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特集 “全集中”でコントロール!? アスリートだけのものじゃないアドレナリン

その他のスポーツ 2021年11月15日(月) 午後7:20

アドレナリンが出て、良いパフォーマンスができ、試合に勝てた!」「アドレナリンが出ているから試合中はタックルの痛みは感じない」という表現を聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。

 

そもそもこの“アドレナリン”とは何か…?なぜアドレナリンが出ていると良い状態になるのか…?アスリートでなくてもアドレナリンが出せたら良い状態が作れるのでは?という素朴な疑問が湧いてきました!

 

そこで、アドレナリンと深い関わりのある自律神経研究の第一人者である、順天堂大学の小林弘幸先生に話を聞きました。

生き延びるためのホルモン「アドレナリン」

ーーそもそもアドレナリンとは何ですか?

 

小林先生:アドレナリンとはホルモンの一種です。ホルモンには、健康や生命、成長などを維持するために、体のさまざまな機能を調節する役割がありますが、アドレナリンは、人間が外敵から襲われ、生き延びるためには戦うか逃げるしかないといった、まさに生命の危機というような状態になったときに出るホルモンです。

 

ーーまさに「ここ一番!」といったときに出るホルモンということですね。では、アドレナリンが出ると体内ではどのような変化があるのですか?

 

小林先生:いつも以上の力が出せる状態になります。アドレナリンは、心拍数を上げ、体内により多くの酸素を供給できるように血流を流します。そして筋肉にエネルギーを送ったり、瞳孔を開いて周囲がよく見えるようにしたりします。あと、膀胱を広げて尿をためやすくしたりもします。戦ったり逃げたりしている途中に、おしっこをしたくなったら困りますからね。

 

 

ーーなるほど。ふだん以上に力を発揮できるようになるから、アドレナリンとアスリートのパフォーマンスには深い関係があるのですね。そのアドレナリン、体内のどこで作られているんでしょうか?

 

小林先生:アドレナリンは、主に、腎臓の上にある副腎髄質というところで作られます。そのほか、脳や自律神経の交感神経節でも作られています。そして、生き残りをかけたような状態になると、脳からアドレナリンを出すように指令が出て、脳の視床下部というところで拡散して「やるぞ!」というように感情に働きかけたり、交感神経節を通って身体の機能として戦闘態勢を整えたりして、心と体の準備をするんです。

アドレナリンは出すぎると問題がある!?

 

ーー今のお話を聞くと、アドレナリンが出ると、元気になって体中に力があふれるようなイメージがありますね。アドレナリンは出れば出るほど、いいんでしょうね?

 

小林先生:いえ、実はそうではないんです。科学的に正しい表現ではありませんが、私は、アドレナリンには「いいアドレナリン」と「悪いアドレナリン」があると言っています。「悪いアドレナリン」というのは、アドレナリンが出すぎている状態です。そのような状態では血流は増加しますが、末端の血管は収縮したままなので、体がかたくなって思うように動けなくなり、アスリートであれば、パフォーマンスは悪くなってしまいます。また「悪いアドレナリン」が出た状態が続くと、自律神経にも悪影響を与えて、冷え性になったり、自律神経失調症になる場合もあります。

 

ーー「アドレナリンが出過ぎる」というのは、どのような場面ですか?

 

小林先生:ひとつには、不必要に緊張しすぎているような場面です。アスリートの場合なら、試合で失敗したらどうしよう、負けたらどうしようなど、過度な心配をしていると、こうなります。その結果、いま話したように体がかたくなって、動きも悪くなってしまいます。

 

日常生活でいえば、常にストレスを受けているような状況です。例えば、コロナ禍などはわかりやすい例です。いま、緊急事態宣言も解除されて少しずつ元の状態に戻ろうとしていますが、一時はニュースを見ればコロナのことばかりだし、暮らしや娯楽には制約があるし、多かれ少なかれ、誰もがストレスを感じていたと思います。このような状態は、いわば戦闘状態でもあるのでアドレナリンが出るんですが、それが続くとボディブローのようにじわじわと身体に悪影響が出てきます。だから私は、アフターコロナでは、自律神経失調症が社会問題になるのではないかと危惧しています。

 

ーー試合の前に緊張してカチカチになっているときなど、もっと体が動くようにアドレナリンを出さなくてはと思うかもしれませんが、実は反対なんですね。

 

小林先生:そうです。そのようなときは、アドレナリンが不足しているのではなくて悪いアドレナリンが出ている(=アドレナリンが出過ぎている)んです。だから、むしろ逆にアドレナリンを減らさなくてはいけません。

 

 

ーーアドレナリンとは、そんな簡単に減らしたり、調節できたりするものなのですか?

