ストーリーパラスポーツ

難民選手をパラリンピックに導いた出会い アル ハリファ選手

2021-09-05 午前 0:37

難民選手団のアナス・アル ハリファ選手。男子カヤック シングルKL1で9位、ヴァーシングルVL2で11位の成績を収めました。
実は、パラカヌーを始めたのは3年前ですが、またたく間に上達し、難民選手団の一員に選ばれました。シリア出身のアル ハリファ選手がカヌー競技でパラリンピックに出場するまでをたどります。

シリア内戦を逃れドイツへ

シリア 2011年

 

アル ハリファ選手は1993年にシリアで生まれました。2011年に内戦が勃発。混乱の中で家族はばらばらになりました。国内の避難民キャンプで2年過ごしたあと、2014年にトルコへ脱出、ドイツへ行く決心をします。ドイツで学び技術者になって家族を支えたいと考えたのです。ヒッチハイクをし、電車に飛び乗り、森の中に隠れ、盗難にもあう。難民がいやというほど知っている危険な旅を経て、ドイツにたどり着きます。

ドイツで仕事を得るが

 

ドイツで仕事をする資格を得るため一年待った後、アル ハリファ選手は屋根にソーラーパネルを取り付けるのを手伝う職を得ました。

2018年12月、いつものように仕事をしていたアル ハリファ選手を悪夢のようなできごとが襲います。2階の屋根から転落し、脊髄の一部が損傷を負ったのです。

下半身は限られた動きしかできなくなりました。

アル ハリファ選手

「あの時は、すべてが真っ暗でした。起きて、自分はもう歩くことができないんだと思い知るのです。すべてが頭をよぎりました。最悪の選択も。すべてが一気に変わってしまったのです」

異郷での出会い

車いすのハリファ選手

 

アル ハリファ選手は1年半に渡って繰り返し手術を受け、リハビリを続けました。
このときの理学療法士が運命を動かします。彼の友人に、パラカヌーの経験者がいました。これが、カヌーとの出会いに繋がります。他の選手たちの姿にも刺激を受けました。自分よりも重い障害を持っているアスリートたちがさまざまな目標を達成しているのを見て、一生懸命練習するようになりました。

アル ハリファ選手

「私の理学療法士は私に頑張るよう促し、スポーツがリハビリに本当に重要なのだと説きました。なぜならスポーツは、希望をもたらしてくれるからだと。それは、人生のどん底、一番暗い場所にいるあなたを本当に引っ張り上げてくれる。それが、陥っていた暗闇から私を救い出すことができる道でした」

 

カヌーが新たな希望に

 

カヌーに打ち込むようになったアル ハリファ選手は、めきめきと力をつけていきました。そして、その実力は認められ、パラリンピック難民選手団に参加する資格を得て、東京大会に出場しました。

 

アル ハリファ選手

「私がトレーニングに行くとき、スポーツは、自分の障害を忘れて、じぶんが何が達成できるかを披露することができるものです。まるで自分には何の障害もないように感じることができるんです」

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