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特集 ダービーマッチは絶対負けられないプライドの戦い!「サッカーの園」

サッカー 2022年8月25日(木) 午後1:00

1試合で2000ものプレーが生まれるとも言われるサッカー。その中から「究極のワンプレー」を紹介する番組が「サッカーの園」(BS1で放送)。元日本代表の前園真聖さん、アンタッチャブルの柴田英嗣さんをMCに、毎回さまざまなゲストを迎えてワンプレーに秘められた極意を探る番組です。

 

 

今回のテーマは「ダービーマッチ」。選手、サポーターのプライドがぶつかり合う負けられない戦いです!ゲストの元日本代表・福西崇史さん、中澤佑二さんとともに究極のダービーマッチをお伝えします。

(この記事は2022年7月16日に放送されたものを再構成しました)

「ダービーマッチ」とは・・・

今回のテーマ「ダービーマッチ」とは同じ地域に本拠地を置くチーム同士の対戦ですが、それだけではなく因縁の対戦や歴史上の戦いなどもあります。選手はもちろん気分が高まりますが、サポーターはそれ以上に熱くなるライバル関係の試合です!

 

「世界で一番激しいダービー」アルゼンチンの"スーペルクラシコ"

日本だけではなく、海外にもダービーマッチがあります。英紙「デイリーミラー」が『世界で一番激しいダービー』に選出したという、アルゼンチンのボカ・ジュニアーズ対リーベル・プレートの”スーペルクラシコ”。

 

 

スタンドは両チームの熱狂的なサポーターで埋め尽くされます。一部のサポーターが試合中にフェンスへよじ登りながら応援している光景も・・・。

真の大阪をかけた戦い「大阪ダービー」

海外のダービーも熱いですが、Jリーグも負けていません。まずは現在J1で唯一同じ都市名がチーム名に入っている、ガンバ大阪とセレッソ大阪の”大阪ダービー”。ことし5月、セレッソのホームで43回目の大阪ダービーが行われました。

セレッソサポーター

娘にはガンバサポーターとはつき合うなと言ってます!

ガンバサポーター

サポーター同士の戦いでもある。応援では絶対に負けません!

ライバル心むき出しの両サポーター。スタジアムはピンクと青に染まりました。この大阪ダービーの意味をよく知るのはセレッソの社長を務める森島寛晃さん。

 

森島 さん

スタジアムでサポーターに会うと『どこに負けてもいいけどガンバにだけは負けるな!』と言われる。やはり気持ちのたかぶりというのが一段と変わってきますので、なくてはならないダービーですよ。

セレッソとガンバの両チームでプレーした加地亮さんは・・・

 

加地 さん

ガンバのサポーターはダービーの試合前日には絶対にクラブハウスの前に陣取って、1台1台車を止めてメッセージ付きの紙を1枚1枚渡すんです。『あす勝つぞ!俺らと共に』みたいな。それをもらわないと通してくれない。

試合は前半にガンバが先制。すると後半、ホームのセレッソが反撃。1点を返し後半21分には勝ち越しに成功。結局3-1でセレッソの逆転勝利となりました。


ともに大阪をチーム名に掲げるガンバとセレッソ。その因縁の歴史は長く、セレッソの前身・ヤンマーで歴史を築いたのが釜本邦茂さん。数々の栄光をチームにもたらしました。しかし先にJリーグに加盟したのはガンバ。永島昭浩さんなどが活躍し全国区に。手にした9つのタイトルはガンバのプライドです。

 

一方のセレッソはガンバより2年遅れでJリーグに参入しました。当時について森島さんは・・・。

森島 さん

"大阪でJリーグといったらガンバ"だと、私たちもセレッソにいながら言われていました。"ガンバの森島さん"と言われたり。最初は『羨ましいな』というところから入っていました。

そんなセレッソにも絶対に譲れないワケがあるという。セレッソの本拠地は大阪市、ガンバは吹田市。"俺たちこそ真の大阪だ!"

セレッソサポーター

僕らは大阪!彼らは吹田や。
ガンバサポーター

セレッソは後から来た”後から組”なので。ただ大阪におるだけ!

