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東京パラリンピック 柔道「瀬戸勇次郎、66kg級新星の銅メダル」

2021-08-28 午後 03:35

東京パラリンピック大会4日目、初日を迎えた柔道。男子66kg級に出場した瀬戸勇次郎が銅メダルを獲得した。

 

 

左:瀬戸選手

 

「一本!」高々と、審判の手が挙がった。敗者復活戦を勝ち抜いて進出した3位決定戦で、試合開始から2分過ぎ、瀬戸の内股すかしが決まる。対戦したジョージアのギオルギ・ガムジャシュビリの体が宙を舞った。得意の大内刈りを積極的に仕掛け、相手に警戒心を抱かせた中での、一本。

 

「その時は特に決めてやろうと狙っていたわけではなく、相手の動きに瞬間的に反応して投げた。相手がきれいに回ってくれて、びっくりしたという感じでした」

 

先に技ありをとったのは、ガムジャシュビリ。

 

 

「大内刈りを狙ったところを返された形です。相手のパワーが強かったですし、自分も伸びきってしまっていたところがありました」

 

それでも、冷静に、積極的に内股を攻め続ける。その流れで、瀬戸も技あり。

 

「大内刈りがあってこその、次の展開だと思っていました。最終的に一本へとつながってよかったと思っています」

 

 

 

2019年12月 全日本視覚障害者柔道大会 男子 66kg級 表彰式より

 

2000年に福岡県に生まれた。現在、福岡教育大4年。生まれたときから弱視で、色覚異常もある。色の判別が難しく光に過敏だ。人の動きはぼんやり認識できるが、表情などはわからないという。

 

「それでも小さい時には見えにくいながらも野山を駆け回って、木の根や葉っぱで滑ったり転んだりしながら、自然と“受け身”を身につけていたようなところがありました」

 

2歳上の兄と一緒に、地元のスポーツ少年団で柔道を始める。高校まで一般の柔道部に所属し選手として活躍。高校3年の夏、視覚障害者柔道関係者の知るところとなり、パラリンピックへの道が始まった。組んでから始める視覚障害者柔道は、まさに瀬戸が求めていた柔道だった。

 

「高校まではやっぱり見えないので、組手争いからどうしても一瞬遅れてしまう。なかなか勝てなかったんです。でも、視覚障害者柔道を始めたら、勝つ機会が増えた。勝てると、俄然面白くなるんですよ!」

 

大学に進学して柔道部に所属。週に6日は柔道部の稽古があり、それ以外に出身高校柔道部でも練習する。朝練がない日は、自分1人で走り込みをする。勉強や趣味で夜更かししても、朝は「はってでも」練習に出かけるという。

 

「それだけ、柔道が楽しいんです」

 

 

日本の視覚障害者柔道の66kg級には、1996年のアトランタパラリンピックから3連覇、5個のメダルを獲得している藤本聰(写真右)がいる。日本では、この階級で彼に敵う者はいなかった。それをくつがえしたのが、瀬戸だ。2018年の全日本視覚障害者柔道大会で初優勝を飾ると、19年の国際大会でも決勝で藤本を退けた。

 

大先輩・藤本は若武者・瀬戸の出現を喜んだ。

 

「合宿や遠征でも、いつもいろんなことを教えてくれます。でも、何より藤本さんとの試合の中で身につけたことは多い。ゴールデンスコア(延長戦)でのメンタル、最後まで戦う気迫。長年の王者という経験を感じます」

 

東京パラリンピックの選考で最後まで決まらなかったのが66kg級だ。東京パラリンピック直前の2021年5月、1年半ぶりに開催された国際大会に出場した瀬戸と藤本の試合結果と、世界ランキングのポイントによって、最終的に東京パラリンピックへの出場が決まった。

 

 

コロナ禍での東京パラリンピック1年延期。接触競技である柔道選手の影響は、他の競技以上に大きいはずだ。大学は閉鎖され、道場を使用することができない。ひたすら、1人で走り込みだけを行う日々が続いた。もともと、乱取りなど柔道の練習で筋力をつちかってきたが、それも1年近く再開できずにいた。

 

「大学の柔道部がどれほど自分の練習環境として素晴らしいか、成長させてくれる場であるかを痛感しました」

 

淡々と走り込みを続けながら、モチベーションを切らさずに東京パラリンピック本番までの道を歩んできたのだという。

 

 

銅メダルを決めた試合の後、引き締まった表情のまま、丁寧に礼をした。畳を降りると、応援してくれた日本チームの仲間の方を向いて大きくガッツポーズで応えた。

 

表彰式、瀬戸は大きく一礼し、両手で銅メダルを受け取った。ブーケも両手でしっかりと握りしめた。

 

 

「表彰台でメダルを獲得したということを実感しました。でも、ウズベキスタンの国歌が流れた時に、やっぱり君が代が聞きたいと思いました」

 

初めてのパラリンピック、武道館での戦いが幕を閉じた。3年後にはパリ大会がある。

 

「まずは11月の全日本大会から。未来は、一つひとつ積み重ねた先にやってくるものだと思っています。全日本では、きっと藤本さんは自分を投げるつもりで出場してくると思いますが、今度こそ、背負い投げで一本を取りたいですね」

 

一つの区切りとしての銅メダル。ここから、瀬戸の新たな道が始まる。

 

 

 

スポーツライター 宮崎恵理(みやざき・えり)

出版社勤務を経て、フリーのライターに。1998年の長野パラリンピックを機に障がい者スポーツの取材に携わり、「Tarzan」「スポーツグラフィックナンバー」など雑誌やインターネットメディアで執筆。12年ロンドンパラリンピック、14年ソチパラリンピックではNHK開会式中継解説を担当した。著書に『心眼で射止めた金メダル』『希望をくれた人』『みんなちがって、それでいい』。日本スポーツプレス協会理事、国際スポーツプレス協会会員。
 
 

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