特集 力士たちの技法・駆け引きが凝縮!勝負の9割は「立ち合い」で決まる!? 大相撲どすこい研

至近距離から、巨体がぶつかり合う大相撲の「立ち合い」。勝負の9割を決めるとも言われる、その一瞬の攻防には、力士たちのさまざまな技法や駆け引きが詰まっています。
毎回ワンテーマで大相撲の魅力を深く掘り下げる「大相撲どすこい研」では、今回そんな立ち合いについて独自の視点で調査!二所ノ関親方(元・荒磯親方)と共に、立ち合いの意外な真実に迫ります!(この記事は、2020年9月6日放送の「大相撲どすこい研」を記事化したものです)
立ち合いで勝負が決まる!?
現役時代は毎日相撲のことを考え、人と会話するときや食事をとるときにも“立ち合いの呼吸を合わせる”ことを考えていたという二所ノ関親方。
立ち合いの一番大事なところは “自分の土俵にする”ということ。いかに先手を取って自分のペースにもっていくか――。立ち合いで有利になれば、そこで勝敗が決まると言っても過言ではないといいます。
立ち合いで優位にたつことがいかに大事なのか?
明治大学相撲部の元コーチであり、相撲研究の第一人者でもある桑森真介教授に協力を依頼し、過去の取組の映像から立ち合いで優勢の力士が果たして勝つのか、調べてみました。
動き出しから0.5秒後に映像をストップ。この段階でどちらが優勢か判定してもらいます。
2020年の春場所の終盤5日間の取組100番を調査して検証した結果・・・
両者の優劣がつかなかった取組を除く92番のうち、優勢の力士が勝ったのは58番。その勝率は63%に上りました。
幕内全力士を徹底調査!立ち合いNo.1力士は?
力士によって立ち合いで重視するポイントは様々。しかし中でも大事な3つの要素を、8Kの大相撲中継班が計測していました。
中継班が目を付けたのは、まわしの結び目の位置。その動きを30分の1秒ごとに計ることで、立ち合いに必要な要素を数値化、今回は以下の3つの要素を算出、ランキングにしてみました。
・相手にぶつかった瞬間の結び目の位置から「腰の低さ」を算出。
・結び目の移動距離を時間で割ることで「スピード」を算出。
・スピードと力士の体重のデータから「当たりの強さ」を算出。
まずは「腰の低さ」部門。横綱や大関らを抑えて第1位に輝いたのは、炎鵬で73㎝!
炎鵬(左)
変幻自在の立ち合いで観客を沸かせる、炎鵬!低い立ち合いで当たりをかわし、相手の体勢を崩す。深く沈んで懐に飛び込み、まわしを取りにいく。この低さが炎鵬の持ち味なのです。
続いては「スピード」部門。第2位までの力士はご覧の通り。見事スピード王に輝いたのは、歴代最多の優勝回数を誇る、元横綱・白鵬で2.00m/秒!
素早い踏み込みでまわしを取り、得意の四つ相撲に持ち込む。常に相手を圧倒するスピードは、驚異の秒速2メートル越え!立ち合いを制するこの抜群のスピードが、白鵬の強さを支えていたのです!
最後は二所ノ関親方が最もこだわる「当たりの強さ」。第1位は元大関の朝乃山で400㎏重!
立ち合いでこれまでに一度も横に変化したことがないという朝乃山。当たりの強さ、衝撃度は、自分の体重の3倍以上になることも!
朝乃山の1歩目の衝撃の強さは、両足でしっかり地面について、相手に衝撃を与えているからこそ。二所ノ関親方も、まさに自分が現役時代に理想としていた相撲だと感服していました。
明治時代には立ち合いに1時間以上の取組も!