どこまでも熱い大阪ダービー。ここで両チームのサポーターに忘れられないワンプレーを教えてもらいました。ガンバは生え抜きの選手がチームの苦境を救ったゴールです。

 

2019年の大阪ダービー、当時ガンバは7試合勝利がなく16位と低迷。宮本恒靖監督はチームの中心、今野泰幸選手と遠藤保仁選手をスタメンから外す大胆なさい配に出ます。そんな中、ひとり気を吐いたのがガンバのユース出身、倉田秋選手。0対0で迎えた後半10分に倉田選手のゴールでガンバが先制し、これが決勝点。生え抜きが8試合ぶりの勝利を宿敵セレッソからもぎ取りました。

 

後半、先制ゴールを決めたガンバの倉田選手(2019年5月)

ガンバサポーター

倉田選手はユース出身でガンバ愛がすごく強いので、あれはテンションが上がった!

一方のセレッソは、2017年Jリーグカップ準決勝の第1戦を引き分けで迎えた第2戦です。

セレッソサポーター

思い出すだけで泣きます。木本恭生選手がアウェーで決めた時が一番。

ガンバの壁を壊さないことには、きっと上にはいけないんだと思っていた。ひとつ成長した感じ。

 

後半終了間際、ゴールを決めガッツポーズの木本選手と喜ぶセレッソイレブン(2017年10月)

セレッソは前半、柿谷曜一朗選手のゴールで先制。ところが後半、ガンバにゴールを決められ2試合の合計が3対3。アウェーゴール数はガンバが上で、セレッソはこのままだと敗退。5分のアディショナルタイムも残りわずかでしたが、ここで2年目の木本選手が起死回生の一撃!劇的な決勝ゴールをセレッソサポーターの目の前で決め、これで勢いに乗ったセレッソは悲願の初タイトルを手にしました。

 

中澤 さん

ダービーに勝つことによって、いいメンタルのままいけるというのは大きいと思うんです。メンタルがある程度ダービーで整うというのはあるかもしれない。

「大阪ダービー」について両チームのサポーターは・・・。

セレッソサポーター

シンプルに楽しい。大阪のチームが2つあって競い合えるのも楽しい。

ガンバサポーター

人生そのもの、体の一部。大阪ダービーがなかったら生きていけない。結局、セレッソおらなアカンのかい!って話。

ガンバとセレッソ。真の大阪を巡るナニワの熱き戦い、大阪ダービー。そのダービーマッチは大阪の街を熱くしています。

横浜の「ダービー男」横浜フリューゲルス時代の前園さん

横浜ダービーで前園選手がループシュートをけり込み決勝点を挙げる(1994年4月)

ダービーマッチで無類の強さを見せる、いわゆる"ダービー男"と呼ばれる選手がいます。実はフリューゲルス時代の前園さんがそうだったんです。プロ1年目はJリーグが開幕した1993年。フリューゲルスとマリノスの横浜ダービーでのゴールが、記念すべきプロ初ゴール。

 

すると翌年のダービーでもエドゥーとのワンツーから華麗なループシュートでネットを揺らしました。横浜ダービーでは4ゴールをあげ、すべての試合で勝利。ここ1番での活躍でスターダムを駆け上がりました。

サッカー王国の覇権争い「静岡ダービー」

次は柴田さんの地元でもある清水エスパルスとジュビロ磐田の静岡ダービー。静岡といえば富士山、お茶、そしてサッカー!多くのスター選手を輩出し、サッカー人気は絶大です。ゲストの福西さんも、ジュビロで活躍していました。

 

福西 さん

僕はジュビロなので水色じゃないですか。出身が愛媛なのでオレンジ色も結構好きなんです。それでオレンジを使うとエスパルスサポーターにインスタとかに書かれるんです。『なんでこの色を使うんだ』って。

エスパルスとジュビロ。サッカー王国・静岡の覇権を争う戦い、それが静岡ダービーです。1994年の初対決から28年、J1最多51回もの激闘を重ねてきました。

 

そんな両チームとって伝説となったダービーが1999年の年間王者を決めるチャンピオンシップ。スタジアムには徹夜組、さらにパブリックビューイングにもサポーターがぎっしり!

