特集 奥が深い決まり手「はたき込み」の魅力に迫ってみた! 大相撲どすこい研

大相撲の決まり手の中で多く繰り出される「はたき込み」。多くの白星を生む一方で、ファンの間では好き嫌いが分かれ、ときには批判されることも…。毎回ワンテーマで大相撲の魅力を深く掘り下げる「大相撲どすこい研」では、この「はたき込み」を独自の視点で調査!第72代横綱・稀勢の里の二所ノ関親方(元・荒磯親方)と共に、はたき込みの知られざる極意や魅力に迫ってみました!(この記事は2020年11月7日放送の「大相撲どすこい研」を記事化したものです)
はたき込みとは?
その名の通り、手で相手の体を“はたいて”落とすはたき込み。腕や背中をはたくこともあれば「首根っこ」をはたくパターンもあります。
「引き落とし」や「突き落とし」など、似たような引き技も多く、見分けるのが難しい決まり手です。この「はたき込み」に焦点をあてたのは、二所ノ関親方の強い推薦が理由です。親方曰く「はたき込み」は、決まり手の上位を占める、もはや無視できない存在!この技を使うにはセンスも必要で、親方自身は現役時代、使いたくても使えなかったのだとか。これは奥が深そうです!
はたき込みで勝った力士ベスト5
「はたき込み」でよく勝っているのは誰なのか?幕内で「はたき込み」による勝利数30勝以上の力士を対象に、決まり手に占める割合を調べてみました。
第1位は、碧山で25.7%。ただ、同じはたき込みでも、そのスタイルは実に様々。しかし共通点は“立ち合いの当たりの強さ”だと、二所ノ関親方はいいます。
当たりの強さに対抗すると相手の相撲にハマってしまうので、作戦を変えていく必要がある。でも、はたき込みを警戒すると今度は違う技でやられてしまう…。二所ノ関親方は、現役時代、千代大龍や碧山との対戦が本当に嫌だったと振り返ります。
「はたき込み」はリスク大?“自滅度”を調査
はたき込みは失敗すると、相手に攻め込まれ負けてしまうことも。そのリスクは、一体どの程度あるのでしょうか?はたき込みが決まらなかった取組を相撲研究の第一人者である桑森真介教授に見てもらい、はたき込みが黒星につながったかどうか、判定してもらいました。
2020年秋場所の全取組を調べた結果、はたき込みの失敗による黒星は25。一方、はたき込みが決まり手となった白星は23。ほぼ五分五分の結果になりました。はたき込みは、はたくことによって自身の重心が上がるためつけこまれやすく、相手に勢いを与えることになるかもしれない、実はリスクの高い技、とのこと。
二所ノ関親方も現役時代は、むしろ相手がはたいてくるのを待ち、逆にチャンスにしていたといいます。しかし、そんなリスクの一方、過去65年の決まり手全体に占める割合を調べてみると、はたき込みは増加傾向!なぜ、増加傾向なのか、二所ノ関親方に聞いてみました。
親方が注目したのは、立ち合いのルールが“立ち合いから両手を地面について立つ”ことに見直された1984年。このころから「はたき込み」が増えてきているのでは、と分析します。また、突き押しが増えてくるなど相撲のスタイルが変わってきたことも、はたき込みの増加につながっているのでは、と話してくれました。
歴代の「はたき込み」の名手と、その技術
それぞれの時代には、「はたき込み」の名手と呼ばれる力士がいました。まずは昭和40年代に活躍したはたき込みの名手、大横綱・大鵬。相手を土俵にたたきつける強烈なはたき込みで、はたき込みの勝利数は年間1位を4回も記録。
二所ノ関親方曰く、大鵬のはたき込みは“ぬれ雑巾で上からバチーンとたたかれているような感覚”として有名なのだとか。
ところが、そんな大鵬のはたき込みをめぐって、かつてこんな事件も。大鵬が45連勝で迎えた一番。大鵬の土俵際での「はたき込み」で相手の足が先に出て、行司の軍配は大鵬に。しかし、物言いがつき、勝敗は逆転。大鵬の連勝記録はストップ。ビデオ判定が導入されるひとつのきっかけになったとも言われています。
続いての名手は「はたき込みを極めた」とまで言われたスペシャリスト、元関脇の舛田山。
はたき込みで勝った割合は、歴代トップの31.6%!相手は「はたき込み」があると分かっていても決められてしまうという、まさに名人技!
そして3人目、平成のはたき込み名人と言えば…元大関・千代大海!
はたき込みで挙げた白星の数は、歴代最多の118。激しい突っ張りから一転、土俵を広く使いギリギリで決めるスタイルで、多くの白星を重ねました。
二所ノ関親方も、かつて新入幕だった2005年頃、千代大海関にずいぶんはたかれて負けた記憶があるのだそう。突っ張りの回転数、突き押しの速さが特徴で、“突き押しがあってのはたき込み”だったと話してくれました。
「はたき込み」が多いのは、何日目?
今回どすこい研では、はたき込みが幕内で何日目に多いのかも、調べてみました。すると初日がダントツの1位!続いて14日目、13日目と、初日とは真逆の終盤に集中する結果になりました。自身の経験からも、初日、2日目、3日目というのは、たいてい浮き足立っている、という二所ノ関親方。しかし、ここで白星ひとつ挙げるか挙げないかで、その場所はだいぶ変わってくるのだといいます。そのため初日にまずは白星スタートしたい、1勝して安心したい、というのが、はたき込みが多いという結果になっているのではないかと分析します。一方、13日目、14日目にも多い理由は、体の疲れなどもあるのでは、と推測。後半戦は、力が同じくらいの力士どうしが当たってくるので、はたき込みになる可能性は高くなるのだといいます。
はたき込みは下剋上につながりやすい?
どすこい研のスタッフは、さらに、別の切り口でも技の出やすさを調査。そして「番付が下位の力士が上位と対戦する時のほうが、はたき込みが決まりやすいのではないか?」という仮説にたどりつきました。そこで、はたき込みが増えた、ここ10年の幕内の決まり手を改めて分析。その結果、決まり手全体で8.7%だった「はたき込み」の割合は“前頭の力士が小結以上の力士に勝った取組”に限ると1.5ポイント増加。しかも、その増加幅は、すべての決まり手の中で最も大きいことが判明!つまり、はたき込みは「下剋上に最適の技」と言えるのでは?と、二所ノ関親方に聞いてみました。
二所ノ関親方によると、番付が下の力士の場合、まだ研究され尽くしていない部分もあり、格上の力士にとっては何をしてくるか分からない存在、とのこと。「何でもしてやろう」という気持ちの相手と対戦すると警戒してしまい、いつもの立ち合いがしにくくなるのだとか。そんなときに、はたかれて負けたりするのだといいます。
人によってはネガティブなイメージもある「はたき込み」。しかしそのスタイルはさまざまで奥深さがあり、誰もができることではない、立派な“引き技”のひとつです。はたきの名手にとっては、押し相撲も“はたき”という“引き”があってこそ。ただ押してくるだけでは怖くないのだといいます。そんな引き技を持ち味とする力士が、それぞれどんな面白いはたき込みを繰り出すのか、皆さんも注目してみてはいかがでしょうか?