ストーリー野球

原点回帰で達成した通算2000本安打 プロ野球 西武 栗山巧

2021-09-13 午後 05:45

西武の生え抜きで初の通算2000本安打を達成した栗山巧(38)。プロ20年目のベテランは今シーズン、自身の打撃を見つめ直し偉業を成し遂げた。

プロの第一歩は3年目のシーズン最終戦

栗山は兵庫県出身で地元の育英高校から平成14年にドラフト4巡目で西武に入団。1年先輩で現在巨人でプレーする中島宏之、同期入団の中村剛也と2軍で汗を流した。

 

2004年9月24日  近鉄戦  プロ初先発、初安打

 

2人が先に1軍デビューする中、栗山にチャンスがまわってきたのは3年目のシーズン最終戦。9番・レフトで先発出場し、第3打席でライト前ヒットを打って、プロとしてスタートを切った。

 

栗山 選手

プロ入り1本目のヒットはすごく記憶に残っています。お試しの最終戦で。順位も全部決まっていて、中島さんもいるし、おかわり(中村選手)も出てるし、その中で1番最後に呼ばれたのが僕でした。そこで1本出なかったら次の年はチャンスがないですよね。ボテボテでもいいので、とにかく1本出すことによって、キャンプに呼んでみようかというのがある。それがなかったらどうなっていたのかな。あの1本で自分がどれだけ1軍でやれるのか、ヒットを打てるのか、不安と楽しみな部分が数字で現れて実感が得られました。

西武一筋でヒットを積み上げる

2005年9月13日  楽天戦  ホームランを放ちベンチで祝福される

 

初ヒットのよくとし4年目は84試合に出場して規定打席には達しなかったものの、打率2割9分7厘でホームラン10本。そして7年目で初めて規定打席に到達して打率3割1分7厘。最多安打のタイトルを獲得し、リーグ優勝と日本一に貢献した。

 

キャプテンとしてもチームを引っ張った栗山は1500本安打を達成した15年目の2016年、FA権を行使して西武でプレーし続けることを決心した。

 

2019年8月31日  ソフトバンク戦  通算安打球団記録を更新

 

そしておととしには石毛宏典さんの球団の通算安打記録を更新した。ただシーズン100安打が9年連続で途切れた2017年(84本)と翌2018年(78本)は打率も2割5分台にとどまり、これまで築き上げてきた自信も揺らいだ。

栗山 選手

直近で言ったら2017年、2018年、ここ4、5年はなかなか数字が上がらないし、思ったようにはいかないなと。それまではどれだけしんどくても数字がバーンと上がることがあって、それなりによかったんですけど・・・。とにかく目の前の1打席に集中すること。どうやったらうまくなれるか、そこだけ考えてやること、それが一番楽というか、次に向かっていける。

ベテランになっても理想とする打球を模索

2月のキャンプで打撃練習する栗山選手

 

「年々、ヒットを打つのが難しくなってきた」と話す一方で、「全然怖さはない。むしろちょっとずつ変わっていかないと対応できない」とベテランは自身を冷静に見つめる。

 

残り74本で迎えた今シーズンに向けた春のキャンプ。序盤、昼食の時間帯に室内練習場に1人で出向き、スタンドに置いたボールを打つ“置きティーバッティング”を繰り返した。追い求めたのは鋭く速い打球。バットの芯で確実にボールを捉えるという原点回帰とも言えるスイングを改めて体に覚え込ませたのだ。

 

栗山 選手

ボールの内側をたたくとか、下側をたたくとか、いろいろあると思うんですけど、シンプルにボールの芯をバットの芯で打ち抜けば、フリー打撃、ゲームでもいい打撃ができるんじゃないかと。それが鋭く速い打球につながるんじゃないかということです。足元をしっかり見つめ、1打席1打席、目の前の1球で1本でも多くヒットを打ちます。

