ストーリーパラスポーツ

車いすにも優しいアメリカのスタジアム 東京五輪ではどうなる?

2019-01-11 午後 02:28

日本では、まだアメリカのようなユニバーサルデザインで設計されていない施設も多いのが現状です。

2020年の東京オリンピックに向けて年齢や、障害の有無に関係なくみんなが楽しめる空間を作るには?スポーツライターの及川彩子さんのコラムです。

ペトコパークにはブルペンの真横に車いす用の座席が!

雪下岳彦さん

通路を抜けた瞬間にスタジアムが目の前に広がったんですよ。鮮やかな青空と緑の芝生が一面に広がった、その時の光景を今でもはっきり覚えています。

 

雪下岳彦さんは、初めて大リーグのサンディエゴ・パドレスの試合観戦した日のことをそう話す。

ハワイからサンディエゴに引っ越したばかりの独立記念日の7月4日。雪下さん夫婦はパドレスの『ペトコパーク』に恋をした。

 

サンディエゴ・パドレスの本拠地『ペトコパーク』

 

スポーツ観戦に向かう時、ワクワク、ドキドキといった感情の高まりを経験する人が多いはずだ。試合開始時間まで十分な時間があっても、スタジアムまで足早に向かう人がいるのはそのせいだろう。

 

雪下さん夫婦がペトコパークに恋した理由は、スポーツ観戦つきものの高揚感を感じたことに加え、一人のスポーツファンとして、ごく普通に対応してもらえたことがうれしかったからだ。

 

雪下さんは順天堂大学医学部6年の時、ラグビーのプレー中に接触事故で脊髄を損傷、首から下が不自由になり、車いすを利用する生活を送っている。現在は医師、医学博士のほか、スポーツ庁参与としても活躍されている。

雪下岳彦さん

独立記念日だから大リーグでも見に行こうか。そんな軽いノリだったんです。

 

電話でチケットを購入し、いざスタジアムに着いたら案内の人がちょっとモタモタしていたんですよ。でも薄暗い通路を抜けたらスタジアムが広がって。案内された席は一塁側のブルペンの目の前でした。

 

ペトコパークでの出来事を雪下さんはこう語る。さほど期待をしていなかっただけに、感動は大きかった。

雪下岳彦さん

(ブルペン横のような)そんな場所にも車いす席を作れるんだ、と思いましたね。球場を設計した人の思いがないと、その場所に作れないと思うんですよ。

 

ほかのスタジアムの車いす席はどうなっているんだろう、そんな興味から雪下さんはツイッターで「#世界の車いす席」というタグを作って発信、共有している。

車いす利用者を特別視せず 普通に扱うアメリカ

雪下さんの奥さんはこう続ける。

雪下さんの奥さん

通路にあったトイレには『どなたでもご利用いただけます』と書いてあったんです。

 

トイレの前で待っていたらブルペンにいた投手が出てきて、座席とブルペンの間の柵をポンと乗り越えて戻って行ったんです。

 

メジャーの選手も車いす利用者も、赤ちゃん連れの家族も皆、同じトイレを使う。考えただけでも楽しい光景ではないだろうか。アメリカではチケットを受け取る場所や入り口、座席に着くまでの動線も一般の観客と同じ。

だが日本では車いす利用者は一般の出入り口とは別に設けられた専用口から出入りすることが多く、売店などにも立ち寄れなかったり、大人数の友人や家族と訪れても出入り口も別、座席も別になってしまうケースもある。

そういう経験をしてきたからこそ、アメリカのスタジアムで、車いす利用者や障害者を『特別視』せず、『普通』に一人のスポーツファンとして扱ってくれることに雪下さん夫婦は胸が熱くなった。

 

車いすだけではなく障害やヘルプが必要な人への対応も

サンディエゴパドレスの『障害などがあるゲストの方へのご案内』ページ

 

雪下さんが「すばらしいサービスだった」というサンディエゴパドレスのホームページでチケット購入サイトを見ると、『障害などがあるゲストの方へのご案内』というページがある。

 

 

