ストーリー野球

ヤクルト 近藤弘樹「終わるわけにいかない」 どん底からの復活

2021-05-27 午後 05:00

 

去年11月。古巣ヤクルトの投手コーチに復帰が決まった伊藤智仁は、あるニュースを見て、すぐに球団に電話をかけた。楽天で指導していたドラフト1位ピッチャーが入団からわずか3年で戦力外になったという知らせだった。

 

「こいつは変わるかもしれないんで、獲得してもらえませんか」


後日、育成契約での獲得が決まると、伊藤はそのピッチャーに電話で短く言葉をかけた。

 

「わかってるよね」「はい」

 

残された道は、ひとつ。そこからはい上がるだけだった。

“期待のドラ1”からの挫折

 

そのピッチャーの名は近藤弘樹(25)。大学時代は“岡山の豪腕”と呼ばれた。150キロを超える力のあるストレート、スライダー、フォークボール。本格派ピッチャーの王道スタイルでバッターを力でねじふせてきた。

 

 

しかし、プロに入ってから結果が出ない。3年間で1勝もできないまま、楽天のチーム構想から外れた。屈辱の戦力外通告を受けたのは、娘が生まれてすぐのことだった。

 

近藤 弘樹 投手

どうしようかなと思いました。妻も『まだできるから好きなようにして』と言ってくれて。自分1人だったらもしかしたら気持ちが切れていたかもしれない。家族がいたからこそ、養わないといけないし、こんなところで終わるわけにはいかないという気持ちでした。

かつての自分からの脱却

 

ヤクルトでの背番号は3桁の「012」。年俸は450万(推定)からのスタートだ。1軍の試合に出場するには、まず支配下契約を勝ち取らなければならない。

 

 

望みをかけたのは新球種の「シュート」。楽天時代のおととしの秋、当時楽天のコーチだった伊藤から習得を勧められた。


現役時代の伊藤智仁は、大きく鋭く曲がる高速スライダーが代名詞だ。

 

 

しかし、伊藤は、近藤の投球モーションやボールの角度を見て「大きく曲がる変化球よりも、腕を縦に振って小さく強く変化させるシュートのほうが合っている」と判断した。

 

伊藤 智仁 投手コーチ

自分のいいところを生かし切れていないと思って。もうどんな形でもいいから汚い(動く)まっすぐを投げてみろ、みたいな感じで。

 

伊藤は去年夏、楽天の2軍で投げる近藤を見て「シュートがものになってきた」と感じ始めていた。

 

しかし、1軍に上げて投げさせても、近藤はシュートをあまり投げようとしなかった。それまで何年もかけて築き上げた投球スタイルから脱却できずにいたのだ。

伊藤 智仁 投手コーチ

なかなか本人もシュートを主にというのは踏み切れなかったようで。もったいないなと思ってね。彼とは、いろいろ話はしてみたんですけど。彼もドラフト1位で入ってきてプライドもあるだろうし。なかなか、変わる勇気がなかったんじゃないですかね。

 

 

近藤 弘樹 投手

(伊藤)智さんからは、シュート使えるからというのはずっと言ってもらっていたんですけど、僕が使う勇気がなかった。楽天時代はまだ理想を捨て切れていませんでした。

新天地で生まれ変わる

ヤクルトでは、リリーフとして復活を目指すことになった。新天地で再会した伊藤コーチと話し合い、シュートを生かした新しいピッチャーに生まれ変わることを決めた。

近藤 弘樹 投手

ヤクルトに拾っていただいたのに、また同じミスをするわけにはいかない。理想のピッチングは排除して、どれだけバッターに嫌がられるか。チームのためのピースになれるかを考えました。

 

 

伊藤 智仁 投手コーチ

ストレートよりも、むしろ、シュートの方が球速が出るんじゃないかというくらい腕の振りも良かったし、かなり大きな武器になるなと思いました。そのタイミングで楽天を戦力外になったのは、本人にとっては変われるチャンスじゃないかなと。

