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レスリング 高谷惣亮・高橋侑希 “敗戦”の中で見つけたオリンピックの価値

2021-09-29 午後 07:00

“スポーツの価値”とは・・・。ことしの夏、多くの人たちが、この言葉に向き合ったのではないか。コロナ禍の中で行われた東京オリンピック。史上最多となった日本のメダルラッシュで大会が幕を閉じた。

 

中止や延期を求める声が相次ぐ中で始まった大会は、何を訴えかけたのか。メダルに届かず、敗れた2人のレスリング選手の言葉から考えた。

3大会連続出場 高谷惣亮の“問いかけ”

「選手たちの姿を見て何を感じたのか、教えてほしいと思います」

 

高谷 惣亮 選手

 

東京オリンピック、レスリング男子フリースタイル86キロ級に出場した高谷惣亮選手(32)。

 

初戦で敗れた直後に語ったのは見ている人たちへの「問いかけ」だった。選手の取材をするエリアでこのような言葉を聞いたのは初めてのことで、それだけに非常に印象に残った。


高谷選手はずっと自問自答を続けながら3回目のオリンピックに向き合おうとしていた。

“スポーツの力”を証明できるか

 

高谷選手は大会前から、これまでにない特別な意味のあるオリンピックになると話していた。

 

「スポーツの力というものをどれだけ証明できるか。そういう大会になると思います」

 

開催に否定的な声が最後まで消えなかった「逆風」のオリンピック。医療のひっ迫が連日、ニュースで伝えられ、開催に反対するデモも行われた。それでもオリンピックをやる意味はあるのか。スポーツの「意義」はいったい何なのか。

 

高谷選手は、それを示さなくてはならないと考えていた。

 

 

「開催の可否に関しての意見や、医療従事者の方の声も聞くけれど、そこに対して僕たちができることはないんです。でもスポーツをすることで、皆さんに届けられる何かがあると思う」

“最低の試合”に揺さぶられた心

だがその強い思いは「勝利」という結果にはつながらなかった。本人が「実力の20%ぐらいしか出せなかった」と振り返ったとおり、本来のレスリングではなかった。

 

8月4日 フリー86キロ級1回戦でトルコの選手と対戦する高谷選手(右)

 

初戦でトルコの選手と対戦し、序盤で失点したあと、なかなか攻めることができず、得意のタックルも決まらなかった。無観客の静かな会場も影響していたかもしれない。家族や信頼できる人たちの声も聞こえず、実力以上の力は出しにくかった。

 

 

「自己評価は最低の試合」という高谷選手だったが、大会後、意外な言葉をかけられた。

 

「あの試合を見て、みんなが感動したって言うんですよ。負けたけど、今大会はすごく心に響いたって」

 

力を出しきれなかったにもかかわらず、なぜそう言ってくれるのか、考えたという。

 

 

「たぶん、今大会だけを見ていないんですよ。レスリングを始めてからロンドン、リオとオリンピックに出て、世界選手権、オリンピックの予選といろんな軌跡があって、ここまで戦ってきた高谷惣亮に『グッと来た』って言ってくれた。それが伝わったのかなと」

 

あくまでも勝利を目指すのがスポーツ、トップアスリートとなればなおさらだ。ただ、勝ち負けだけがすべてではない。アスリートが積み重ねてきた努力や味わった挫折、追いかけてきた夢が、わずかな時間に凝縮され、火花のように輝く。

 

そうしたスポーツの価値を高谷選手は伝えることができたのかもしれない。

次の世代に伝えたいこと

「後に続く選手に何を残せるのか」

 

高橋 侑希 選手

 

東京オリンピックに臨む中でそれを強く意識していたレスラーがいる。初出場の男子フリースタイル57キロ級、高橋侑希選手(27)。

 

母校の山梨学院大学でコーチとして後輩の指導をしている彼は、この大会を通じて後輩たちに伝えたいことがあった。


「努力が必ず報われるとは思わない。でも努力をすることでチャンスは広がるし、必ずむだにはならない」

 

高橋選手は2019年、東京オリンピック代表選考会となるアジア予選の出場を逃し、オリンピック出場は絶望的と言われていた。それでも決して諦めることなく、わずかな可能性にかけ「いつでも試合をできる準備をしておこう」と自分を高め続けてきた。

 

6月のフリー57キロ級プレーオフで樋口選手(左)と対戦する高橋選手(右)

 

1年余りあとのことし4月になってアジア予選の計量で代表選手が失格するというまさかの事態が起こり、高橋選手にチャンスが巡ってきた。その後、世界予選、代表決定戦と勝ち抜いてオリンピック出場を果たすことができたのは、“努力をする”という信念を貫いてきたからだった。

 

プレーオフを制して高橋選手(上)が東京五輪代表に決まった

 

「諦めずに自分を信じて頑張ってほしいというメッセージを僕が背中を見せて伝えなくてはいけない。そのコーチングの1つがオリンピックへの道なんだなと」

つなげていくことが“宿命”

8月4日 フリー57キロ級2回戦で高橋選手(右)はカザフスタンの選手と対戦

 

ようやくたどり着いた東京オリンピックの舞台。2回戦でカザフスタンの選手に惜敗し、目標としていた金メダルへの夢はここで本当に途切れ、ミックスゾーンで泣き崩れた。大会を終えて1か月以上たった今も、悔しさは消えていないという。

 

 

「本当に悔しい。一生忘れることはないですし、メダルを取れなかったのは、今後、引きずっていくのかな」


ただ、残ったのは悔しさだけではなかった。前回大会の出場を逃してから5年間での成長。突然、代表入りのチャンスが巡ってきてから3か月間という、わずかな期間でのコンディションづくり。

 

なぜ自分がオリンピックに出場することができたのか、なぜメダルに届かなかったのか。それを振り返り、反省し、後輩たちに伝えることが自分の役割だと考えている。

 

 

「僕は勝ったほうが、負けるより学ぶことは絶対に多いと思っています。ただ負けた選手は、今のものを改善しようと考えるので、自分のプロセスをどう正解に持っていくか、それを反省し、伝えていきたい」

 

ただ感じたことを言うだけではなく、具体的に知ってもらうためにオリンピックでの経験を資料にまとめているという。「後輩たちに絶対伝えていかなくてはいけない。今はそれが僕の仕事であり、宿命だと思っています」

 

かけがえのない経験を次の世代へとつむいでいくこと。それもまた、オリンピックが示す大きな価値だと思う。

この夏の経験を大きな一歩に

 

レスリング担当の私は東京オリンピックで日本勢が金メダル5個という輝かしい成績を残すのを目の当たりにし、選手たちの活躍に心を揺さぶられた。だがその一方で、メダルに届かなかった2人に改めてスポーツの価値の一端に気がつかされた。


選手1人1人の人生そのものをぶつけ合うような戦い、そして、それを連綿とつないでいこうという思い。選手たちの示したものは多くの人たちに届いただろう。

 

「スポーツの価値とは何か」それぞれが向き合ったこの夏は日本のスポーツ界にとって大きな一歩となっていくはずだ。

この記事を書いた人

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清水 瑶平 記者

平成20年 NHK入局。熊本局、社会部などを経て、平成28年からスポーツニュース部で格闘技を担当。学生時代はボクシングに打ち込む。

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