ストーリーパラスポーツ

4回目のパラリンピックで金メダルを目指す!三澤拓選手

2018-03-04 午後 0:00

高校生でパラリンピックに初出場し、今回で4大会連続出場となる三澤拓(ひらく)選手。右足1本にスキーを履いて、雪の斜面を俊敏なターンで駆け抜けるアルペンスキーに出場します。

 

高校生でパラリンピックに初出場し、今回で4大会連続出場となる三澤拓(ひらく)選手。

右足1本にスキーを履いて、雪の斜面を俊敏なターンで駆け抜けるアルペンスキーに出場します。

中学の頃から追い続けた「金メダルを自分の力で勝ち取りたい」という夢を手にするのはすぐかもしれません。

「義足を理由にしたくない」負けず嫌いのスポーツ少年

三澤選手が左足を失ったのは、6歳の時。交通事故でした。

しかし、小さいころから身体能力が優れていた三澤選手は、小学校の水泳大会では片足キックで学年トップに。

中学校では義足を理由に負けたくないと野球を猛練習。生粋の負けず嫌いが結果を結び、エースで4番、3年生の時にはキャプテンにも選ばれました。

 

 

友だちと同じようにスポーツがしたい」という思いで、様々なスポーツに挑戦してきた三澤選手。

最終的に高校でスキー一筋に専念することにしたのは、友だちと滑ることができなかったから。

友だちとゲレンデに行ったものの、片足で滑る方法も、義足を付けるのかどうかも分からず、1人でソリをしていることもあったとか。その時の悔しさが、三澤選手をスキーに熱中させたのです。

初出場で5位入賞…からの挫折。味わった天国と地獄

そんな三澤選手が初めてパラリンピックに出場したのは、18歳の時。2006年のトリノパラリンピックです。

 

 

三澤選手の強みは、片足だからこそ繰り出せる俊敏なターン。両足で滑る選手と違って、三澤選手は足1本分、雪斜面に立てられたポールに近いラインを滑ることができるので、スピードを落とさず、素早いターンができるのです。

その強みを活かし、初出場で5位入賞という快挙を達成した三澤選手。次のバンクーバー大会ではメダル候補として期待がかかりました。

 

 

しかし、結果は、ゴール直前に転倒。さらに次大会のソチでも転倒。三澤選手が初めて味わう挫折でした。

「パラリンピックを甘く見ていた」と振り返った三澤選手は、アスリートとしての自覚が足りなかったことに気づきます。

それから、三澤選手はイチから自分の滑りを見直しました。今までのトレーニングを見直し、交通事故のため失った左足の股関節周りの筋力や体幹を鍛え始めました。

三澤選手は、身体・意識共に、徹底的に鍛えぬいたのです。

「出来るか出来ないかではなく、やるかやらないか」メダルに掛ける三澤選手の思い

 

度重なる挫折を経験してもなおパラリンピックに挑み続ける三澤選手には、「やってみなければ何も始まらない、挑戦し続けないと意味がない」という揺るがない思いがありました。

これまでの自分は勢いだけだったと反省し、今は課題を1つ1つ的確にクリアして、自分の力を最大限発揮する準備を整えるようになったといいます。

 

高円宮杯全日本中学校英語弁論大会 2002年(当時中3)

 

三澤選手が金メダルを夢に見たのは中学3年生の頃。つかみかけたメダルへの想いは、当時から色あせるどころかますます強くなるばかりです。

ピョンチャンパラリンピックでは、悲願のメダル獲得を目指して戦います!



※こちらは、2018年3月4日に公開された記事です。内容は公開時のものとなります。

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