特集 紀平梨花 "自分を信じて──笑顔でシニア1年目を突き進む"

大技トリプルアクセルを成功させ、ショートプログラムで世界最高スコアを更新、グランプリファイナルで初出場初優勝。16歳の紀平梨花選手が、自己ベストの合計233.12点を出して、世界のトップが集う大会で表彰台の頂点に輝いた。
シニアデビュー1年目でのグランプリファイナル優勝は、2005年の浅田真央さん以来。快挙を成し遂げた新星に、いま大きな関心が注がれている。(12月6~9日/カナダ・バンクーバー)
素直な心と最後までやりぬく意志
紀平選手は2002年7月21日、兵庫県西宮市生まれ。スケートとの出会いは3歳。母に連れられて姉とリンクに遊びにいったとき、自分よりもうまく滑れる姉に対抗意識を燃やして、「まだ帰りたくない!」とずっと練習していたという。
5歳の頃にスケート教室に入り、小学校高学年から、多くのトップスケーターを育ててきた濱田美栄コーチの指導を仰ぐようになった。
濱田コーチは当時のことをこう振り返る。
濱田コーチ
私が引き取ったときは、ダブルしか跳べなかったんですけど、言われたことを素直にやってくれる子でした。
スケートもすごく素直でしょう?とても自然に滑る。運動能力が高かったので、この子は、小学6年生、中学1年生でアクセルが跳べるなと思いました。
コーチの見立て通り、紀平選手は、練習では中学1年生頃からトリプルアクセルを成功させるようになる。
その基礎となっているのが、目を見張るほどの身体能力の高さだ。通っていた幼稚園が運動や勉強に熱心に取り組む教育方針だったため、いまでもそのころ身につけた「逆立ち歩き」が得意。
両脚を左右、前後に開脚した状態でも逆立ちで歩けるほどで、バランス感覚は抜群だ。
「いつか役に立つかも」と、その能力を自分で保ち続けてきたといい、将来を見通す冷静な判断力、努力を継続する力も備えている。
ジュニアグランプリ スロベニア大会 (2016年)
2016年、14歳のとき、ジュニアグランプリのスロベニア大会で成功、トリプルアクセルを跳んだ世界で7人目の女子選手となった。
ジュニアグランプリファイナル (2017年)
さらに翌年の2017年12月、名古屋でシニアと同時開催されたジュニアグランプリファイナルでは、女子選手としてはじめてトリプルアクセル+トリプルトウループの連続ジャンプを成功させ、着実に評価を上げていった。
トリプルアクセルだけではない
全日本選手権 (2017年)
2017年12月の全日本選手権では、平昌オリンピック代表となった宮原知子選手、坂本花織選手に続いて、ジュニアながら3位に入った。
紀平選手は国内では注目されながらも、2018年3月の世界ジュニア選手権では8位に沈む。ジュニア時代は、ファイナルや選手権大会などのメジャータイトルを手にすることはなかった。世界的に見れば、まだダークホースだったといえる。
オンドレイ・ネペラトロフィー
だが、今季シニアに上がり、才能は一気に花開く。
9月、シーズンの前哨戦となるチャレンジャーシリーズの1つ、オンドレイ・ネペラトロフィーで優勝すると、グランプリシリーズ初戦NHK杯ではショートプログラム5位からの逆転優勝。
グランプリシリーズ NHK杯
続くGPフランス大会でも連勝し、トップ6選手のみが出場できるファイナルに進出を果たした。
グランプリシリーズ フランス大会
伊藤みどりさんが女子で初めて成功させ、国民的スター浅田真央さんの代名詞となったトリプルアクセル。紀平選手に大きな関心が集まるのはいうまでもない。
だが、濱田コーチは、こう説明する。
濱田コーチ
アクセルが跳べても、勝てない選手はいます。アクセルとまず言われるけれど、総合力があるから上にいける。
曲想の表現やフリーレッグの所作など、細かいところも洗練されてきれいになってきました。
スケートもがさがさと滑ることがありません。そういうよさを見てやってほしいと思います。跳んだときにここまで点が伸びるのは、アクセルだけが理由ではないんです。
それは、技の実施の美しさを評価する出来栄え点(GOE)にもよく表れている。
