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東京パラリンピック ブラインドサッカー日本代表「歴史の始まり」

2021-09-04 午前 11:34

悲願のパラリンピック初出場を果たしたブラインドサッカー日本代表は、予選リーグでフランスを下し、ブラジル、中国に敗れてリーグ3位に。準決勝進出を逃したが、5、6位決定戦に進みスペインと対戦した。スペインは2004年アテネ、2012年ロンドン大会で銅メダルを獲得しているヨーロッパの強豪だ。前半終了間際、右のコーナーキックからのパスで黒田智成がシュートを決めた。スペインの猛攻をしのいで勝利をもぎ取り、日本チームは5位となった。

 

「何かが降りてきたのかもしれない」

そう、シュートを決めた黒田がつぶやいた。9月2日、東京・青海アーバンスポーツパークは、土砂降りの雨だ。

 

「滑りやすく、ボールの音も聞こえにくい。でも、(川村)怜からの浮き球の軌道が、くっきりイメージできたので、思いっきり足を振り抜きました」

 

世界の強豪相手に、ドリブルでの突破だけでは太刀打ちはできない。実際、前半だけでも、日本はなかなか敵陣に切り込めず、切り込んでもそこからシュートへと合わせることができずにいた。だからこそ、何度もセットプレーは練習してきた。目の前に敵の壁が立ちはだかり、距離も近いコーナーキックからのゴールは、決して簡単ではない。

 

前半残り24秒。右コーナーキックのチャンスを得た。佐々木ロベルト泉がボールをキープし、キャプテンの川村がホイッスルと同時にボールをコントロールすると、壁を超えるループパスで黒田へ。ボールが2バウンドしたところをワンタッチで右足を思い切り振り抜き、ボールはゴールネット左上を突き刺した。

 

 

「ハーフボレーのような形でダイレクトに決めるというのは、なかなかできるものではない。それを本番で決めることができたのは、本当にうれしかったです」

 

 

ブラインドサッカーで使用するボールは転がすとシャカシャカと音がする。ところが、ループパスのように空中に浮かせると音は消える。ループパスは、相手を撹乱できるプレーでもあるが、味方もボールの音を取ることができない。リスクの高いプレーなのだ。

 

 

「(川村)怜が浮かしたボールの音が、一瞬空中で聞こえた。自分が感じたパスの軌道のイメージと、怜の出した実際の軌道とが、まさにピッタリシンクロして、あのシュートが決まったんです」

 

 

 

コーナーキックからのパスを出した川村は、

「あれは、ずっと準備してきました。狙い通りのパスが出せたと思う。黒田選手の走りにも魂が入っていたが、僕の足にも魂が宿った。狙い通りのパスと、スーパーゴール。黒田選手には感謝しかない。本当に最高です!」

と、喜びを爆発させた。

 

「あんなことは誰にもできない。それを練習で培ってきた。“人間の可能性”を証明したいと言っていた黒田と川村が、この最終戦で見せつけてくれた。この5年間練習してきたことを、今日、発揮した。これが、今の日本代表チームなんです」

そう、高田敏志監督も評価した。

 

 

佐藤大介(写真は中国戦)

 

後半に入ると、スペインの猛攻は激しさを増した。セルヒオ・アラマル ガルシア、アントニオ・マルティン ガイタンらフォワードが次々とシュートを放つ。後半だけで13、前半を合わせれば23ものシュートを、日本のGK佐藤大介、神山昌士がセーブした。

 

選手がバックパスでGKにボールを送り、左右のフェンス側を走る黒田と川村にロングスローで素早い攻撃を仕掛ける。それは日本の得意とする攻撃パターンだが、後半は、GKの目の前にいるDF田中章仁に渡して、そこを攻撃の起点にすることが増えた。

 

田中彰仁(写真は中国戦)

 

「何度も対戦しているスペインには、ゴールスローからの黒田、川村へのパスは読まれてプレスをかけられてしまう。田中をワンクッション入れることで、左右にスペースが生まれる」

 

後半から途中出場した佐藤が、攻撃パターンにズレを作った。ボール支配率で言えば圧倒的にスペインの方が高い。佐藤は、長いゴールスローを通して敵陣のエンドラインを割る作戦で、時間を使った。

 

「ゆっくりしたボールで時間を稼ぎたい気持ちはあったが、それだとスペインのカウンターにやられるリスクがある。なんとしてもスペインをゼロのままに抑えたいと思っていた」と、胸のうちを語った。

 

そうして、ついに試合終了のホイッスル。日本は1−0でスペインを退けた。

 

 

ブラインドサッカーは、2004年アテネ大会からパラリンピックの正式競技に採用され、日本はパラリンピック出場を目指してきた。2014年、東京で開催された世界選手権には日本を含む12か国が出場し、日本は6位という結果を残した。16年リオパラリンピック出場に手が届くかと思われたが、15年のアジア選手権で2枠の出場権を掴んだのは、中国とイラン。日本は、消化試合となった最終戦の韓国戦にも敗れ、パラリンピック初出場の夢が絶たれた選手の号泣が、ピッチにこだました。

 

その悔しいアジア選手権から、6年。高田監督が日本代表コーチに就任し、サッカーのスキルとしての練習に加え、フィジカル強化、選手の起床・就寝時間の管理、栄養管理、1人でできるストレッチなど日常的な健康管理に至るまで、それぞれのスペシャリストによる指導を徹底して、選手の土台から作り直してきた。

 

高田敏志監督(写真はブラジル戦)

 

東京パラリンピック本番直前には、予選リーグから決勝トーナメントに至るまで、目の見えるコーチが対戦相手となり、分析から想定されるプレーをピッチで展開して練習試合を行った。合間に選手の体重や血中酸素濃度などのバイタルデータを収集して体調管理も徹底する。実際の試合時間に合わせて生活時間、食事や捕食、移動時間なども、本番と同様に実践した。

 

 

まさに、準備万端で臨んだ最高の舞台。

「5位は悔しい結果だが、自分たちがやってきたことは全てやり切った。ここから次はパリ、ロサンゼルスへと続く。日本のブラサカの歴史のスタートだと思う」

DFとしてほぼフル出場した田中が、涙を浮かべて、こう語った。

 

 

 

日本ブラサカの、新たな歴史の始まり。次は、メダル獲得へ。東京パラリンピックは、アイマスクを着用したサムライブルーのメンバーの、大きな、大きな一歩になった。

 

 

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障がい者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。

 

 

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