チケット購入方法、駐車場のスペース、座席マップ、聴覚障害のある方への補助器具、車いすの貸し出し、電動車いすの充電場所、エレベーターやトイレ、救護室の場所、介助犬&介助馬利用者への案内など、障害のある人たち、また車いすの利用者やお年寄りが、安全かつ安心して楽しめるような情報がすべて網羅されているほか、災害時にスムーズに避難ができるように動線の確保も、設計段階でデザインされている。

チケット購入に関しても専用のカスタマーサービスに電話すれば、希望する価格帯の座席を購入できる。

雪下岳彦さん

ペトコパークでは外野席、内野席など細かく座席が分かれていますが、どの価格帯にも車いす専用の席が設けられていました。

 

それに驚いたので、『よし、全部の席から試合を見てみよう』と妻と盛り上がり、シーズンチケットを買えばよかったかなと思うくらい通いつめました。何度も行きたくなるようなスタジアムです。

法律で障害者の権利が守られているアメリカ

アメリカでは1990年に障害者差別禁止法という連邦法が制定され、それをきっかけに『ユニバーサルデザイン(年齢、身体の大きさ、障害の有無などに関わらず、すべての人が利用できるように製品、建物、環境をデザインする考え)』が広まった。

ペトコパークを設計したのはアメリカの「POPULOUS(ポピュラウス)」という設計会社で、スポーツ施設などを主に手がけているが、1992年以降に建てられた大リーグの19のスタジアムのうち16のスタジアム、春季トレーニングやマイナーリーグ、大学のスタジアムはなんと76、そのほか8つのNBAアリーナ、12のNFLスタジアム、サッカー、ホッケーなども設計している。

「スタジアムは閉じられた空間ではなく、周囲に溶け込んでいく必要がある」と設計者が言うように、車いす利用者も子供連れの家族も、老若男女が楽しめるような空間を作り上げている。

 

ボルチモアオリオールズの本拠地『オリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズ』

 

ペトコパークだけではない。ボルチモアオリオールズのスタジアムはレフト側がピクニック席になっていて、子連れの家族が多い。

ピクニック席からブルペンを見下ろして、子供達が投手陣にボールをおねだりする姿もよく見られる。法律の制定によって、設計者が思いやりや心遣い、知恵を凝縮し、みんなが楽しめる空間作りが実現した。

どうなる?東京2020の車いす利用者の座席数

 

日本でも障害者に関する法律や条例があり、スポーツ施設などの座席数は全体の0.5~1%にするように求められている。5万人のスタジアムは250~500席という計算になるが、違反に対する罰則はないため、車いす利用者の座席が10席以下というスタジアムも少なくない。(1席というアリーナも存在する)

またアメリカのようにユニバーサルデザインで設計されていない施設も多く、移動の動線、特にエレベーターなどが十分でないケースもある。

しかし、日本でもアメリカに負けないスタジアムが存在する。

 

フクダ電子アリーナ

雪下岳彦さん

2005年にできたジェフユナイテッド千葉のフクダ電子アリーナはアメリカのスタジアムを感じさせてくれますね。

 

建設費用も81億とかなり少ないですが、創意工夫がされているし、車いす利用者も一般の観客と同じ動線で動けるようなすばらしい作りです。

 

 

雪下さんは手放しで褒める。

東京2020は国際五輪委員会のガイドラインが定める0.5~1%という基準に合わす予定だが、果たしてどこまで守れるのか気になるところだ。

雪下岳彦さん

車いす利用者や障害者にとって、スポーツ観戦は『行けなかった経験』が多いので、『行けたら本当にラッキー』という世界なんです。

 

東京はもちろん、世界中のスタジアムで、年齢や障害の有無に関係なく、一人でも多くの笑顔が見られる日が来ることを、そして再び訪れたくなるようなスタジアムが増えることを願ってやまない。

及川彩子

スポーツライターとしてNY在住10年。陸上、サッカー、ゴルフなどをメインに、オリンピック・パラリンピックスポーツを幅広く取材。

 



※こちらは、2019年1月11日に公開された記事です。内容は公開時のものとなります。

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!