ストーリーパラスポーツ

東京でメダルを取る瞬間を両親に見せたい! パラ競泳・山田拓朗

2019-06-28 午後 06:01

リオパラリンピックの競泳50m自由形S9クラスで銅メダルを獲得した、山田拓朗選手。生まれたときから左腕の肘の先がない山田選手が水泳を始めたきっかけや、はじめて出場したアテネパラリンピックのこと、銅メダルを獲得したリオパラリンピック、そして東京パラリンピックへの思いについて語っていただきました。聞き手は増田明美さんです。

先輩に見せてもらった金メダルが大きなきっかけに

1991年に兵庫県で生まれた山田選手が水泳を始めたのは3歳のとき。すごく水を怖がっていた山田選手をみかねて、ご両親が近所のスイミングスクールに通わせたのがきっかけだそうです。

 

その後、当時所属していた障害者水泳チーム「神戸楽泳会(らくえいかい)」の先輩である酒井喜和選手が、2000年のシドニーパラリンピックで金メダルを獲得。これが山田選手にも大きな影響を与えたのです。

 

「そのメダルを実際に見せてもらったときに、とにかくカッコよかったんです。いつかこれを自分で取りたいと思ったから、本格的に競技の世界に飛び込もうと決めたんですよね。」

初めてのメダル。でも、満足しなかった

山田選手がはじめてパラリンピックに出場したのは13歳のとき。2004年に開催されたアテネパラリンピックに、当時日本人史上最年少選手として出場しました。

 

2016年のリオパラリンピックで初めて銅メダルを獲得しましたが、実は「あまり満足しなかった」そうです。

 

 

「もちろんメダルを取ることが一番重要だと思っていたのですが、目標にしていた25秒台に届かなかったので悔しさが残りました。記録が伴わなかったので、また次に向けて頑張ろうという気持ちになったんです。」

パラリンピックを取り巻く環境の変化に対する思い

東京パラリンピックが決まったことで、パラリンピックを取り巻く環境やメディアの注目度が急速に変化しています。以前は練習環境の確保に苦労するほどだったにもかかわらず、近年は競技環境が徐々に整備され、選手がメディアに取り上げられる機会も増えました。

 

ただ、一方で「選手たちが正直そのスピードについていけていないと思うところがある」と山田選手は言います。

 

「世界大会に行っても、日本の選手が活躍するのが難しくなってきているのが現状。まともに世界で勝負できる選手はごくひと握りで、まだまだ世界と差があるんです。開催国の選手としては、もっともっと高い意識をもって頑張りたいですね。」

銅メダル以上を狙うために強化しているのは「スタート」

東京パラリンピックで銅メダルよりも上を狙うために、現在、山田選手は苦手なスタートの精度を高めるための練習に励んでいます。特に飛び出しのパワーや角度など、入水の時の姿勢を意識しているのだそうです。

 

 

「我々のような片腕の選手は、“ストリームライン”という水泳で一番抵抗の少ない姿勢をとることができない選手が多く、入水の瞬間に水の抵抗を大きく受けてしまうんです。いかに抵抗を減らして、スムーズに浮き上がってこられるかが泳ぎだしのスピードにも関わりますし、一番重要なところですね。」

 

そして、東京パラリンピックでは、ご両親にもメダルを取る瞬間を見せたいと語ります。

 

 

「両親はアテネからロンドンまでは応援に現地に来てくれたんですけど、リオは遠くて治安もあまり良くなかったので来ていなかったんですよね。メダルを取る瞬間はテレビで見ることになってしまったので、東京大会ではぜひ生で見せてあげられるように頑張りたいなと思います。」



※この記事は以下の番組から作成しています。
2018年11月30日放送「増田明美のキキスギ?
内容は放送時のものとなります。

 

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