エスパルスサポーター

絶対ウチが日本一になります!
ジュビロサポーター

きょうはジュビロ絶対勝ちます!

 

澤登 正朗 さん

年間を通してわれわれの方が勝率も高かったので、まず負けないだろうという強い自信を持っていました。

ジュビロのホームで行われた第1戦、右サイドバックの安藤正裕選手が魅せます。実は安藤選手、2か月前にエスパルスからジュビロに移籍したばかり。前半30分、右サイドでパスを受けた安藤選手がそのまま攻め上がり、ゴール前の中山雅史選手へ。ヘディングシュートが決まりジュビロが先制!そのわずか4分後、負けじと澤登選手がスーパーミドルでお返し。

 

一進一退の攻防が続く中、ジュビロが奇策に出ました。ボランチの福西選手をフォワードとして投入。すると延長前半7分、福西選手が右サイドを駆け上がりクロスボール!ペナルティーエリア内でエスパルスが痛恨のハンド。ペナルティーキックのキッカーを務めた中山選手がこれを決めて第1戦はジュビロが勝ちました。

 

舞台をエスパルスのホームに移した第2戦、試合を動かしたのはアウェーのジュビロ。服部年宏選手が先制点。さらに、エスパルスのアレックス選手が反則への報復行為で1発レッドで1点ビハインドの状況で10人となる大ピンチ。エスパルスは絶体絶命のこの状況から、静岡ダービーの歴史に残る奇跡を起こします。今も語り継がれる究極のワンプレー、アレックス選手が退場直後のフリーキック。蹴るのは澤登選手。

 

前半37分、澤登選手が同点のフリーキックを決める(1999年12月)

澤登 さん

これは完璧ですね。よくゾーンって言うじゃないですか。たぶんゾーンに入っていたと思う。28mくらいあったけど、キーパーは"絶対ニアサイドに蹴ってくる"としか思わないんですよ。風も右から来ていましたし、外から巻けばあの角にいくだろうと。あの舞台で、ダービーで戦えたという部分が引き出してくれたのかなという感じはしました。優勝はできなかったですがすべてを出し尽くしたというゲームだったので、一生の宝物です。

澤登選手のスーパーゴールで勢いづいたエスパルスが劇的な延長Vゴール。2試合合計のスコアでジュビロに並び、チャンピオンシップの決着はペナルティーキック戦へ。最後の最後まで声援を送り続けるサポーターたち・・・。激闘の末、年間王者をかけた静岡ダービーを制したのはジュビロ!敗れたものの、澤登選手のフリーキックは伝説となりました。

 

この試合に出場していた福西さん。当時の心境は?

福西 さん

Jリーグのトップを決める試合でもあるのにダービーマッチだったので『よっしゃ、点取りにいってやろう。仕事しなきゃ』と思いましたよ。(エスパルスは)雰囲気の持っていき方がすごかった。(ジュビロは)点を取っている、アレックス退場した、よし勝てる!となるじゃないですか。雰囲気もヤバい!となっているのに、そこでこのプレーなので。ちょっと震える、澤登さんすげえわって言いましたもん。

澤登さんのフリーキックが伝説となった、熱い静岡ダービーでした。

「多摩川クラシコ」中村憲剛さんのバースデーゴール

決勝ゴールを決めて喜ぶ中村選手(2020年10月)

多摩川を挟む川崎市と調布市。2020年、川崎フロンターレとFC東京のダービー、多摩川クラシコ。フロンターレのレジェンド・中村さんは40歳の誕生日でした。究極のワンプレーはこの日に生まれたメモリアルなゴール。同点で迎えた後半29分、ゴール近くまで深く攻め込んだ三笘薫選手からの折り返しを、フリーで待っていた中村選手が左足で決めたのです。このゴールが現役最後のゴールとなりました。

 

 

中村 さん

(三笘)薫が1対1をすることで周りの注意を集める。シルバ選手の視野もちゃんと盗み見た状態で彼の背中から入っているから気づくわけがない。今度は相手選手がカバーに入るからその背後にバックステップで入れば、えぐってきた時に自分がフリーになれるんじゃないかと。一生自分の中に残るゴールです。自分がフロンターレで18年間やってきた最後のゴールという意味では、締めくくりとしてはすばらしかったと自分でも思います。