 

小林先生:難しいことではありません。その方法の一つが深呼吸です。息を吸ったら、その倍の時間をかけてゆっくり口から息を吐く。3秒吸ったら、6秒吐くというイメージです。いま緊張しているなと思ったら、1分間くらいその深呼吸をしてみてください。そうして悪いアドレナリンを消したらいいんです。

 

これは、試合の最中でも有効です。野球でエラーをしてしまったときに「ピッチャーに悪いことをした」などと考えるのは、正直にいって余計なことだし、意味がない。それよりも大切なのは、同じミスを繰り返さないことです。そこで深呼吸をして間を置いて、エラーの理由について「ポジショニングが悪かったのか」「キャッチするための出だしが遅かったのか」などの分析をするんです。そうすれば、落ち着いてプレーに戻れます。いつまでも失敗を引きずっていたら、同じミスを繰り返します。

 

ーー悪いアドレナリンを減らして緊張をなくすというのは、アスリートに限らず、一般人にも応用できそうですね。

 

小林先生:もちろんです。例えば大きなプレゼンの前には誰でも緊張しますよね。そんなときは、まず深呼吸で悪いアドレナリンを消して、失敗したらどうしようとか、ああでもないこうでもないとか、くよくよ考えないことです。

“○○の呼吸”で作る全集中。それが「ゾーン」

ーーアスリートの話になりますが「ゾーンに入った」ということを耳にすることがあります。「ゾーン」というのは、アドレナリンが非常にたくさん出ている状態なのかと思っていましたが、いまのお話からすると、違うようですね。

 

小林先生:違います。闘争心だけでは体がかたくなるし、呼吸も乱れて冷静さもなくなる。そのときに呼吸を整え、アドレナリンの過剰な放出を抑えれば、集中力が極限まで高まります。それが、いわゆるゾーンです。社会現象にもなっている人気アニメ、鬼滅の刃に「全集中」というキーワードで表される状態がありますよね。あれは典型的なゾーンです。

 

鬼滅の刃の主人公が「全集中」で岩を一刀両断する名場面を再現 長野県須坂市

 

ーー人気アニメでも「○○の呼吸」と言っていますが、呼吸は大切なんですね。

 

小林先生:人間の体をコントロールしている自律神経の機能のうち、唯一、人間が意識して高めることができるのが呼吸です。だから言い換えれば、アドレナリンをコントロールするためには呼吸の方法が重要なんです。

アドレナリンは簡単に出せる!

ーー基本的にアドレナリンは出ていたほうがいいのでしょうか。また、深呼吸で悪いアドレナリンを抑える方法はわかったのですが、アドレナリンを(意識的に)出す方法はあるんでしょうか。

 

小林先生:アドレナリンは出ていたほうがいいです。アドレナリンが出ていないと、疲労や倦怠感が続きます。

 

アドレナリンを出すのは、実は難しいことではありません。筋トレで自分を追い込んでもいいし、100メートルダッシュを何回か繰り返してもいい。体を動かすことで心拍数をあげれば、興奮状態になってアドレナリンが出てきます。

 


あと、朝シャワーを浴びるのも効果的です。眠気も覚めるし、アドレナリンも出るから一石二鳥ですよ。そして、朝、家を出るとき、なんだか疲れてるなと思っても「よし、駅に着いたら階段を一段飛ばしであがってやる」といった目標を作るだけでも、アドレナリンが出てきます。疲れているときこそ、アドレナリンを出そうと思ったら何も考えずにとにかく動くことです。


ーー体を動かす以外に、日常的にアドレナリンをコントロールしようとしたら、どのような方法があるでしょう?

 

小林先生:日々の生活の中に、自分がいい状態になるルーティンを組み込むという方法があります。現役時代、イチロー選手は打席に入るとバットを立てていましたよね。イチロー選手は、あの動作で集中力を高めていたそうですが、私たちも、同じように、ルーティンの動きとうまくいっているときのイメージとを結びつけることで、必要なときに、いいアドレナリンを出せるようになります。

 

 

また、想像もしていなかったピンチに陥ると、どうしても焦ったり緊張します。そうすると悪いアドレナリンが出て、体がかたくなるし、的確な判断もできなくなる。そうならないためには、何かに取り組む際には、極限状況を想像して予行演習をしておくことです。そうすれば、アドレナリンをコントロールできるようになるでしょう。


ーーアドレナリンを出したり抑えたりするのは、自分でコントロールできることなんですね

 

小林先生:そうです。極端かもしれませんが、私はそれが人生で一番大切なことではないかと思っています。人に対して怒っていることってありますよね。あれは悪いアドレナリンの典型です。怒りを感じたら、深呼吸をして、まずは悪いアドレナリンを抑えることです。そして落ち着きを取り戻して、さてどうするかと考える。人生で失敗するのって、悪いアドレナリンが出ているときだと思うんですよ。だからこそアドレナリンをしっかりコントロールして、いい形でアドレナリンを活かすことができれば、毎日を楽しく過ごせると思います。

 


小林弘幸/順天堂大学医学部教授。日本体育協会公認スポーツドクター

1960年埼玉県生まれ。順天堂大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程を修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科などを歴任。現在、自律神経研究の第一人者としてトップアスリートや文化人のコンディショニング、パフォーマンス向上指導に携わる。メディア出演や著書も多数。

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