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2度のけがを乗り越え、国際大会で活躍 視覚障害者柔道・永井崇匡

2019-11-22 午後 04:53

視覚障害者柔道男子73kg級の永井崇匡(たかまさ)選手は、全日本視覚障害者柔道大会で3回優勝した経験を持つ実力者。2018年のアジアパラ競技大会では銅メダルを獲得し、東京パラリンピックでのメダル獲得も期待されています。

 

永井選手に、柔道を始めたきっかけや、相次ぐけがとの戦い、アジアパラ競技大会でのメダル獲得の瞬間、そして東京パラリンピックへの思いについてうかがいました。聞き手は古屋和雄アナウンサーです。

 

 

群馬県出身で、現在24歳の永井選手。幼い頃は目が見えていたけれども記憶はないそうで、現在は両目ともに視力は0、光も感じることができないとのこと。

 

そんな永井選手が柔道を始めたのは、小学1年生のときでした。

 

「体を動かすのがずっと好きで、ただ外で一人で走り回ったりしてけがをすることが多くて、両親が安全なところで体を動かせる場所がないか探してくれたんです。父親の友人の兄弟の方が柔道の先生をやっていたので、その道場に入れてもらいました。」

 

小学校のときは視覚障害者柔道の大会ではなく、一般の柔道大会に出場。県で3位の成績を収めたこともあるのだとか。

 

「最初の頃は普通の人と同じように組まないところからやってました。それが普通だと思ってやっていたんです。県で3位になったときも、組まないところから試合を始めたような記憶があります。」

 

 

中学は、東京にある筑波大学附属視覚特別支援学校に入学。親元を離れて寄宿舎生活を始めたのですが、学校には柔道部がありませんでした。

 

「学校では陸上部や水泳部にも入っていました。柔道は1週間に1回ぐらいのペースで帰省したときに地元の道場で練習していました。道場の先生たちが温かく迎えてくれたおかげで柔道から離れずにすんだのです。これが今も柔道を続けていられる要因かなと思ってます。」

 

 

その後、高校に進学すると、筑波大学付属高校の柔道部に所属。そして、高校3年生になった2012年、ロンドンパラリンピックの代表選考会に出場したものの、残念ながら敗退してしまいました。

 

さらに、4年後のリオ大会のときは代表選考会にすら出場することができませんでした。練習中に前十字じん帯を断裂して手術したため国際大会に出場できず、選考基準を満たすことができなかったのです。当時の心境について永井選手は次のように話してくれました。

 

「もちろん悔しさもありましたけど、2020年に東京大会があるのが分かっていたので、リオ大会はあきらめて東京大会に合わせようと気持ちを切り替えました。」

 

けがから復帰後の2015年と2016年の全日本視覚障害者柔道大会で連覇を達成。この快挙を達成できたのは、けがをして手術をしたことも大きかったそうです。

 

「手術をしたことでいろいろ考え直すことができ、体の使い方とか筋力トレーニングにもしっかり取り組んだので、結果としては連覇につながったのかなと思います。」

 

 

しかし、2017年に足首のじん帯を痛めてしまい、一時休養。そして復活した2018年、永井選手はアジアパラ競技大会に出場。2回戦で敗れたものの、敗者復活戦で勝ち進み、3位決定戦では裏投げと隅落としの合わせ技1本で勝利し、国際大会初のメダルとなる銅メダルを獲得しました。実は永井選手、3位決定戦の試合内容を「覚えていない」と言うのです。

 

「相手がかけてきた技に自然と体が反応して、何で投げたかよくわかんなかった。大会前に内股を結構練習していたので、それでポイント取れれば良いなという思いもあったんですけど、それがうまくいかなくて。でも、相手の動きをしっかり感じ取ることができたところは良かったかなと思います。」

 

今後国際大会で勝つための課題について問われると、永井選手は次のように話してくれました。

 

「力の強さとか、あと変則的な組み手や技というか、ちょっと日本人とは違うかなと。そういうのにちょっと自分がついて行けなかったなという思いはありました。まずは筋力アップに取り組みたいです。それと同時に、しっかり相手を崩して投げることと、最初の崩しの部分と、どんな組み手にも対応できること。それらを反復練習していかなければいけないと思います。」

 

2度のけがを乗り越え、さらなる高みを目指す永井選手。それほどまでに夢中になれる視覚障害者柔道の魅力について聞きました。

 

「視覚障害者柔道の選手は見えにくい人もいれば、全く見えない人もいますけど、組んでからやらしてもらえれば、健常者の柔道とほぼ同じ条件でやれるところです。相手を投げたときのなんとも言えない気分の良さもすごく好きですね。」

 

将来は中学校・高校の数学の教員になりたいという永井選手ですが、その前の大きな目標である、東京パラリンピックについて最後に聞きました。「まずはしっかり出場出来るようにというところと、出場したからには、やっぱり一番良いメダル、金メダルを取るということを目標に頑張りたいなと思ってます。」

 

※この記事は以下の番組から作成しています。

2019年9月1日 視覚障害ナビラジオ「2020の星になれ」
内容は放送時のものとなります。

 

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