特集 フィギュア振付師 宮本賢二さんに聞く 振り付けと選手の関係

※この記事は、2018年11月に公開したものを一部修正して再掲載しています。
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2010年バンクーバーオリンピックで銅メダルを獲得したフィギュアスケートの髙橋大輔選手。そこで披露されたショートプログラムの振り付けを担当したのが、振付師の宮本賢二さんです。
過去には、羽生結弦選手のエキシビションや浅田舞・真央姉妹のペアプログラムなど、そうそうたる選手の振り付けを手がけられています。
難易度の高いジャンプに目を奪われがちなフィギュアスケートにおいて、振付師とはどんな存在なのか──。「振り付けの作り方」から「トップ選手の意外な一面」まで、宮本さんしか知らないフィギュアスケートの“ちょっと裏側”をうかがいました!
事前準備いっさいなし!氷の上でのインスピレーション勝負!
──まずは、振り付け作りがどんな流れで進むのか教えてください。
選手が「次のシーズンは賢二先生にお願いしたい」って言ってくれるときもありますけど、基本的には選手を指導している先生から依頼をいただくんです。そのときに、「この子は引っ込み思案だから、派手な曲で前に出るようにしてあげてほしい」とか、「個性が強すぎるから、それが出すぎないようにクラシックな形で仕上げてほしい」といったことを話して、大まかな方向性を詰めていきます。この時点では、まだ選手とは会わないんですよ。
──選手に会うのは、ある程度の方向性を先生と決めてからなんですね。
そうですね。選手と先生の間で曲を決めていただいて、今年はどういう方向性でいきたいのか――たとえば、さまざまな挑戦を盛り込んだ難しいプログラムにしたいから「前半にこのジャンプを3つ入れて、後半にはこれを…」といったような要望を聞いてから、やっと氷の上で振り付けが始まるんです。
ご自身もアイスダンスの元選手で、2006年の引退以降は振付師として世界を舞台に活躍中
──要素は決まっている状態で、それをどう組み立てるかも振付師の仕事なんですね。宮本さんが振り付けを行う際、事前にどこまで用意していくものなんですか?
えーっと…何も用意しないですね(笑)。昔はやっていたんですよ、絵コンテを描いて「何分からこんな感じにしよう」とかって。でも、実際にやってみたら全然できないし、やる意味ないかなって。これは、あくまでボクの進め方ですけどね。
──リンクに立ったとき、どれだけイメージが湧き上がるかが問われますね。
大変ですよ。「どうしよう、どうしよう」って必死に考えてます(笑)。
髙橋大輔、羽生結弦、浅田真央…トップ選手はここがすごい!
──先ほど、選手の性格や個性から振り付けがスタートするとおっしゃっていましたが、たとえば髙橋大輔選手はどんな性格なんですか?
あの見た目で、服装もオシャレですからね。どこを歩いても目立っちゃうんですけど、それを恥ずかしがるようなタイプです。だけど、いざ氷の上に立つと華があるというか、自然とオーラが出ますね。
銅メダルを獲得したバンクーバーオリンピックでの演技後のガッツポーズ
──「髙橋選手のここがすごい!」といったエピソードを教えてください。
曲をちゃんと聴いて、「これだったらこっちのほうがキレイじゃないのかな」って感覚的に動いている。だから、こちらから注意することがない。あと、トップ選手みんなに言えることですけど、覚えるのはむちゃくちゃ早いですね。
──羽生結弦選手とは、2012-2013シーズンのエキシビションプログラム『花になれ』の振り付けでご一緒されています。
2012年11月、NHK杯のエキシビションでの決めポーズ
彼が小さいときから、集団の練習などで簡単な振り付けは担当していましたが、そのころすでに「氷の上でここまで集中するのか」って、その目に驚きました。大人のボクでも「怖っ!」って思うくらい、目が変わるんです。
もちろん、ほかの選手だって氷上では話しかけられないくらい集中するんですよ。でも、羽生くんはその持続力がすごく長いんです。
──荒川静香さんや浅田真央さんの振り付けも担当されていますよね。女子選手と男子選手で、何か変えていることなどあるのでしょうか?
