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特集 殻をやぶるなら、いま フィギュアスケート・鍵山優真

フィギュアスケート オリンピック 2021年11月8日(月) 午後7:00

流行りの音楽よりも夢中になるものがある――鍵山優真選手18歳、フィギュア界でオリンピックメダリストの羽生結弦選手、宇野昌磨選手に次ぐ存在と注目のアスリートです。元オリンピアンの父のもと2022年北京オリンピック代表を目指す中、2021年3月の世界選手権では銀メダルを獲得。オリンピック2連覇中の羽生選手を上回る結果を残しました。

 

遠い憧れだった先輩たちが競うべきライバルに変わったいま、問われたのは世界と戦う覚悟。急成長する18歳のいまを見つめます。

ユースオリンピックで金メダル獲得

 

2020年ユースオリンピック。その華やかな雰囲気に舞い上がる、当時高校一年生の鍵山選手がいました。


4回転ジャンプを軽々と飛び、膝のやわらかさを生かしたクリーンな着氷。さらに、回転速度が速く正確なスピン。鍵山選手は大舞台でも伸び伸びとした演技を見せ、逆転優勝で見事金メダルを獲得。

 

ソルトレークオリンピック代表 本田武史さん

ここまで成長するとは思っていなかったんですよね。スケーティングのスピード感、そのスピードを生かしたままのジャンプの高さだったり、回転の速さですね、「あぁこの子くるだろうな」っていう直感はありますよね。


関東のリンクを拠点に練習する鍵山選手。通信制の高校に通いながら、ほとんど毎日をリンクで過ごしています。


リンクサイドでその姿を見つめるのは、元フィギュアスケーターで2回のオリンピック出場経験を持つ父、正和さん。

 


鍵山選手はその後指導者となった正和さんに連れられてリンクに通ううち、スケートに興味を持ちました。どんどんスケートにのめり込んでいく息子に、正和さんは複雑な気持ちもあったと言います。

 

正和さん

結果が出ようが出まいが、一生懸命打ち込んでくれればいいって思っていたんですよね。いつ辞めてくれてもいいや、というのもありました。知っているので。厳しさを。だからこんなところに足を突っ込んでくれるなというのも、親としては正直なところではありました。

自分の色を出していくには…課題は表現力

 

2019年の全日本選手権では羽生結弦選手、宇野昌磨選手に続く3位。オリンピックの可能性が見えてきました。それでも、鍵山選手は憧れの先輩と並び立つ自分をイメージできませんでした。

 

鍵山選手

羽生選手や宇野選手についていくだけではだめだと思うので。自分の色を出していくというのはすごく難しいと思う。まだまだですね。自分の色を出していくのは。


それでも鍵山選手は、来年の北京オリンピックを本気で目指したいと父に伝えます。

 

正和さん

気持ちをもっと前面に前面に出して全てを究めていかなければ、手は届いてこないのかなという風には思っています。


北京オリンピックに向けて、親子は大きな決断をしました。

 

 

浅田真央さんなど数多くのトップスケーターの振り付けを担当してきた振付師のローリー・ニコルさんに、振り付けを依頼したのです。


ローリーさんの特徴は、やわらかな動きの中に多彩な振り付けを施すこと。ジャンプやスピンの間に細かいステップや手足の動きを入れることで、表現力豊かなプログラムを作ってきました。


 

鍵山選手のいまの課題は表現力。3位となった2019年の全日本選手権では、演技構成点で上位二人と大きな差がありました。

 

演技構成点とは、音楽の解釈や曲に合わせて多彩なスケーティングができるかなど、全体の出来栄えが評価され、選手の個性が一番現れる部分です。

 


表現力に課題を持つ鍵山選手に対してローリーさんが提案した曲は、映画「アバター」。大自然の中での不思議な生き物との交流や美しい情景を描いた物語を、滑りで表現します。

鍵山選手

神秘的な森の、そういう世界観を表現しました。映画を見ていない人でも伝わるようにやらなければいけないので、どう伝えたらいいのかっていうのが、すごく難しかったです。こんな振り付けやったことないよっていうのが多すぎて、体力的にも大丈夫かって思ったし、これを滑りこなせる自信はそんなになかったですね。

技術だけでは伝わらない

「アバター」を始めて3週間足らずで臨んだ公式戦、その難しさを突きつけられました。得意のはずのジャンプで転倒、自由に空を飛び回るイメージを表現したステップでも転倒。表現力が評価される演技構成点は74.10と伸び悩みました。

 

