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スピードでは負けない!東京五輪でマレーシア初の金メダルに挑む

2020-02-04 午前 09:00

ポケット・ロケットマン

最高速度が時速70kmを超える自転車のトラック競技は、大柄でパワーのある選手が有利と言われています。しかしオリンピックの自転車競技でマレーシアに初のメダルをもたらしたのは、人一倍、小柄な選手でした。

アワン選手

アジズルハスニ・アワン、マレーシア出身です。小柄ですが、スピードでは負けません。小さいのに速いので“ポケット・ロケットマン”と呼ばれるようになりました。

 

 

アワン選手が自転車の選手になったのは、子供のころに、近くで国際的なロードレースの大会が始まったのがきっかけでした。アワン選手は以前から、スポーツ選手になりたい、世界で通用するアスリートになりたいと思っていたのです。
アワン選手はトラックの短距離の選手として競技を始め、頭角を現したところで、2005年、オーストラリアの国際的なコーチ、ジョン・ビーズリーさんの目に止まりました。

コーチ ジョン・ビーズリーさん

ジュニア時代に、金メダル3つと銀メダル1つを獲得するところを見ました。そのころから、あの小さな体で、他の国の大柄な選手たちを圧倒していたのですが、決してパワーがあるタイプではなかった。これほどの選手になるなんて見当もつきませんでした。

 

 

アワン選手とビーズリーコーチは、2012年のロンドンオリンピックでのメダル獲得を目標に置いていました。
本人も驚くほどの勢いで世界レベルの選手に成長。2008年の北京大会でオリンピック初出場を果たします。さらにアワン選手は、ワールドカップや世界選手権で何度も表彰台に上がり、ロンドンオリンピックでのメダル獲得が現実味を帯びていきます。

 

結果を残せなかったロンドン五輪

しかし、ロンドンオリンピックを翌年に控えた2011年2月。レース中、大事故に巻き込まれます。板張りのトラックが事故で壊れ、その破片がアワン選手の左足を貫いたのです。

 

 

事故から1年半。体は回復したものの精神的なダメージから調整が遅れていました。ロンドンオリンピックではケイリンとスプリント2種目で入賞したものの、目標としていたメダル獲得は果たせませんでした。

 

コーチ ジョン・ビーズリーさん

失意の中 私たちは次の五輪に向けプランを立て直しました。マレーシア人として自転車競技で初のメダルを獲得するために。

 

リオ五輪 自転車競技でマレーシア初のメダル

迎えた リオデジャネイロオリンピック。アワン選手はケイリンで決勝に進出、ヨーロッパの大柄な選手達とメダルを争います。アワン選手はゴール前、最後の最後に外からかわして3位。

 

 

自転車競技でマレーシア初となるオリンピックメダリストが誕生した瞬間でした。

 

アワン選手

マレーシアの自転車競技は僕が始めた頃に比べ、裾野が格段に広がってきました。続々と出てきている若くて優秀な選手たちを僕がひっぱっていけたらと思っています。

 

 

次なる目標は東京オリンピックで マレーシア初の金メダルを獲得すること。“ポケット・ロケットマン”は今日も夢に向かって走り続けます。

 

※この記事はオリンピックチャンネルのVTRを再構成して制作しました。

 

 

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