“残留王”大宮アルディージャの奇跡 「さいたまダービー」

中澤さんの地元、埼玉県にも熱いダービーがあります。浦和レッズと大宮アルディージャのさいたまダービー。今はさいたま市を本拠地とする両チームですが、もともとは浦和市と大宮市だったので街自体がライバル関係で、埼玉の中心は俺たちだ!というプライドがこの一戦に込められています。埼玉の中心は浦和か大宮か?決して譲れない街のプライドがぶつかるさいたまダービー。

アルディージャサポーター

大宮は埼玉で一番栄えている街で、浦和は埼玉で2番目に栄えている街。
レッズサポーター

大宮ですか?あ、嫌いです。

数多くのスター選手をそろえるレッズはJリーグ、アジアチャンピオンズリーグ優勝などの実績を誇るビッグクラブ。一方のアルディージャは当初は観客も少なくスタンドはガラガラ。成績も常に下位で残留争いの常連、ついたあだ名は"残留王"。

 

しかしアルディージャにはレッズに対抗心を燃やす”さいたまダービー男”がいました。アルディージャの桜井直人選手です。

 

2005年のレッズ戦でチーム2点目のゴールを決め祝福を受ける桜井選手(中央)

そう呼ばれるきっかけとなったのが2005年にJ1で初めて行われたさいたまダービー。桜井選手が決勝ゴールを決めてアルディージャが勝利。試合後に桜井選手が発した『大宮のサポーターには浦和の街を堂々と歩いてもらいたい』という言葉が、アルディージャサポーターの心をひきつけました。

 

桜井 直人 さん

大宮のサポータ―はすごく少なかったわけですが、勝ったその日ぐらいは胸を張って堂々と帰ってもらいたい、浦和の街を歩いてもらいたいという思いから自然と出た言葉でした。(ダービーに)勝つか負けるか、というのではなく"勝つか、勝つか"です。

実は桜井選手は生まれも育ちも浦和という生粋の浦和っ子。レッズでプロデビューを果たしましたが結果を残せずにチームを去りました。

桜井 さん

選手として全然評価されなかったという強い反骨心から、ダービーというのは絶対に出て勝ちたいという気持ちが強かった。

”残留王”アルディージャは闘志あふれる桜井選手を中心にレッズに挑んでいきました。当時のアルディージャの印象について、レッズのレジェンド・鈴木啓太さんはこう話します。

 

鈴木 さん

だんだん苦手意識がついてくるんです。アルディージャの選手たちの自信みたいなものは感じていましたね、試合を重ねていくごとに。

そんな"さいたまダービー男"の桜井選手は2009年に引退。ダービーにかける桜井選手の魂は後輩たちが受け継いでいきました。そしてアルディージャは2012年のさいたまダービーをきっかけに、ある偉業を成し遂げます。引き分けに持ち込んだこの試合から怒とうの快進撃。リーグ戦17試合連続負けなしのJ1記録に並びました。

 

記録更新を狙う試合、相手はレッズ。スタジアムには当時過去最多のアルディージャサポーターが押し寄せました。球際の強さで上回るなど闘志むき出しのプレーをするアルディージャの選手たち。攻撃の手を緩めず相手ゴールに迫り、前半アディショナルタイムに先制。そのまま逃げ切って当時のJ1新記録を達成しました。

 

「祝新記録」と書かれた横断幕を広げたサポーターに向かってあいさつするアルディージャイレブン(2013年4月)

桜井 さん

大宮の選手がすごく戦っているというのが分かりましたし、OBとしてもすごくうれしい勝利でした。

アルディージャサポーター

J1に上がれても毎年降格ギリギリのところで何とか残るというのが続いていたので、ここまで通用するチームになったんだなと思いましたね。

さいたまダービーから始まり、さいたまダービーで達成したこの新記録。大宮がJリーグの歴史にその名を刻んだのです。『勝つか、勝つか』の桜井イズムが起こした大宮の奇跡でした。

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