何も変わらないですね。ただ、この2人はどちらもこだわりがすごく強い!静香ちゃんは、すごくキレイに滑ったあとにボクのところへきて「あの部分を間違えたから、もう1回やってもらっていいですか」って。ボクからすれば「キレイに滑れていたんだけどなぁ…」って思うんだけど、“スケーター・荒川静香”のやりたいことからは外れているんでしょうね。
荒川さんの代名詞となったイナバウアー 得意なワザをどこに入れるかは醍醐味であり悩みどころ
真央ちゃんも、最初にやった形がキレイだったら、次からはそれ以上にできないとダメなタイプ。ちょっとでも動きが小さくなってしまうと、「間違っちゃったので、もう1回お願いします」って。
現在ではプロのフィギュアスケーターとして活躍する浅田真央さん
──そこまでこだわりが強いと、選手から振り付けに対するリクエストが出ることもありそうですね。
提案されて、それが良ければ採用しますし、あまり良くなければ「まわりから見たら、ちょっと変かもしれないよ」って意見を伝えながら、一緒に作っていく感じですね。本人の納得感も大切ですが、フィギュアスケートは“見られる”採点競技なので、他人からどう見えるかもとっても大事なんです。
すべての振り付けが会心のデキ!
──振り付けに注目して演技を観るとしたら、どんなポイントに注目すればいいのでしょうか?
たとえば、バレエの『ドン・キホーテ』や『白鳥の湖』みたいな有名な曲がありますよね。プログラムを観ている側が「ああ、自分はいま『ドン・キホーテ』や『白鳥の湖』の舞台を観ているんだな」って思えるような演技だったら、それはすごく良い演技だと思います。やっぱりそういう演技には高得点も出るし、振り付けを観るというよりも、その選手の“伝えたい情景”を観てあげてほしいですね。
──宮本さんから見て、楽曲の情景を浮かび上がらせるのが上手な選手やペアを教えてください。
もう引退しちゃったんですけど、マキシム・トランコフがペアで踊るときは『仮面舞踏会』の情景がはっきりと観えたし、カロリーナ・コストナーも独特の雰囲気がありますね。会場どころかテレビで観ていても、その世界に引きずり込んでしまう迫力は、本当にすごいなって。最近だと、ネイサン・チェンもカッコイイですよ。
2016年にスイスで行われた「アイス・レジェンズ2016」に出場した際のマキシム・トランコフさん(右)
幕張メッセで開催された「2018ファンタジーオンアイス」でのコストナー選手。イタリアでも抜群の人気を誇るベテランスケーター
「2018ザ・アイス」の愛知公演に出場し、エネルギッシュな滑りを披露してくれたチェン選手
もちろん(荒川)静香ちゃんや(浅田)真央ちゃんもすごいし、大ちゃん(髙橋大輔)や(小田)信成も、そうした実力を持つ選手です。
──氷上でどういう世界観を表現するかを観る…技術だけではないフィギュアスケートの楽しみ方ですね。
本当はもっと簡単に観てほしいんですよ。点数がどうだとか、難しく構えずに、全体で捉えたときに「わぁ、この人キレイだな」とか「カッコイイな」って。
──つい、「あの選手は、今シーズンはどんなジャンプを飛ぶのか」といったところが気になってしまいますからね。
それも良いんですけどね。もうすこしラクに観ていただけたら、フィギュアスケートはもっと楽しくなるし、技術的なことはあとから覚えてれば良いので。
──ちなみに、ご自身のなかで会心の振り付けを選ぶとすれば?
全部です!全部が会心のデキです。トップ選手であっても、若い選手であっても同じで、手を抜いたことは1回もないです!振り付けをした選手が滑り終わった瞬間は、観ていて泣いちゃいますもん。
ダンディなのに気さくな宮本さん。インタビュー中の身振り手振りも、まるで振り付けのように見えてきます!
泣くし、喜ぶし…悲しいときなんて、握りしめた爪が刺さって手の平から血がにじみそうになるくらい。選手はもちろん、まわりの人たちもそれくらい一生懸命にやっているので、みんなで「キレイだな、カッコイイな」って応援して観てくれるのが一番うれしいですね。
──すべての選手に本気でぶつかっているからこそ、ですね! お話を伺ったら、宮本さんが振り付けを考えられている姿もぜひ見てみたくなりましたが…。
けっこうボーッとしているので、お見せできないかな(笑)。
2020年11月27日(金)からから始まるNHK杯国際フィギュアスケート競技大会。ぜひそれぞれの選手の振り付けにも注目してみてください!