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特集 届け!選手への思い リンクに投げ込む花束はこうして生まれた

フィギュアスケート 2018年11月6日(火) 午前0:00

選手によるこん身の演技が終わった直後、高揚感に包まれたリンクに投げ込まれる無数の花束。花が舞う様子も、それを拾い上げるフラワーガールの姿も印象的ですよね。

 

この花束にフォーカスしてみると、そこには意外な事実が…!今回は、フィギュアスケート場内で花の販売を手がけるフラワーショップの店主にお話を伺い、知られざる秘密に迫ります!

 

花を投げ入れる習慣を仕掛けたのはスケート連盟!?

──選手の演技終了後、色鮮やかな花がリンクに投げ入れられる様子は、今やフィギュアスケート会場の定番の光景です。この花を投げ入れるという行為、日本独自の習慣だと耳にしたのですが、本当なのでしょうか?

 

他国開催の場合、お花以外のさまざまなプレゼントもたくさん投げ込まれますから、これほどお花が多いのは日本特有かもしません。そもそも、お花を投げ入れるという習慣を根付かせたのは日本スケート連盟なんです。

 

リンクに投げ込まれる花

 

1994年、フィギュアスケートの世界選手権が幕張メッセで開催されました。以前から、リンクにプレゼントを投げ入れる習慣はあったようですが、連盟はお花による統一感を出すことで、会場を盛り上げたかったのでしょう。私の母が連盟の方と知り合いだったこともあり、うちに「会場にブースを出し、リンクに投げ入れるための花を売ってくれないか?」という依頼が舞い込みました。

 

花の専門学校で学び、知人が営む花屋で修業を積んだのちに家業を継いだ3代目の三雄さん

 

以来、父の代から20年以上、日本で開催される主要な大会にブースを出しています。会場内にブースを設けているのはうちだけですね。

安全性を保つために指定された2つの絶対条件

──花を投げ入れる習慣は、1994年の世界選手権から根付き始めたのですね。しかも独占的に販売されていたとは、驚きです!

 

そうすることで連盟は、安全性を保ちたかったのでしょう。ぬいぐるみなどのプレゼントに比べ、お花は軽い。そのままではリンクに届かず客席に落ち、ほかのお客さまに迷惑がかかります。たとえ届いても、花びらがリンクに散ると大変です。氷って固まり、そのあとに滑る選手の演技に影響を及ぼしますから。

 

そのため父は、連盟から

 

① リンクまで飛ぶこと
② 花びらが散らばらないこと

 

を条件とされたそうです。しかしうちは、ごく普通の街の花屋。それ以前からリンク用の花を作ることはあったようですが、指定された条件をクリアするため、試行錯誤していた父の姿を覚えていますね。

 

──その結晶が、こちらですね!どのような工夫が隠されているのでしょう?

 

実際に投げられる花

 

リンクまで飛ぶよう、お花用の吸水スポンジを重りにしています。さらにテープを巻いて重さを調整するなど、ちょうど良く仕上げるには技が必要です。父が試行錯誤の末に導き出した、ベストな塩梅ですからね(笑)。

 

重りとなる吸水スポンジ

 

そして花びらが飛び散らないよう、全体をビニールで包んでいますが、リボンも工夫のひとつ。ビニールに結ぶのではなく、あくまでも飾りとして貼り付けています。するとリボンがひらひらと舞い、リンクに映えるんです。

 

こちらが、投げたときにひらひらと舞うリボン。この小さな心遣いも、先代の試行錯誤の賜物

 

花は、ファンと選手を結びつける貴重なツール!

──安全面だけでなく、見栄えにも工夫があったのですね。ところで、何種類ほどの花を用意されるのですか?

 

華やかさを前提にバラやカーネーション、ガーベラなど、常時5種類ほどですね。よりリンクに映えるよう、色にも気を遣っていますが、ちょっと珍しいところでは、青も用意しています。

 

青といえば、羽生結弦選手や宇野昌磨選手の衣装を思い起こさせる色。彼らのイメージカラーのような存在として、定着しています。

 

左:羽生結弦選手の今シーズンのショートプログラム  右:宇野昌磨選手はピョンチャンオリンピックで青色を着用

 

あと、意識しているのは花言葉でしょうか。赤いバラは「情熱」を意味し、ガーベラには「常に前進」という思いが込められています。

 

こちらのバラには、金メダルを意識したゴールドの装飾が施されています

 

選手が最高の演技をしたときはもちろん、励ましの意味で投げ入れられるお花もありますからね。リンクに投げ入れるお花は、ファンと選手をつなぐツール。ファンの皆さんは、お花に選手への思いを込めるんです。より思いを乗せられるよう、シーズンごとの衣装の色もチェックし、仕入れも少しずつ変えています。

 

会場で売られているなかでは、もっとも高価な手渡し用の花束

 

とはいえ、お花は生ものですから、花屋としては廃棄を出したくない…。それでもやっぱり、お花に思いを込めて買ってくださるファンの方を思うと、できるだけ多くを仕入れることが使命です。どれだけ仕入れるかは、毎回の悩みどころですね(苦笑)。

演技後にも注目!花に日本人の「心」が宿る

──花に込められた思いを知ると、花が投げ入れられる瞬間、演技後のシーンにも興味が湧きますね。そこでぜひ、上手に投げ入れるコツを教えてください!

 

どういう投げ方をしても、極力、リンクまで届くような工夫を施していますが…まずは重りの部分をつかみ、弧を描くような感覚で上から放ってみてください。

 

野球のボールなどを上から投げるのと同じ感覚で

 

腕力に自信のない方なら、反対の端にあるビニールの結び目をつかみ、振り子の感覚で下から投げるのもオススメです。

 

遠心力を利用するので腕力はほとんどいりません 前後の人にぶつけないよう注意!

 

投げたお花が選手の足元に落ち、そして拾ってもらえたときの喜びは、とても大きいと聞きます。これを体感できると、フィギュアスケートの大会に足を運ぶ楽しみがもっと増すはずですよ。

 

──選手に拾ってもらえた様子を想像すると、それだけで心が躍りますね!それでは最後に、お花屋さんの視点から、フィギュアスケートの見どころをお聞かせください。

 

国内外の大会とも、リンクに影響を及ぼしやすいお花を除き、ぬいぐるみなどのプレゼントは原則、持ち込み可能です

 

しかし、国内大会は特にお花が多く投げられるので、お花以外のモノもたくさん投げ込まれる他国開催と見比べるのもおもしろいかもしれません。

 

国内大会の場合、アリーナ席からなら投げ込みができますが、うちで販売するお花以外のプレゼントも、きちんとビニールに包まれているのが印象的ですよ。

 

2016年NHK杯の様子 お花はすべてビニールに包まれている

 

これはリンクを傷つけないための配慮であり、ファンの皆さんが抱く「選手に最高の演技をしてもらいたい」という思いの現れ。国内大会を見ていると、これが日本人のきめ細やかさかと、私まで誇らしくなります。そして開催地に関わらず、お花が描くきれいな放物線も、もちろん見どころです。演技と演技の合間に、ちょっとでも気にしていただけたら、花屋の私としてもうれしいですね。

フラワーショップ 店主 宮田三雄さん

1930年創業、東京都の本郷に店を構えるフラワーショップの3代目店主。先代である父親が店主を務めていた1994年から日本スケート連盟の依頼により、国内におけるフィギュアスケート主要大会での花の販売を引き受ける。店主となった今では、国内でフィギュアスケートの大会が開催されるたび、各地に足を運んでいる。

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