特集 内村航平×水谷隼×須﨑優衣 東京五輪”1年後の告白” アスリートは何を感じていたのか?【後編】

前回は、賛否が渦巻くなか行われた東京オリンピックについて1年越しの本音を語り合いました。
内村航平×水谷隼×須﨑優衣 東京五輪”1年後の告白” アスリートは何を感じていたのか?【前編】
東京オリンピックは、3人の競技人生において決定的な分岐点となる大会でもありました。
後編のテーマは「競技人生」。戦いの果てに、彼らがたどり着いた境地とは。そして、思い描く未来とは。これまでの道のりを照らすキーワードを選び、どんな話をするかは自由です。後半のトークセッション、水谷さんが最初に選んだキーワードは、「孤独」でした。
(2022年7月31日のサンデースポーツで放送した内容を再構成してお伝えします)
競技人生×孤独
水谷さん
「自分の卓球人生を振り返ったときに、個人スポーツっていうのはもちろんあるんですけど、すごい孤独だったなって思うんですよね。僕の場合は、17歳で日本一になってそこからずっと日本を引っ張ってきたんで、やっぱり17歳から自分より強い選手が日本にいないっていうことで海外に行きました。中国行ったり、ロシア行ったり、世界で強い国に行って、そこでとにかく練習しました。強くなればなるほど孤独になるような気はするんですけど。みんなが寄ってたかって倒しにくるから、どんどん仲間がいなくなっているような気がして合宿とかでみんなで一緒に過ごすんですけど、でもやっぱりライバルでもあり、敵でもあって、結局そういう見方でオリンピックの代表を決めなきゃいけないですし。そうなった時に本当に心を開けなかったのかなって思います」
内村さん
「自分の孤独はちょっと違うかな。やっぱり勝ち続けていくことで来年は自分を超えてかなきゃいけないっていう、ライバルというよりは毎年毎年自分を超えてくみたいなところの孤独がすごい強くて。でも自分の中では辛いというよりは自分と向き合えてるなっていうのがすごくあって、面白かったな、いい経験できたなっていう孤独だったかな」
水谷さん
「ライバルが出てきた時ってうれしく感じるんですか」
内村さん
「すごいうれしい」
水谷さん
「でもライバルが出てくると負けるかもしれなくなるじゃないですか。怖くないですか」
内村さん
「うん。怖いより楽しみの方が強かったかな」
須﨑選手
「そのギリギリな戦いになることが?」
内村さん
「そうそう。そういうプレッシャーバトルがすごい好きで。その中で勝つと、より喜びも何倍みたいな」
須﨑選手
「じゃあそのプレッシャーバトルを楽しめるようになったら、もう無双状態に入るんですね」
内村さん
「無双だと思う」
須﨑選手
「ずっと長年トップで戦い続けていた選手って、やっぱりすごく注目を浴びるし、負けられないっていうプレッシャーとかもあると思うんですけど、そんな中、
お2人はどんな気持ちで試合に臨んでたのかなってすごく気になってるんですけど」
内村さん
「レスリングだと、吉田沙保里さん、伊調さんとかもたぶん同じだと思うんだけど。より結果を気にせず、自分が競技を通じて世の中に対して何を伝えたいかっていうところを意識して、できてくると勝ち続けるところにつながるんじゃないかなっていうのは、連覇をしてきて感じたこと」
競技人生×信念
須﨑選手
「金メダルを取りたい思い以外にも、金メダルを取って、世の中に影響を与えたいっていう気持ちがプラスになった?」
内村さん
「やっぱりマイナー競技というか、オリンピックのときしか見てもらえないっていうのがあって。より身近に体操を感じてもらいたいなっていう思いがあって。体操の価値も上げていきたい、競技を通じて、結果を通じて伝えていきたいって思ったのが、ロンドンの後ぐらい。ロンドンまでは、もうほんと自分の結果のみを求めてやってたかな」
水谷さん
「強くなるためには大きな代償は必然だと思うんですよね。それこそみんなが学校行ってる時に、自分は練習してるから強くなったと思いますし。普段からずっと四六時中、卓球のことは考えてましたね。練習してる時だけが練習じゃないと思うんですね。練習が終わったあと、例えば動画見たりとかもそうですし、寝る前も明日はこういう練習しようとか、今日ここが悪かったからこういうふうに修正しようとか、いろんなことを毎日考えていくことによって、気づいたらできないことができるようになってたりするんで。常に考えていることって大事だなって思いました」
