特集 連載3回目 “気持ちに嘘はつくな”~羽生結弦が鍵山優真にかけた言葉~

連載2回目 “初心に返ろう”~鍵山優真を支えた父・コーチ 鍵山正和さん~はこちらから
優真はシニアデビューした2020年の全日本選手権で3位に入る。「偉大な先輩」だった羽生結弦や宇野昌磨らの存在は急速に「ライバル」に変わっていった。急成長を遂げる優真にトップスケーターとしての覚悟が問われる出来事が起きた。全日本選手権の大会後の共同会見で、翌年の世界選手権代表に向けての目標を問われたときだった。
(優真)
「まだ僕は全然下の方で、本当にみなさんは手の届かないところにいる…」
答えかけて、優真は口をつぐんだ。その直後、口を挟んだ選手がいた。
全日本選手権を圧倒的な演技で制した羽生だった。
(羽生)
「言っちゃえ、ちゃんと。気にしなくていい。周りのことは考えなくていい」
先輩からのその言葉に、優真は『出るからには上を目指して頑張っていきたい』と答えるのがやっとだった。羽生はその後、会見で自らの発言の意図を語った。
(羽生)
「自分の気持ちに嘘つこうとしていたので。彼の強さは負けん気の強さ、向上心と勢いだと思っている。全日本選手権でも優勝したいって言ってるくらいなので、その気持ちには嘘はつかないでほしいし、その気持ちを胸に頑張ってほしい」
自分の気持ちの弱さを見抜かれていた。
(優真)
「もともと羽生選手と宇野選手だけですら強いのに、さらに世界が加わってくるって考えると、自分がいくら自信を持っててもどれくらい戦えるのか不安だった。羽生選手がいなかったら多分、ずっとネガティブなままだったと思います」
そして1年後の2021年12月、北京オリンピック代表をかけた全日本選手権。
大会前の取材で優真は明確な目標を口にした。
(優真)
「今度は本当に2人を超えなければならない立場にいるのが去年との大きな違い。表彰台の一番上に立って、オリンピック出場権を獲得するのが目標です」
しかし結果は前年と同じ3位。今シーズン、新たに取り組んできた4回転ループは失敗のリスクを考えて封印した。初めてオリンピックの切符はつかんだが、喜びに包まれる訳にはいかなかった。優真は試合直後のインタビューが終わると、羽生と宇野の演技を映し出すモニターに釘付けになっていた。
前人未踏の4回転アクセルに挑んだ羽生は、成功はならなかったものの他の演技を完璧に仕上げて優勝。宇野は4種類の4回転ジャンプ5本という高難度の構成で勝負した。リスクを負ってでも挑戦する姿を2人は見せた。優真は自らが4回転ループを避けざるを得なかったことに悔しさが湧き上がった。
そして、その後に開かれた北京大会の代表選手たちがそろった会見で、
今度は自分の正直な気持ちを語った。
(優真)
「うれしい気持ちはあるが、いまはもっと頑張らないといけないという気持ち。いまのままの構成をしてもほかの選手には勝てないので、新しい4回転をもう1種類練習して、レベルアップできるように」
“勝ちたい”
この思いを叶えるための猛特訓の日々が始まった。
★取材メモ
6月上旬、優真はロサンゼルスで次のシーズンに向けた新しいショートプログラムの振り付けに臨んでいた。
指導するのはアイスダンスの元世界チャンピオン、シェイリーン・ボーンさん。
羽生結弦選手のプログラム「SEIMEI」などを手がけた世界的な振り付け師と新たにタッグを組んだ。シェイリーンさんにお願いしたのには理由がある。
「自分が今までやったことないようなパワフルなスケートをしてみたかった」
2人が選んだのはロックをベースにしたパワフルな曲。ジャズや映画の音楽を中心に演じてきた鍵山選手にとって新たな挑戦だ。
優真がチーターのようだと語るシェイリーンさんは次々と振り付けのアイデアを出して、それに必死についていく。
新しいショートプログラムの振り付けに臨む鍵山優真選手の動画はこちら
全身の筋肉痛にも耐えた5日間の指導が終わり、また新たな魅力が詰まったプログラムが出来上がった。
「最初は自分らしくないって感じてても、練習すれば自分のプログラムになると思う。信じてたくさん練習して、自分の形にできるようにしていきたい」
次回4回目は、北京オリンピックでの4回転ループへの挑戦に迫ります。
連載4回目 “勝ちたいから”~鍵山優真の揺るがぬ決意~