生え抜き選手として初の偉業達成

栗山は開幕戦で2本のヒットをマークしたが、直後に下肢の張りを訴えて登録を抹消。それでも4月20日に復帰し、その後は離脱することなく、勝負強いバッティングで打線を引っ張った。

 

9月4日  楽天戦  9回に左前打を放つ

 

そして残り1本で迎えた9月4日の楽天戦。9回の第4打席で対戦したのはかつて西武でチームメートだった牧田和久。

 

 

「ホームランを意識していた」という栗山は追い込まれたあとの4球目、牧田の投げたカーブを逆方向に鋭く速いライナーで打ち返した。記念すべき通算2000本安打はキャンプで取り組んだ成果を発揮したものだった。

 

栗山 選手

意識してないボールが来たが、理想どおりのバッティングができて、ずっと練習してきた逆方向に打てました。一緒に戦った仲間のバッテリー(楽天のキャッチャー炭谷銀仁朗)から打てたのはうれしかったですね。そのあと銀仁朗がニタニタ寄ってきた。『よかったですね』と言われたが、『何がよかったや』と。中村も自分のことのように祝ってくれてうれしかったです。

恩師から見た栗山とは

栗山の偉業達成を多くの人たちが祝った。育英高校の1年生の時に指導にあたった当時の監督、田中基靖もその1人だ。

 

栗山選手の高校時代の監督 田中基靖さん

田中 さん

本当に練習熱心でした。全体練習はかなり厳しくしていたが、1年生だけどいつも最後まで残って練習をしていました。私たちの知らない努力の積み重ねが2000本につながったと思います。同じ時間を共有できた仲間としてうれしい。

 

田中さんはプロ野球選手になった栗山と定期的に会う中で、印象に残っているのは社会貢献活動について熱く語る姿だという。

田中 さん

少年野球の大会を開催したり、障害者と野球で交流したりする社会貢献活動についてご飯を食べながら教えてくれました。野球を通じて自分ができることは何かとずっと考えているし、そういった思いやりを持っています。

 

栗山は小学5年時に阪神・淡路大震災を経験した。全国からたくさんの支援物資をもらった記憶は今でも忘れないという。この経験から東日本大震災のあと、支援活動に取り組んだ。田中に語った神戸での少年野球の大会はことしで10回目を迎えた。

 

2014年  ゴールデンスピリット賞を受賞  選考委員の長嶋元巨人監督と栗山選手

 

そして小児がんの子どもたちとその家族を支援する活動では、7年前に社会貢献活動に熱心な野球関係者に贈られる「ゴールデンスピリット賞」に球団で初めて選ばれた。

 

栗山 選手

阪神・淡路大震災では僕の地域は比較的被害が少なかったが、ノートや鉛筆などが全国から届きました。困った時に人の助けになるじゃないですけど、人の役に立ってもらおうということが大事だと当時すごい思いました。だから何かできる立場になった時にやるというのはずっと心の根底にあります。野球を通じてにはなりますが、1人1人が充実した1日を過ごしてほしい。何かによって充実した日を送れないのはあってはならない。みんなで手をつないでいける社会になるよう、力を合わせて前に進んでいきたい。

 

「2000本は通過点」と前を向く栗山。チームの新たな歴史を作った男は、キャリア終盤の自身のプレーが、多くの人の記憶に残るものにしたいと意気込んでいる。

 

栗山 選手

ハードルが上がり、求められることも大きくなると思うが、その期待に応えたい。1本打って欲しいというところで打てる選手でありたい。みんなに期待される場面でどんなヒットでもいいから打つ、それが僕が目指す選手です。2000本は通過点だったと今後も胸を張って言えるように頑張っていきたい。

この記事を書いた人

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持井 俊哉 記者

平成26年NHK入局

北九州局を経て、スポーツニュース部。小1から剣道をはじめ、現在、5段。「打って反省、打たれて感謝」をモットーに何事にも謙虚に誠実にチャレンジすることを目指す。

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