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大越健介が見た リオ五輪のレガシー 後編

2018-08-09 午後 03:45

サンデースポーツ2020の大越健介キャスターによるリオデジャネイロ・リポート。後編では、人々の心、そして人生にどんなレガシーを残したのか、見ていきます。リオデジャネイロ大会のテーマは「変革」でした。大会をきっかけにリオが抱える最も深刻な社会問題のひとつ、「貧困」を克服し社会を変革しようと、官民挙げて様々な取り組みが行われました。人々の暮らしに人生に刻まれたものは何だったのか。現地取材で見つめると、そこにはうれしい変化や再会、そして重い現実がありました。(サンデースポーツ2020 2018年7月29日放送から)

五輪をきっかけに貧しい人たちにチャンスを 

リオデジャネイロの市街地の一角。夜6時、ホームレスの人たちが夕食に集まります。料金は無料。しかも料理は前菜からメイン、デザートまでのフルコースです。実は、この料理を作っているのは、リオ大会をきっかけに料理の技術を身につけた若者たち。

 

五輪で未来を開いた若者たちが働く

 

それまで、貧困から職業訓練を受ける機会にさえ恵まれなかった人たちです。2年前、リオデジャネイロでは大会をきっかけに、貧しい人が技術を身につけ仕事に就くための様々なプロジェクトが立ち上げられました。そのひとつが、NGOが開いた料理を学ぶ講座でした。

 

 

NGOの創立者 ダビ・ヘルツさん

インフラ面ではなく、貧しい人々にチャンスをもたらすレガシーを残したかったのです。これは世界で最も難しいチャレンジでした。

 

これまで2000人以上が講座を受け、今では一流ホテルに採用される人も出ています。マリア・クラーラさんもそのひとりです。五輪がもたらしてくれたレガシーを身をもって感じていると言います。
 

 
マリア・クラーラさん

五輪がなければ、今この場所で働く自分はいなかったでしょう。NGOの取り組みが私の人生を変えてくれました。これはレガシーだと思います。

子供たちの夢を“ファベーラ”に灯そう

一方で、レガシーを残し続けることの難しさに直面している人々もいます。

 

リオの丘に広がるファベーラ

 

リオデジャネイロに1000以上あるスラム街・ファベーラ。市民の中でも最も貧しい人たちが暮らしています。ここで、うれしい再会がありました。2年前に取材したセバスチャン・オリベイラさん。ファベーラでバドミントン教室を開いています。

 

 

ファベーラでは、貧困から道を踏み外し、犯罪に加担していく若者が少なくありません。「スポーツを通して、ファベーラの子どもたちに夢や目標を見出してほしい。」とオリベイラさんはスポンサーを募り、教室を運営してきました。2年前、この教室から初めてオリンピック選手も誕生。子供たちは自分たちの将来に明るい展望を描くようになっていました。

しかし、2年ぶりに再会したオリベイラさんから最初に告げられたのは、重い事実でした。

夢をつかみかけた ひとりの少年の死

 
 

 
オリベイラさん

ルアンが殺されたんです。私たちは彼を失いました。小さい頃から見守ってきた、私たちのルアンを…。

 

ルアン・ビーテンクーくん。2年前は14歳でした。オリベイラさんは父親が刑務所に入ったルアン君の父親代わりになろうと、親身に見守ってきました。ルアンくんはオリベイラさんのもとでバドミントンがみるみる上達。15歳以下のクラスのブラジルチャンピオンにまで成長しました。

 

2年前のルアンくん バドミントンに夢を抱いていた

 
「オリンピックで金メダルを取りたい」とカメラに向かい語るルアンくん。バドミントンとの出会いが彼の夢の扉を開いた、かのように見えました。

子どもたちの膨らんだ夢がしぼんでいく

しかしリオ大会終了後、状況は一変しました。オリンピック前からの経済危機の余波もあり、教室の運営を支えてきた12社のスポンサーが相次いで撤退したのです。残ったのは3社のみ。選手たちの遠征費用も確保できなくなり、去年カナダで行われた国際大会にも出場できませんでした。国を背負って戦うという夢が、「資金不足」という理由でしぼんでいく。このことは、教室の子どもたちの心に、暗い影を落としました。

ルアンくんも失望から徐々にバドミントン教室に姿を見せなくなり、とうとう麻薬組織の一員になってしまいました。

 

 

オリベイラさんは、SNSを通してルアンくんにメッセージを送り続けます。
「暗闇から抜け出してほしい。息子よ、力になりたいんだ。」

しかし、オリベイラさんの思いは届きませんでした。17歳の誕生日にルアンくんは帰ってきませんでした。関わっていた麻薬組織の掟を破り、殺害されたのです。

 

 

オリベイラさん

僕のせいだ。僕はルアンの心からの父親だった。でも、彼の思いに応えられなかったんだ。

それでもファベーラの子どもたちに夢を

ルアンくんの死後、オリベイラさんは積極的に企業を回っています。これからも子どもたちが夢や目標を持ち続けることができるようにと、繰り返し支援を求めています。すべては、第2のルアンくんを生まないために。

 

 

オリベイラさん

がんばるんだぞ。ファベーラの外には広い世界があるんだから。自分と、家族のために、地道にやるんだぞ。

 

希望は確かに残っています。ある自動車メーカーはオリベイラさんの思いに賛同し、今も支援をつづけています。また、亡くなったルアンくんのいとこ、ビニシウスくんはオリベイラさんのもと練習に打ち込み、13歳のクラスでブラジル代表に選ばれました。「ルアンの分まで頑張って、いずれオリンピックに出るんだ」と目を輝かせています。

スポーツが命綱 ファベーラの中の戦いは続く

強い覚悟でこの場所を守っていく。オリベイラさんは、そう決意しています。

 

 
オリベイラさん

オリンピックが灯してくれた希望を絶やしたくない。私たちにとってスポーツは生きるためにあります。子どもたちの人生を変えるために、これからも戦います。時に不条理な戦いを強いられますが、諦めずににやっていくしかないのです。

 

ファベーラのように犯罪と隣り合わせの子どもたちにとって、スポーツは単なる娯楽や体力づくりの域を超えた、「命綱」そのもの。それだけに、子供たちの心に灯った火を絶やしてはいけない。オリベイラさんの悲壮ともいえる覚悟が感じられました。


われわれ日本人は東京大会で、どんな「心に宿るレガシー」を残していけるのか。大会を一過性のお祭りに終わらせるだけだとすれば、むしろ無責任ではないか。そう肝に銘じたいと思います。

この記事を書いた人

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大越 健介 キャスター

昭和60年NHK入局、初任地は岡山局。政治部の記者、NW9キャスターなどを経てサンデースポーツ2020キャスター。
"スポーツをこよなく愛する親父"の代表として自ら楽しみながら伝える。

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