特集 連載4回目 “勝ちたいから”~鍵山優真の揺るがぬ決意~

連載3回目 “気持ちに嘘はつくな”~羽生結弦が鍵山優真にかけた言葉~はこちらから
北京オリンピック出場を決めた優真は、年が明けるとすぐに動き始めた。2021年の全日本選手権で組み込まなかった4回転ループの猛特訓だ。
オリンピックまであと1か月に迫った1月中旬の練習では9回試みて、成功したのはわずか1回。しかし練習後には、その1回の成功したジャンプの映像をスマートフォンで繰り返し再生して、食い入るように見つめていた。
(優真)
「何回でも見ていられる。やっと自分らしいジャンプが飛べるようになってきた」
オリンピックに向けて気力が充実している様子がうかがえた。とはいえ成功率はまだ低い。それでも4回転ループに挑む理由はなにか、私たちに語った。
(優真)
「勝ちたいから。成長した自分を見せたいのが一番。ネイサン・チェン選手や羽生選手もそうですけど、いろんな選手が何種類も4回転ジャンプを入れて挑んでくるので、自分も負けてられないという気持ちで、ループを演技に入れたいなと思っています。とにかく早く試合がしたい」
優真の父でコーチの正和さんは、心の変化を感じとっていた。
(正和さん)
「練習の内容がかなり濃くなってきた。昔のように試合することが楽しみになってきている。先輩たちを尊敬しているからこそ、やっぱり勝ちたいって彼は言っているので。だから彼の言葉を実現してあげるためにどう工夫していくのかっていうのは僕の仕事ですよね」
2022年2月4日。ついに優真にとって初めてとなる北京オリンピックが開幕。フィギュアスケート会場である北京市の首都体育館で4回転ループへの意気込みを聞いた。
(優真)
「オリンピックマークも見えて、気持ちが高まった。
4回転ループに挑戦することしか考えていません」
まずは8日に行われたショートプログラム、優真は父と磨き上げてきたサルコーとトーループの2種類の4回転ジャンプを次々と決めた。自己ベストを大幅に更新する会心の演技で、日本選手トップの全体2位でフリーへ進んだ。
メダルを狙うなら、リスクを抑えて確実に得点をとりにいく構成もありうる。しかしフリー前日の公式練習で跳んでいたのは、練習を重ねてきた4回転ループ。その決意に一切の揺らぎはなかった。優真の意思を感じとった正和さんはその姿を何も言わずに見つめていた。
そして10日のフリー。演技直前、正和さんは優真に一言だけ声をかけた。
(正和さん)
「オリンピックの舞台で悔いのないように最後まで滑りきろう」
父の言葉を胸に挑んだ優真は“挑戦者”の気持ちで大舞台に臨んだ。
(優真)
「今シーズン、何も挑戦できないまま終わるのはいやだなって思って。オリンピックという舞台でハイリスクな構成で挑むのは、すごく、すごく勇気のいることなんですけど、自分を信じてやるしかないと思って」
冒頭の2本目に跳んだのは、こだわり続けてきた4回転ループ。着氷は乱れたものの、転倒はせずに耐えて演技を続ける。その後、優真はすべての4回転ジャンプを成功させて、初のオリンピックで堂々の銀メダルを獲得した。
自分の心と向き合い続けて、ついにつかんだメダルだった。
(優真)
「本当に山あり谷あり、いろんな過酷な道を進みながら、よく頑張ったなと思います。一番下まで落ちたときにあそこで諦めていたら絶対にオリンピックはなかったなって思いますし、逆に諦めなかったからこそ、ここまで乗り越えられた自分がいると思う。自分にとって全部、全部いい経験になりました」
優真はメダル獲得の2日後。すでに気持ちを翌月の世界選手権に向けて切り替えて練習を再開していた。そこでは自身にとって4種類目の4回転ジャンプ、4回転ルッツに挑戦。見事に着氷をして見せた。さらに4年後のオリンピックへ、優真の進化は止まらない。
★取材メモ「プラス1回転」
優真のスケートはどこまで進化するのか。
2021年の全日本選手権に向けた取材の中で、父の正和さんがあるジャンプに言及した。
世界でまだ誰も成功したことがない5回転ジャンプだ。
「プラス1回転。
彼の4回転サルコーとトーループの完成度を見たら、十分に可能性はある」
実現に向けたプランを語る正和さんの目には力がこもっていた。
一方で、優真本人は5回転の可能性については控えめに語った。
「まずは他の4回転を跳べるようになってから」
北京オリンピックで羽生結弦が前人未踏の4回転アクセルに挑戦したように
優真が5回転に挑戦しフィギュアスケートの新たな扉を開く時代が来るのか。
次回は最終回、鍵山優真の素顔、そして今後についてお伝えします。