 

シュートを配球の中心にガラリと変えたことで、結果がオープン戦ですぐにあらわれた。6試合で失点ゼロ。開幕前に支配下契約を勝ち取った。背番号は「52」に変わった。

チームに欠かせない存在に

 

シーズンに入ってからも球種の6割近くがシュートを占める。抑え続けることで首脳陣からの信頼を得て、リードした展開の終盤のマウンドを任されるようになった。

 

シュートの球速は常時150キロを超える。ランナーを背負ったピンチの場面にマウンドに上がり、右バッターのインコースに食い込むシュートでつまらせてダブルプレー。狙い通りのピッチングで拳を突き上げる近藤の姿にファンは拍手を送った。

 

 

開幕から14試合連続無失点。交流戦前までにチームトップの21試合に登板し、防御率0.96と見事なピッチングを続けている。

 

近藤がシュートに自信を深めた場面がある。4月27日の巨人戦、6回、6対6の同点の場面。インコース打ちの名手と言われる坂本勇人に対し、シュートでバットをへし折り、ショートゴロに打ち取った。伊藤コーチからは「坂本がインコースでバットを折ったのを初めて見た」とほめられた。

近藤 弘樹 投手

シュートがなかったら、僕は並以下のピッチャーなんで。シュートがあるから、ある程度、投げられているかな。僕の柱となる球です。

伊藤 智仁 投手コーチ

 

ブルペン陣にとって、大きなピースになっている。3月4月、チームがしっかり貯金を作れたのは、彼の力はかなり大きかったですね。勝負どころで、ランナー背負っていてもゼロで帰ってきて、流れをぐっとこっちに持ってくるピッチングをしてくれました。本当に今は開き直って、失うものは何もないくらいの気持ちで腕を振ってるんじゃないですかね。

経験を力に変えて

 

近藤のグラブには“経験は財産となり、夢は動力となる”と刺しゅうがされている。

 

小学生のときに所属したソフトボールチームの監督から贈られた。その言葉どおり、挫折からはい上がってきた経験が近藤を支えている。

近藤 弘樹 投手

1回どん底見てるんで。これ以上、下はないかなと思ってやってるんで。どうなろうがやるのみだなと思って。そこは強みかな。

 

近藤は自分のことを「1回死んだ身なんで」と表現する。プロ野球選手にとって戦力外通告は「死」。結果を残さなければ、またそれはやってくる。

 

プロの世界では当たり前のことかもしれないが、近藤は身をもってそれを一度経験している。だからこそ、必死の思いで腕を振る。

 

「どの場面で投げるにしてもプロの試合なので。勝っている、負けているは自分の中で考えていない。チームのために全力で抑えるだけ」と言う。

 

1軍で投げることの価値の重さを知る、近藤らしい言葉だ。だからこそ、近藤の魂のこもった1球1球に、神宮球場のファンは心を打たれる。

 

近藤 弘樹 投手

腕を振って強い球を投げられなくなったら、シュートピッチャーは終わりだと思ってるんで。必死に、全力で腕を振っていくだけかなと思っています。

 

戦力外通告から半年。7か月になった娘を抱くと、思う。「この子がわかるようになるまで、活躍したい」と。

 

※追記

近藤投手は5月23日にインタビューに応じて頂きましたが、5月27日に上半身のコンディション不良のため、1軍の出場選手登録を抹消されました。また1軍のマウンドに戻って活躍することを願い、こちらの記事を予定通り掲載させていただきます。

 

この記事を書いた人

画像alt入ります

杉井 浩太 記者

平成20年NHK入局。富山県出身。
新潟、横浜局を経てスポーツニュース部。ヤクルト、日本代表、NPBを取材中。

関連キーワード

関連トピックス

最新トピックス

RANKING人気のトピックス

アクセス数の多いコンテンツをランキング形式でお届け!