世界ランク上位の実力者

山﨑選手は、腕に障害があるクラスで世界ランキング2位(10月11日時点)。日本での競技人口が少ないこの競技で、世界と戦える数少ないアスリートです。
助走のスピードを前足で受け止め、そこで生まれた力を腕や肩に伝えて投げるやり投げは肩の力と強い体幹が求められます。

 

山﨑選手の練習

 

一見、やりを投げる動作が野球の動きに近いようにも見えたという大越キャスタ-。
大学野球部出身で肩に自信があると伝えると、山﨑選手から「やってみましょうか」と言われ、大越キャスターもやり投げに挑戦してみます、しかし・・・。

やりは10メートルも飛ばずに力なく地面に落ちてしまいます。何度やってもやりにうまく力を伝えられず、真っ直ぐ投げることすらできません。
同じ「投げる」という動作ですが、「野球をしていたから『やり』も投げられる」なんて考えは全く通用しない、競技の奥深さ、そして競技転向から3年間の山﨑選手の努力の大きさが感じられました。

 

 

転向の理由は「アスリートとして成長するため」

小学生時代の山﨑選手

 

生まれつき、右手首から先がなかった山﨑選手。少年時代は地元の野球チームで、白球を追いかけました。

 

大リーグで活躍した、ジム・アボット選手を参考に、グラブさばきを工夫して健常者の中でプレーしてきました。
大学1年生の時には、障害者野球でプレー。日本代表として4年に1度の世界大会にも出場し、1番バッターとしてチームの準優勝に貢献しました。パラ競技への転向を決めたのは、この大会の後だったと言います。

 

 

大越健介キャスター(以下、大越)
私も野球をやっていた身ですが、実は障害者野球のWBCがあるということは知りませんでした。

山﨑晃裕選手(以下、山﨑)
まだまだ世間のひとには知ってもらえてなくて、メディアの方々も少なくて、世界大会とはいえど、お客さんも数えられるくらいしかいなかったので。

大越
野球を去ることへの寂しさはあったんでしょうか。

山﨑
野球では最高峰の舞台に立てて、そこで活躍できたので、正直やりきった。やりきったんですけど、その世界にとどまっていては、アスリートとしてこれ以上大きくなれないなという考えに至ったんです。

強い探究心で競技と向き合う

もっと世界の舞台で自分を成長させたい。
山﨑選手は19歳の時、パラスポーツ選手を発掘するトライアウトに参加。テコンドーやトライアスロンなどの中から、野球で培った肩を生かせるやり投げを選びました。

高い技術と強靱な肉体の双方が求められるやり投げの世界。山﨑選手は持ち前の探究心で競技と向き合います。

 

 

正しいフォームを身につけるために、自宅では物干し竿を使ってフォームチェック。

 

 

トレーニング用具も自分で工夫しました。懸垂をするときは軍手で作った滑り止めを使います。

やり投げに重要な体幹を鍛えるためのウエイトトレーニングでは、義手の先をバーベルにねじで固定し持ち上げます。

 

 

さらに重い、100キロ以上のバーベルを持ち上げようとすると義手が壊れてしまうため、柔道の帯を肩にまき、義手にかかる負荷を軽減。これでバランス良く全身の筋肉を鍛えることができました。

「できないことをできないままで終わらせない」

世界パラ陸上では5位入賞

 

独自の研究と工夫を重ねて記録を伸ばしていった山﨑選手。去年の世界パラ陸上では日本人で初めて5位に入賞。今年5月には60メートル65センチの日本新記録を出し、日本のパラ陸上界を代表する選手のひとりに成長しました。

 

山﨑選手

一番は不可能なことをどう可能にしていくか。
できないことをできないまま終わらせていくのは絶対だめだと思います。

 

 

そして迎えた今回のアジアパラ大会。一投目で思わぬアクシデントに見舞われます。投てきの直後、足がけいれん。コーチと共に対処しますが、震えは止まりません。

 

それでも、山﨑選手は投てきを続けます。
迎えた5投目、自己ベストに次ぐ58メートル75センチを記録しますが、5位でメダルには届きませんでした。

競技を終えて口にしたのは、2年後の東京大会への強い思いでした。

 

山﨑選手

力の強い選手がいっぱいいたので、自分はまだまだだということです。
東京に向けてしっかりリベンジしなきゃいけない相手、倒さないといけない相手なんで、頑張りたいと思います。

 


 

山﨑選手は、去年自らの競技の課程を研究し、「F46男子やり投げ選手が60m投げるまでの課程」という論文にまとめました。独自のトレーニング方法を冷静に分析、検証し、まさに「自分の肉体を科学する」中で現在まで記録を伸ばしています。

尽きない探究心で進化を続ける山﨑選手が、2020年にどのような投てきを見せてくれるのか。期待が高まります。

 

サタデースポーツ/サンデースポーツ2020




こちらは、2018年10月22日に公開された記事です。内容は公開時のものとなります。

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