鍵山選手

単純に下手くそだったなという、その一言だけなんですけど。結構つなぎとかも凝っていて、(転んだ)コレオも見どころだったけど、そこがなくなってしまったので、表現力の部分としては全然できなかったなって思います。

 

世界選手権の出場権がかかる全日本選手権まで、あと一ヶ月。この日の練習は深夜2時から。カナダに住むローリーさんからオンラインで振付指導を受けます。

 

ローリーさん

彼の動きを見ると多くが中途半端で何をしているか分からなかった。これでは腕を動かしているだけで、何をしているのか伝わらない。無表情のまま正面を見ているだけだったら何も意味がありません。でも目が輝き太陽に向かって顔を上げて、胸を広げて自分自身を解放したら、周囲の人にも感情がより見えやすくなる。

 

技術だけでは伝わらない、体の動きから顔の表情まで、もっと気持ちを込めないと伝わらない、とローリーさんは言います。

鍵山選手

眉毛を上げろとか目を開けとか、そういうことも細かく言われたので、そんな細かくやるんだと思いましたし、ちょっと難しいなって思いました。

 

「アバター」で臨む二試合目は2020年11月のNHK杯。結果は優勝したものの、納得はできないものでした。

 

鍵山選手

50%はいってたと思うけど全然完成度は高くなくて。動くタイミングとか、全体的にずれてたりしたので。滑るのに精いっぱいだったので、合わせている余裕がないというか。

 


全日本選手権が近づく中、鍵山選手はさらに練習量を増やしました。日によっては、朝昼晩の三度練習。ローリーさんから教わった動きを、体にしみこませていきます。夜10時を過ぎても続く練習。父、正和さんが見守る中、ほぼノンストップで曲をかけた練習を繰り返していきます。


正和さん

超一流どころ、いわゆる怪物選手たちと肩を並べていくためには、やっぱり怪物級の練習をしなくてはいけない。誰が見ても真似できないぐらいまで練習をしていかないと追い付けない。彼らは経験を積んであそこにいるわけじゃないですか。その経験のなさをどうやってカバーしていくかって、もう練習しかないと思うんですよね。

スケートをするのは自分だけのためじゃない 父に対する思い

父の指導に食らいついていく鍵山選手。鍵山選手には、父に対する特別な思いがありました。


3年前、スケート漬けの毎日を送っていた二人に訪れた危機――正和さんが脳出血で倒れたのです。

 

鍵山選手

いままでずっと教えてきてくれた人が急にいなくなるというか、何が起きているか分からなくて。



命はとりとめたものの、いまも左半身に麻痺が残る正和さん。後遺症に苦しみながらも、息子の指導を止めることはありませんでした。

 

正和さん

コーチとしての役目だけではなくて、親としての務めをこの体で果たしていけるんだろうかとすごく不安だったし、氷の上に立てない状態で役に立っているんだろうかっていう…ジレンマというか。


鍵山選手

精神的にも辛かったりとか、そういう時期があったと思うので。自分が頑張ることによって少しでも元気を…その試合の成績が良くても悪くても、自分が元気に滑っていることさえ見せることができたら、少しでもお父さんも元気出してくれるかなって思うので。


 

スケートをするのは、決して自分だけのためじゃない。あの日以来、鍵山選手は心に秘めてきたのです。

上2人との差が縮まらない…もっと頑張らなきゃいけない

憧れだった羽生選手、宇野選手との差を縮めたいと臨んだ2020年12月の全日本選手権。ショートプログラムを終えて、鍵山選手は両選手の間に割って入りました。

 


勝負のフリー、直前に滑ったのは宇野昌磨選手。3種類の4回転ジャンプで高得点をマークし、会場が沸き立ちます。

 

 

後に続く鍵山選手は、得意のジャンプで失敗。順位を意識して安定感を失っていました。磨いてきたステップも、ターンが不十分で体も大きく使えていないと低評価になってしまいます。結果は3位。満足のいく出来ではありませんでした。

鍵山選手

宇野選手の後で、嫌でも点数が聞こえちゃうわけですけど、やべーと思ってすごく緊張して。

 

 

全日本選手権 フリー演技構成点
優勝  羽生選手  97.22
2位 宇野選手  92.36
3位 鍵山選手  86.22

 

目標だった世界選手権の出場権は獲得したものの、2人との差は縮まりません。

 


そして大会後の記者会見。鍵山選手のいまを象徴する出来事がありました。


「世界選手権で自分のライバルになりそうな選手は?」との問いに対して、口ごもってしまう鍵山選手。先輩たちを前にして、いつもはっきりと語っていた目標を口にすることができませんでした。