グランプリ初戦となったNHK杯のフリーでは、すべてのジャッジがすべての技にGOEで加点をつけ、グランプリファイナルでもフリーの冒頭でやや乱れたトリプルアクセルを除いて、やはりすべての技において全ジャッジから加点の評価を引き出した。
このような完成度の高さも、技の出来栄えが以前よりも大きく得点に影響する今季からのルール改正と合致。
大技トリプルアクセルに加えて、技術の正確さ、実施の美しさも紀平選手の強さを支える大きな柱となっている。
グランプリファイナルのフリーの演技構成点(プログラム・コンポーネンツ・スコア)を見ると、5項目中4項目で10点満点中9点台が並んでいる。
スケーティングの基礎や表現力なども高い評価を受けているのだ。
活躍を支える"地道な練習"と"アイスショーの経験"
紀平選手の強さを支えるのは、高い身体能だけではない。それは、当然ながら、地道な練習である。細かいところができるまで、コツコツと繰り返す。
濱田コーチのチームには、向上心にあふれた才能豊かなスケーターたちがたくさん集まっているが、紀平選手が小さいころからあこがれのまなざしを注いできたのは、5学年上の宮原知子選手だ。
いまから3年前、中学1年生だった紀平選手は、「憧れの選手は?」と質問されて、「宮原知子ちゃん!」と元気に答えている。
「『いつも真剣に誰よりも練習している人は?』と聞かれたら、すぐに知子ちゃんだと答えられるくらい。真剣で、見習いたいなと思います」。
紀平は、「練習の虫」と呼ばれる日本女子のエース・宮原選手を間近で見て、努力することの大切さを学んできた。
平昌オリンピック代表になった憧れの先輩の活躍は、「2022年北京オリンピック優勝」という自らの夢をよりいっそう明確なものにした。
ファンタジー・オン・アイス
昨シーズンまで、初めて滑るリンクでは、氷の感触になじめず、ミスが増え、自信を失うこともあった。
だが、オフシーズンに「ファンタジー・オン・アイス」など、多くのアイスショーに参加し、経験を積んだことが大きなプラスになったという。ショーを試合だと思い、試合で成功するためには?と考えながら滑って、ジャンプのコツや氷との合わせ方を学習した。
試合では、ジュニア時代から大会中に些細なことでも気になった出来事や心境を逐一メモに残し、成功と失敗の要因を自分なりに分析してきたのだという。
紀平梨花選手
どの試合でも、どういう気持ちで挑んだときに悪かったとか、どの感情までは思い出せなくても、こういう雰囲気だったから悪かったとか、学んでいます。
失敗を糧に、あらゆる経験から学んでいる。
"最高の笑顔が出た"NHK杯フリー
濱田コーチは、「自分の計画通りにいかないことがあると、動揺することがあった」と振り返る。だが、「NHK杯で自信がぐっとついた」とも。
それは紀平選手自身も認めていることだ。
紀平梨花選手
NHK杯のときは、自分は『できない人』というていで演技をしていたので、緊張もしたし、『本当に私にできるかな』という思いがありました。
でも、フランス大会も、今回の大会(ファイナル)も、『NHK杯の緊張のなかでできたんだから』と思えることが自信につながっています。
全日本やNHK杯は、私のなかですごく緊張する試合。そのなかでできたことがすごくうれしかったし、そこで自分を信じることに慣れてきたというか、自分を信じることができるようになりました。
シーズンが始まる前、「今年は笑顔のシーズンにしたい」と語っていた紀平選手。これまでで一番いい笑顔が出たのは「NHK杯のフリー」だという。
グランプリファイナルまで、出場した国際試合4試合すべてで優勝。12月21日には、初優勝という目標と、さいたま世界選手権(2019年3月、さいたまスーパーアリーナ)への切符がかかる全日本選手権が大阪で開幕する。
いよいよその能力を最大限に発揮し始めた新星は、2018年をさらにいい笑顔で締めくくれるだろうか。
鈴木和加子
フィギュアスケート専門誌「ワールド・フィギュアスケート」(新書館)の編集長。オリンピックや世界選手権をはじめとする競技会や国内外のアイスショーなど、フィギュアスケートのさまざまなイベントを取材している。