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五輪写真家 青木紘二 "撮影にかける思いとは"

2018-10-19 午前 0:00

2020年の東京に向け、オリンピック・パラリンピックへの注目が高まるなか、夏と冬合わせて、18大会ものオリンピックで活躍してきた、カメラマンがいます。

青木紘二さんです。

富山県の高岡市で写真展を開いた青木さんに、撮影にかける思いをうかがいました。

数々の名シーンを撮影

 

2006年、トリノオリンピック。フィギュアスケートの金メダリスト、荒川静香さんの喜びにあふれたこの表情。

 

 

記憶に新しい、今年2月のピョンチャンオリンピック。

銅メダルを獲得したカーリング女子、藤澤五月選手の真剣なまなざし。

 

 

さらには、1994年のリレハンメルオリンピック。

スキー・ジャンプ団体で、不本意な結果となった最後のジャンパー、原田雅彦さんに仲間が駆け寄る瞬間まで・・・。

 

 

多くの人の記憶に残る、名シーンの数々を撮影してきた、青木紘二さん。

 

 

18大会にわたり、オリンピックを撮影するカメラマンで、写真を報道機関などに提供する企業の大手「アフロ」の社長でもあります。

 

地元・富山で初めてとなる写真展を開きました。

憧れのオリンピック

 

ーー写真家として今、ご活躍されていますけど、そういったところには幼い頃の経験も?

青木紘二さん

父親が稀代のアマチュアカメラマンで漁師を撮るのが好きで、一緒について行ったりしていたんですね。

父も私にカメラを買ってくれて、子どものころから写真を撮って。それを、自宅に大きな暗室があったので。自分で現像してプリントしてっていうのは、小学校の高学年のときにやっていたので。写真学校に行く必要がなかったんですね。

だから、どっかの先生についてということは一切ないです。最初からプロのカメラマンで、ある日急にデビューして、それで東京の知らない会社に仕事くださいって、門戸をたたいて始まった。

 

 

スポーツが大好きだという青木さん。

オリンピックの撮影には、カメラマンとしてスタートした当初から憧れがあったそうです。

青木紘二さん

プロになってから最初のオリンピックにすぐ行ったんですね。

なんにもスポーツの撮影の世界を知らない私が、オリンピック会場に行って、『写真を撮りたいんですけど、許可下さい』って言ったら、ええ!みたいな顔をされて。

そこで、オリンピックのプレスカードっていうのは、取るのが大変だって初めてわかった。

 

サラエボオリンピック (1984年)

青木紘二さん

オリンピック会場まで行って初めてわかったというところから始まっていて。

それが初めて取れたのが、1984年のサラエボオリンピック。もう、うれしかったですね。天にも昇る思い。朝から晩まで撮りまくりました。

青木さん思い入れの一枚

 

冬の大会を中心に、お気に入りの作品を集めたというこの写真展。

青木さんのこだわりが感じられました。

 

 

ピョンチャンオリンピック、スピードスケートの金メダリスト小平奈緒選手。

 

 

青木さんが思い入れのある作品は、後ろ姿のこの一枚。

青木紘二さん

彼女の手を取りたかったんですよね。

 

青木紘二さん

小平って必ずこの手をする、位置もおそらく1ミリも狂わないと思います。

こういう人たちって、そういうのをすごく大事にしますから。

指の形もおそらく毎回一緒なんですよ。選手もこだわっていますしね、その手を残しておきたいなと思ったんですよ。

 

さらに、ピョンチャンオリンピックで、ノルディック複合の銀メダリスト渡部暁斗選手のこの一枚。

 

青木紘二さん

渡部がストックをぽんと後ろに放り投げたときに、すごく長く見える時があるんですよ。すーっと。これを取りたかったんですね。

 

ーーしかも、ちょうど後ろにピョンチャンのロゴが・・・。

青木紘二さん

撮るほうは、そこらへんも考えているんですけどね。

"この程度でいいや"と思ったら引退

 

ーー長く撮影してきて大事にしていることは、どんなことですか。

青木紘二さん

やっぱり“諦めるな”じゃないですか。

絶対いい写真撮ってやるぞっていう、200%の集中力を持って撮れって言うんですけど。それが、この程度でいいやって思ったら引退の時ですよね。

この次のオリンピックは、もっといい写真撮ってやるぞと思っていますね。

 

開幕まで2年を切った東京オリンピック・パラリンピック。

 

 

青木さんは大会で、カメラマンを取りまとめる、フォトチーフを任されています。

大役ですが、青木さん自身は複雑な心境のようです。

青木紘二さん

IOCからは、大会で写真を撮らないでほしいというお願いがきているんですね。要するに、みんなの面倒を見てほしいと。でも気持ちは…。

私もなんとかごまかして、うまく写真撮りたいなって思っているんですけど。一番楽しみにしていた東京は、下手するとそんなに撮れない可能性が高いですね。

でも、日本のオリンピックを少しでもよくするために頑張らないと。

オリンピックは"毎日がドラマ"

 

ーー青木さんにとって、オリンピックっていうのは、どういうものですか?

青木紘二さん

オリンピックは、毎日がドラマなんですよ。そう思ってみるだけで、違ってきます。オリンピックに出るだけで、死にものぐるいですからね。

ここまで撮ってこれたのは、私にとって人生の成功のひとつですし、これからもやっていきたい。

 

長年撮影を重ねても、もっといいものを撮りたいという向上心。

そして、撮影に対する思いの強さが伝わってきました。

杉山千尋

1992年、愛知県生まれ。
学生時代にサッカー観戦にはまったことがきっかけでスポーツ取材をしたいと思うようになり、平成27年より富山局でキャスターとしてスポーツ取材を担当。高校時代はバドミントン部。

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