大相撲は対戦する2人の呼吸、両者の呼吸で取組が始まります。アマチュア相撲では審判の「はっきよい、のこった」の掛け声で始まるのがルールですが、大相撲では行司が合図を出すことはなく、タイミングは力士同士で決めているのです。かつて明治時代には、2人の心が通い合わなかったために、こんな取組もありました。
明治45年の夏場所3日目、太刀山と千年川の対戦では、なんと立ち合いに1時間以上かかったのです。
これは千年川のじらし作戦だったようで、その間30回以上も仕切りを繰り返したそう。千年川はその後「待った、待ったが長すぎて、俺は立つ道を忘れた」――つまり、立ち合いのしかたを忘れてしまったというコメントを残しているのだとか!
その後、取組自体は、なんと1秒もかからずに終了。1時間以上仕切っておいて一瞬で負けたとあっては、太刀山もさぞかし腹が立ったことでしょう…。
現在では土俵に上がってから立ち合いまでの時間に規定が設けられ、制限時間は幕内で4分。その間仕切りを繰り返し、2人でタイミングを合わせていきます。
二所ノ関親方曰く、立ち合いは呼吸を合わせるためのとても大事な作業。1回目で立つことは難しく、立ち合いを3回、4回と繰り返していくうちに呼吸が合ってきて、ようやくいい立ち合いができるのだとか。普通の人が見ると一見意味がないような“待った”が、実は力士にとってはとても必要なことなのだといいます。
“待った”は壮絶な心理戦
3度目の立ち合いが合わず、伊勢ケ濱審判部長(奥)に注意される稀勢の里(左)と白鵬(右)
時には“待った”もやむを得ないという二所ノ関親方。現役時代、最も呼吸を合わせにくかった相手は元横綱・白鵬だったといいます。白鵬と稀勢の里の対戦、通算60回の取組を調べてみると、“待った”の数は実に25回も!
これは、白鵬の立ち合いの駆け引きがものすごくうまい証拠だという二所ノ関親方。
自分優位に立ち合いを進めると白鵬が待ったをしてくる。そこで最初に白鵬に手をつかせ、あとから立とうと作戦を立てると、今度はなかなか手をついてくれない。
白鵬はこの駆け引きがとてもうまく、なかなか自分の思いどおりにはいかなかったのだとか。しかも一回“待った”が出ると、その一瞬で手の打ちがばれてしまうことも!そのため急きょ作戦を変更するなど、立ち合いの中ではすでに、実に様々な駆け引きが始まっているのです。
立ち合いの瞬間はスローモーション!?横綱にしか見えない世界
立ち合いの重みについて、どすこい研では元横綱・白鵬(現・間垣親方)にも話を聞きました。
出てきたのは意外な言葉…!なんと立ち合いの瞬間はスローモーション、つまり周りの動きがゆっくり見えるのだとか!“勝って当たり前”の横綱の場合、ものすごい集中力が働くもの。しかし、白鵬の場合はそれだけではありませんでした。
「僕の場合はもう一つ、負けということは死だと思っているんです。だから脳がそれくらい、きっとあの何秒で違う次元に行っているのかもしれませんね」
…この意識高さには、二所ノ関親方も感服!
一方の二所ノ関親方は、「立ち合いの瞬間相手が何をしてくるかが分かった」と振り返ります。次、こうくるな、こういう立ち合いくるな、こういうこと考えているな、ということが分かるようになってきた時、優勝できて横綱になれたのだとか!横綱たちの立ち合いの瞬間には、横綱の域に達した者にしか見えない、究極の世界が見えているのでしょうね。
二所ノ関親方(元・荒磯親方)が考える立ち合いのポイントは、“仕切り”と“相手の心と体を読み取る”こと。
相撲の勝負は、立ち合いの仕切りからすでに始まっていると語る二所ノ関親方。だからこそ仕切り中に相手の心と体をしっかり読み取るということが大事なのだといいます。
知れば知るほど奥の深い「立ち合い」。これまで単なる儀式…なんて思っていた方も、相撲を見る際にぜひ注目してみてください。その醍醐味を一層楽しめるはずですよ!