特集 「進むのか、退くのか」 横綱 白鵬、出した答えは 大相撲名古屋場所

横綱は今、どんな思いで土俵に上がっているのだろう。名古屋場所の15日間、そのことを考えながら取材を続けてきた。
“進むのか、退くのか”
そう話し、初めて進退をかけて場所に臨んだ白鵬。私だけでなく多くの人たちが横綱の胸中を推し量りながら見守っていたはずだ。
千秋楽の優勝インタビューを聞き、その疑問が解けたように思った。
「これでまた、進めるのかな」
白鵬は穏やかな笑顔で、まっすぐ前を見つめて話した。
“進むのか、退くのか”
私たちと同じように、横綱自身もそれをみずからに問いかけながら土俵に上がり続けていたのだ。
序盤は決して本来の動きではなかった。万全の四つ相撲で 寄り切る相撲は少なく、危ない場面が何度もあった。それでも、白鵬の表情に悲壮感はない。生き生きと相撲をとり、取材にも笑顔で対応する。
「経験とうまさで、ちょっと上回ったという感じでしたね」(初日)
「きのうからスピードがあるような感じがします」(3日目)
「少しずつ上がってきたというかよくなって来ている感じがする」(5日目)
毎日、土俵に上がる中でみずからの力を確かめていたのかもしれない。1つずつ白星を重ねながら徐々に、しかし、確実に「進める」という手応えをつかんでいた。
体は万全だったわけではない。連勝を伸ばしていく裏で、ことし3月に手術した右ひざは「ぼろぼろで言うことをきかない」という状態まで悪化していた。
しかし、そんな状態でも、どうすれば勝てるのかを考え続けていた。
「(けがを)カバーしながら、いろいろ考えて考えて、土俵に立った」
千秋楽の一番は、その執念が結集していたように思えた。
相手は白鵬以上の安定感で全勝を続けてきた照ノ富士。
立ち合いから「かち上げ」、左右の「張り手」を次々に繰り出し、相手の圧力を止めにいった。
右四つに組んだあとは強烈な引きつけから何度も小手に振り、最後は土俵にたたきつけた。
なりふりかまわない、鬼気迫る相撲で全勝優勝を決め、拳を握りしめた。
最強の挑戦者をねじ伏せたこの瞬間、答えが出たのかもしれない。“自分はまだ進める”と。取組後、白鵬はいつもの表情に戻り、照ノ富士をこう評価した。
「15日の中で、あの熱戦を繰り広げたのは照ノ富士だけ、と思います。安定感のある横綱になるんじゃないですか。また若いライバルが1人増えました」
そして、こう続けた。
「あと1勝、横綱として900勝を目指していきたい思います」
最高位での前人未到の900勝という新たな記録に向け現役続行を明言した。
横綱として務めを果たせなくなったとき、退く覚悟はできている。
それでも体が動く限り勝利をどん欲に追い続け、若い力士の壁であり続けるのが白鵬だ。
来場所の千秋楽も白鵬と照ノ富士の対決が見られることを相撲ファンの1人として待ち望んでいる。
この記事を書いた人

清水 瑶平 記者
平成20年 NHK入局。熊本局、社会部などを経て、平成28年からスポーツニュース部で格闘技を担当。学生時代はボクシングに打ち込む。