内村さん
「考えすぎると夢でも考えちゃう。夢で出てきたアイデアが結構よかったりするみたいなのがあって。基本的に一日中体操の事でフル回転してる感じだったかな、現役中は」
競技人生×ターニングポイント
須﨑選手
「自分は2019年の国内の最終予選で負けてしまって。負けた瞬間は本当にもう、これから先何のために生きていけばいいだろうとか。もうレスリングやっちゃいけないんだなとか、本当に落ち込んで一気にどん底に落ちて、こんな経験したことないくらい落ち込んだんですけど。私が東京オリンピックに行ける可能性は0.01% だなって感じていて。だけど東京オリンピック(開催)が決まった瞬間から、絶対に私は7年後の東京オリンピックに出場して金メダルを取るんだって自分と約束して、毎日その事だけを考えて生きてきたので、もしかしたらチャンスが来るかもしれないその可能性にかけて、準備だけはしておこうって思って。もう1回12月にチャンスができたときは、もう失うものは何もないから全て出し切ろうって気持ちで吹っ切れて戦えたのが、勝利につながったなって思います」
東京オリンピック 混合ダブルス準々決勝で接戦を制し、伊藤美誠選手と喜ぶ水谷さん(2021年7月)
水谷さん
「そういう時やっぱり強いですよね。大逆転っていうか。僕も(東京オリンピック混合ダブルス)準々決勝でほぼ負けてる試合を勝ったから気持ちが吹っ切れて、もう失うものはないみたいな。心のどこかでは不安とか緊張があるじゃないですか。それが何かのきっかけで外れた時に最高のパフォーマンスが出せるような気がします」
リオデジャネイロオリンピック 個人総合決勝 鉄棒で着地を決めガッツポーズする内村さん(2016年8月)
内村さん
「吹っ切れた時、人間強いよね。それはわかる。何でもできる気がしちゃうんだよ。自分もリオの最後の個人総合のときに、平行棒まで終わった時点でだいたい1点の差をつけられている状態で鉄棒をやらなきゃいけない、1点差っていうのは落下の減点と一緒で1回失敗したのと同じっていうぐらいの差をつけられてて。もういいか、みたいに思えた時に過去一番いいぐらいの鉄棒の演技ができて。吹っ切れる何かがあれば、人間強くなれるんだな、何でもできるんだなっていうのはそこですごく感じましたね」
水谷さん
「確かに。じゃあ全部吹っ切れてればいいじゃん、って言われるんですけどそういうわけじゃないですもんね」
須﨑選手
「なにか苦しいきっかけがないと」
内村さん
「そう、きっかけがね」
競技人生×タラレバ
内村さん
「タラレバって、結局あの時こうしてればって言っても、戻るわけじゃないし。すごい嫌いな言葉の1つで、ああしてればとか、だったらとかって本当に考えないようにしてて。思う前にまず考えて、やってそうなってしまったらもうしょうがないって思えるぐらい緻密に考えてやるべきだなって」
水谷さん
「反省するじゃないですか、試合で負けた時とかって。その時考えてしまわないですか。あの時こうしとけばよかったなみたいな」
内村さん
「もう終わったことは本当に気にしないっていう元々そういう性格で。結局考えても答え出ないし、みたいなところはあるかも」
須﨑選手
「私はあの時ああしてればじゃなくて、もう過去は変えられないから次ああいうシチュエーションになった時にこうしようって切り替えますね。その反省を、悔しいから絶対いかしてやろうっていう感じにしますね」
水谷さん
「すごいポジティブなんですね、みさなん」
内村さん
「アスリート思考だね、これはたぶん」
水谷さん
「みんなほんとにアスリートの虫ですね。ほんとにスポーツが好きでやってきて」
内村さん
「好きってやっぱ大事だよね。好きじゃないとほんと続けられないな。引退しても未だに練習してるし」
水谷さん
「すごい。逆に、自分が体操やってなかったときって想像できます?」
内村さん
「いや全然できない。たぶん生まれ変わってもやると思う」
水谷さん
「大好きなんですね」
内村さん
「えっ、そんな好きじゃない?」
水谷さん
「好きですけど、僕はやっぱり振り返ったとき同じ人生歩めないなと。好きだけども、あんな苦しい思いもうできないなって思っちゃうんですよね。卓球選手としては最高の環境でやってきましたけど、人生としては、最低な人生送ってきたなって思うんですよね。何の中身もない、ほんとに卓球だけの人生って思うから、やり直したくないなって思うんですよね」
