ストーリーパラスポーツ

小栗大地「プロからパラスノーボーダーへ」

2018-03-08 午後 0:00

日本選手が初出場のスノーボード。メダルの期待がかかっているのが義足のスノーボーダー、小栗大地選手です。

かつては日本トップクラスのプロスノーボーダーだった小栗選手が、事故で右足を失ってからスノーボード再挑戦に至った経緯、その想いをご紹介します。

突然の事故

小学校5年生の時にスノーボードと出会った、小栗大地選手。

世界を舞台に戦うために留学、そして25歳でプロに転向しました。

国内大会でも入賞を果たすようになり、日本トップクラスのプロスノーボーダーとして活躍しました。

 

 

しかし30歳の時、壁にぶつかります。成績が伸び悩み、上位に食い込めなくなったのです。

 

スノーボードだけでは生計が立てられなくなり、小栗選手は金属加工工場に就職しました。

練習する時間もなくなり、競技への意欲を失っていったといいます。

 

そんな時でした。仕事中、重さ2トンの鉄板が足の上に落下し、右足を失うことになってしまったのです。

始まった第二の人生

他人にない経験がしてみたい、とずっと考えてきた小栗選手。

右足を失うという大きな事故に遭った直後にもかかわらず、前向きな考えが浮かんできたといいます。

 

小栗選手

義足でスノーボードできるかな。もう一度、プロスノーボーダーに挑戦したいな。

 

スノーボード再挑戦への思いでした。

小栗選手にとっての第二の人生の始まり。それは、後に「義足になって良かった」と思えるほど、前向きでワクワクしたものでした。

背中を押してくれたパラリンピックスキーヤー

スノーボード再挑戦への思いには、あるパラリンピック選手の存在がありました。

かつて小栗選手が練習のために訪れた遠征先で出会った、三澤拓(ひらく)選手です。

 

 

三澤選手は、片足で活躍するパラアルペンスキーヤー。

2006年トリノから3大会連続でパラリンピックに出場し、今回のピョンチャンで4回目になります。

小栗選手

三澤選手がいるから、自分もできるんじゃないか。

 

三澤選手の存在が、希望を与えてくれたといいます。

義足で戦う苦悩と工夫

パラリンピックのスノーボード競技には「バンクドスラローム」「スノーボードクロス」の2種目があります。

 

 

中でもスノーボードクロスは、雪上の格闘技と言われるほどの激しいスポーツです。

2人が同時にスタートし、雪面の起伏や旗門でのカーブを乗り越え、相手選手と駆け引きをしながら速さを競うため、接触も多く危険を伴います。

小栗選手の課題は、義足ならではのものでした。

 

 

通常スノーボードでは、起伏を越える際に膝を曲げ、重心を低くすることで上に行こうとする力を吸収します。

 

 

しかし義足の場合、起伏を超えるとき、充分に姿勢を低くすることが難しく、地面からの力を吸収しきれず、勢いのまま体が宙に浮いてしまいます。

そのため、次の障害物に対応する姿勢を整えるのが難しくなってしまうのです。

 

 

小栗選手の考え出した秘策は、起伏の手前でジャンプをすること。

起伏の頂点から飛び出すよりも早く着地ができ、次の障害物までに姿勢を整えられるようになりました。

 

パラリンピックスノーボードの日本代表チームで片足を膝上切断しているのは、小栗選手だけです。壁にぶつかっても、誰かに教えてもらうことはできないため、自分で試行錯誤していくしかありません。

そんな状況の中、小栗選手は2018年1月のワールドカップでは3位に入賞しました。

 

ピョンチャンパラリンピックでは金メダルを目指したいという小栗選手。自ら道を切り拓いてきた小栗選手の活躍に期待しましょう。



※こちらは、2018年3月8日に公開された記事です。内容は公開時のものとなります。

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