 

 

そんな鍵山選手に「周りのことは考えなくていい」と羽生選手が助け舟を出します。

 

羽生選手

自分の気持ちに嘘をつこうとしていたので。そういうことはいらないよって。僕は、彼の強さは、その負けん気の強さだったり、向上心だったり、勢いだと思っているので。

 

自分の気持ちの弱さを見抜かれていたのです。

 

鍵山選手

言いたいけど…勝ちたいって言いたいけど――怖くて。この試合、改めてあのメンバーの中で本当に勝ちたいって言えるのだろうかっていうのがあって。


全日本選手権で見せつけられたトップとの差。このままの自分ではだめではないかと考え始める一方、シーズンの疲れが出てくるこの時期、練習の調子はなかなか上がりません。

 


「全然動ききれてない。あれじゃだめだよ。」――精細を欠く演技に、正和さんが厳しい言葉をぶつけます。

 

正和さん

お前は一体誰を相手に滑ろうとしているんだ?インターハイが目的なんじゃないんだぞ!何を目標に、何のために練習をしているかしっかり考えていかなきゃ。失敗の仕方が間違っていたら良くないよ。

 

世界で戦ってきた経験から伝えた言葉でした。

 

正和さん

このままでは(世界選手権に)ただ行くだけ。自分が思い描いている目標なんか、とてもじゃないけど達成はできないですね。やらされている練習では限界があるんですよね。やっぱり自分の意思でやっていくっていう気持ちがないと。特に個人スポーツなので、自分の意思で動けるようにならないと。

 

鍵山選手

いまの練習ではいけないんだというのを感じましたし、ちょっと足りないなって、もっと頑張らなきゃいけないなって。

自分の意思で…鍵山選手の変化

世界選手権まであと1か月。非公開での練習で、ローリーさんと振り付けの確認を行いました。鍵山選手はこの日、演技の中で感じていた違和感をローリーさんに伝え、振り付けの修正を求めました。

 

鍵山選手

自分が一番気持ちいいと思える滑りだったり動きで、いかに魅せることができるかっていうのが大事だと思っているので、直せる部分は全部直そうという感じでやりました。


いつも控えめだった鍵山選手の変化。その日の演技に、ローリーさんは驚かされたと言います。

 

ローリーさん

私自身カメラを通じて様子を見ている感じがせず、まるで私がリンクサイドにいるかのようにはっきりと優真のエネルギーを感じました。月ごとに成長していく姿を見るのがとても楽しみ。考えるだけで鳥肌が立ってしまう。


 

世界選手権に出発する直前の仕上げ練習。ショートプログラムの滑りを正和さんと確認します。仕上がりはほぼ完璧。正和さんがOKを出して練習を終わらそうと思ったその時――鍵山選手はまだ続けたいと父に伝え、自分の意思で練習を進めます。

 

正和さん

だいぶ意識的に変わった部分は大きいんじゃないですかね。彼は十分頭で把握してやってくれているので、やはり雰囲気は変わりましたよね。

自己ベストで銀メダル獲得

 

そして向かった世界選手権。鍵山選手はショートプログラムで2位につけます。

 


フリーの直前に滑ったのは、世界最高得点の記録を持つネイサン・チェン選手。4回転ジャンプを次々決める圧巻の演技を前に、それでも鍵山選手は自分のことだけに集中していました。

 


磨いてきた「アバター」。自分の意思で変えた振り付け、気持ちを前面に出すことを求められた最後のステップ…この半年、追い求めてきたことをやり通しました。

 


結果は、自己ベストで日本選手トップの銀メダル。歓喜のガッツポーズが溢れました。

 

鍵山選手

なんか、重たいなぁって嬉しかったです。(父に)思い切りできたか?と言われたので、後悔はないよって、そういう話をしていました。

正和さん

親が言うことではないのかもしれないですけど、まぁ、よくできた子じゃないですか。間違いなくそれは、あの子自身が手に入れたものじゃないですかね。

 

かつて「自分の色を出していくのは難しい」と語っていた鍵山選手。しかしいまは「白でいいんじゃないかと思う」と言います。

 

鍵山選手

いろんな表現をしていかなくてはいけないので。いまは白のまま、いろんなシーズンを通して、自分に合う色、合わない色だったり、いろいろ発見できればいいかなって思います。

 

優しくて、真っすぐ。2022年の北京オリンピック、そしてもっと先まで――鍵山優真選手のこれからの成長と活躍に注目です!

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