内村さん
「引退してみて、結局体操を現役でやること以上に楽しいことってないなと思ってて。あれを越えるものにはたぶん出会えないんだろうなっていうのをわかった上で、でもまたやれるわけじゃないし。体操野郎だから、根っからの。体操に関係する事に関しては、全て関わっていきたいっていうことと、それでオリンピックの金メダリストとして、オリンピック競技全般の、オリンピック自体の価値をもうちょっと高めていきたい、そういう活動をしていきたい。でも最終的には、体操をしながら死ねたら本望かな」
競技人生×スポーツ界への提言
水谷さん
「僕らってメジャーかマイナーかって言われたら、たぶんマイナーな競技だと思うんですよね。サッカーとか野球とかバスケって一般的にメジャーといわれる競技で、僕らはオリンピックの金メダリストじゃないですか。でもメジャーな競技の方が知名度があったり、その選手の方がすごいみたいな風潮が日本ってあるじゃないですか。それがどうなのかなと思うんですよね。これだけその種目に対して一生懸命やって世界で1位っていう結果を残したのに、競技によって区別されるのがすごい悔しくて。それをいつも悔しいなと思いながら見てるんですけど、それどう思いますか?」
内村さん
「同じです。サッカーと野球ってプロの組織が出来あがってて、普及のこととかもその組織でちゃんとやり切れてるけど、やっぱりマイナーなオリンピックの競技とかっていうのは、そういうところがまだできてないっていうのが、ちょっと感じるかな。もうちょっとほかの競技とも連携してそういうことをやっていけると、よりオリンピック競技の価値も高まっていくかな」
水谷さん
「ステータスを上げたいっていうのはありますね。どんな競技だろうが、その競技のトップになった人の発言だったり、しぐさや行動ってやっぱり重みがあるから、それがすごいんだよっていうのをみんなに伝えていきたいというのは、引退してからすごく思いますね」
須﨑選手
「私はまだ現役を続けさせていただけているので、お2人が見てきた景色でまだ私は見たことない景色を、これから先もっともっと見ていきたいなって思います」
競技人生×将来像
東京オリンピック 女子50kg級で優勝を決め喜ぶ須﨑選手(2021年8月)
須﨑選手
「自分はまだ若いんですけど、東京オリンピックに人生懸けてやってたんで、東京オリンピックで目標達成できたら辞めようくらいに思ってて。それくらい懸けて、東京が最後って気持ちで挑んだんですけど、決勝戦で勝った瞬間に、もう1回この景色が見たい、次はパリで満員のお客さんの前で金メダルを取ってこの景色を見たいって思って。試合終わった瞬間に次も目指したいって思ったので、自分でもびっくりしました」
水谷さん
「じゃあ連覇する上でのアドバイス、ぜひお願いします。内村さんしかいないですよ、これは」
内村さん
「ロンドンで自分が(金メダル)取ったときも、やっぱり次もこの景色を見たいって思って次を目指せたから、その気持ちだけでもう連覇しているようなもんで。普通は金メダルを取った後って、休みたいなとか、もうしんどい思いしたくないなって思うのが普通なんだけど、その気持ちを持ってるだけで、しかも人生を懸けて取れたっていうのを知ってるっていうのは、誰ができる経験でもないから、そこを知ってるっていうだけで、もうほぼ連覇したようなものっていうか。だから、そのままいけばいいんじゃないかなっていうのが、連覇した身からするアドバイスかな」
――トークセッションを終えて――
須﨑選手
「テレビって忘れるぐらい、カウンセリングに来た感じで、いろんな貴重なお話を聞けて、これからのパリオリンピックを目指していく上で競技人生に活きるお話を聞けたので、これから活かしていきたいなって思います」
水谷さん
「貴重な話が聞けて、ひとりの人間として成長した気がします。あそこまで心を開いていろんな事を話してくださると思わなかったので、自分自身いろいろ感じることがありましたし、現役のときにこういう話ができてたらまた違う未来だったのかなと思いました」
内村さん
「オリンピックに対して誇りを持っているんだなっていうの、随所に出てましたね。今後もっとオリンピック競技が普及、発展していくために、こういう機会を通じて価値を上げていければいいなって。そのきっかけになったんじゃないかなと思いますね」