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竹内智香「前を向き続けて」

2018-02-25 午後 0:00

スノーボード女子パラレル大回転 

「起きたことすべてに意味がありますから」。

スノーボード女子、パラレル大回転の竹内智香選手は、よくこう言って笑います。

20年の競技生活、どんなに苦しい時もそれを力に変えて、笑顔で前を向き続けた竹内選手。5回目のオリンピックは5位という結果以上に、困難を乗り越えてきた彼女の強さを感じた大会でした。

 

追い込まれていた今シーズン

「2018年に入り、初めて出口の見えないトンネルに入ったような気持ちを経験しました」。

今月、竹内選手が自身のブログにこう書いているのを見たとき、私は驚きを覚えました。彼女がここまで苦しい思いを明かすのは、取材を続ける中で初めてのことだったからです。

今シーズンは開幕から絶不調。ワールドカップに8戦出場し、5回の予選落ちは、本来の実力からすれば考えられない成績です。先月は体調を崩してせきがとまらず、体重も数キロ、減りました。

 

 

不調のまっただ中だった去年12月、遠征先のイタリアで、竹内選手に、不安は無いかと尋ねたことがあります。

答えは「今、成績が出ていないことには必ず意味があるし、それを糧にすることでワンステップ上がれると思う」。

決して強がりではなく、苦しみを乗り越えてそこからさらに成長するという強い意志がうかがえました。だからこそ、彼女のブログを見たとき、これまでになく追い込まれている状況の深刻さを実感したのです。

“日本人は通用しない”を変えた竹内

竹内選手の競技人生を支えてきたのは、どんなに困難な状況でも前を向き続ける姿勢です。

ターニングポイントは2007年。トップレベルの選手がいない国内でのトレーニングに限界を感じていた竹内選手は、単身、スイスに渡ります。

 

 

知り合いもつてもない中で、頼み込んでスイスの代表チームに同行し、世界トップクラスの技術を学んでいきました。そのままスイスで5年間、竹内選手はチームの中心選手にまで成長します。

「日本人は通用しない」と言われたこの種目。そんな言葉に負けることなく、常にみずからの道を切り開いてきた竹内選手。

こうした積み重ねが2014年にはソチオリンピックでの銀メダルにつながり、日本女子のスノーボード選手初のメダルという快挙を成し遂げたのです。

けがをきっかけにレベルアップを

「ソチで金をとれなかったことには意味がある」と話す竹内選手。銀メダルに満足せず、悔しさを支えにしてピョンチャン大会での金メダルだけを目指してきました。

しかし、そうした中でアクシデントが起こります。おととし3月、試合中に転倒し、左ひざのじん帯を断裂、全治10か月の大けがを負ったのです。

このときも竹内選手を支えたのは前向きな姿勢でした。競技生活最大のピンチも自分の体と向き合う、いい機会だと捉え、リハビリとともに、筋力や持久力を鍛えるフィジカルトレーニングに力を入れることにしたのです。

 

 

実は20代のころ、まったくフィジカルトレーニングに取り組まなかった竹内選手。トレーナーに「よくこの体でメダルとったね」と冗談混じりに言われるほどでした。

その竹内選手が、毎日、フィジカルトレーニングを欠かさないようになり、30代に入って筋力と心肺機能が見違えるように向上しました。コースを滑る練習も、それまでは1日5回程度で疲れてしまったといいますが、10回以上滑るハードな練習にも耐えられるようになりました。

トレーニングによって、持ち前のターンにも安定感が加わり、ミスからの立て直しも速くなったといいます。けがをしておよそ1年後の去年2月、竹内選手はワールドカップで3年ぶりの表彰台となる3位に入り、自分でも成長を実感しているようでした。

しかし、技術も体力も、最高の準備を整えて迎えたはずのオリンピックシーズンになって、試合で勝つことができず、絶不調に陥ったのです。

“周囲に信じさせる”力

出口の見えないトンネルの中でも竹内選手は前を向くことだけは忘れていませんでした。

「1つ1つ自分の滑りを見つめ直す」と自分に言い聞かせ、地道な練習をひたすら繰り返したのです。

常に前向きになれるのは、自分の気持ちだけではなく、献身的にサポートしてくれるスタッフの存在があるからです。コーチやトレーナー、板を整備するサービスマン。

 

 

「結果が出ない中で自分に寄り添うのは苦しいと思うからこそ、自分は前を向かなければいけない。そうすれば、みんながまた背中を押してくれる」と話す竹内選手。

こうした姿勢にスタッフの1人は、「あれだけの不調の中で、“金メダルを取る”という思いが揺るがなかった。自分たちにそれを信じさせてしまう力がすごい」と振り返ります。

互いにプロフェッショナルとして信頼しあい、苦しい時期を乗り越えようとしていました。

自信と懸念と

オリンピックを控えた今月、竹内選手の体調はようやく回復し、17日にピョンチャンに入りました。

「調子、ばっちりです」。会場で顔を合わせたときの竹内選手は、いつもの笑顔に戻っていました。

 

 

コーチのフェリックス・スタドラーさんも「彼女は見事にカムバックした」と復調に自信を見せます。

ただ、「オリンピックを前に表彰台を経験できなかったのが残念だ」とも明かしました。試合で結果を出すことなく、本番に臨まざるをえない状況は、不安材料でした。

本番で見せた復活劇

そして迎えた24日の試合。実績のある選手にミスが相次ぎ、転倒者も出る荒れた展開の中で、竹内選手はただ自分の滑りに集中していました。ミスのない美しいターンを繰り返し、スピードに乗ります。

今シーズン、影を潜めていた本来の滑りが帰ってきました。予選は6位で決勝トーナメントに進出。この大舞台に、見事に調子を合わせてきたのです。

 

 

予選を終えた竹内選手は、「このスタートに立つまで本当に苦しい思いをしてきた」とさすがにほっとした様子でした。
印象的だったのは、その後の言葉でした。

「すごくいい雪だし、みんながいいパフォーマンスをできると思う」と竹内選手、本来の力を出し切って、ライバルたちと競い合う舞台に戻ってこれたことが、うれしくて仕方ないように見えました。

メダルなしでも強さ印象づけた五輪

竹内選手は決勝トーナメント1回戦を勝ち抜いたものの、準々決勝ではわずかなミスから敗れ、最終順位は5位。

それでも「できることをすべてやった。今までのオリンピックとは違った充実感がありました。とにかく楽しかった」と、いつもの笑顔で話していました。

思うように滑ることのできない日々に一時は追い詰められた竹内選手にとって、久しぶりにスノーボードを楽しめた大会だったのかもしれません。

 

 

金メダルを目指してきた4年間、悔しさが無いわけはありません。しかしそれ以上に、さまざまな困難を乗り越えて、全力の滑りをオリンピックで見せた彼女の強さが印象的でした。

 

長野オリンピックで見たことをきっかけにスノーボードを本格的に始めて20年。この種目で、世界に通用する日本の選手はまだ多くはありません。

しかし、常に前向きな姿勢で道を切り開いてきた竹内選手の強さは、必ずあとに続く選手の手本になっていくと、強く感じました。

清水瑶平記者

ピョンチャン五輪 現地取材班 
スノーボード担当 

 

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